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第十二章
第693話
しおりを挟む人工的な彷徨う死体、ムルコルスタ大陸にいるはずの不死人……わたしたちの不幸の元凶であるレイモンドが驚いた表情で立っていた。
「聖女様」
「いやぁぁぁ! なんで喋れるのぉぉぉ!」
「エミリア、大丈夫だ。大丈夫だから落ち着け」
「ミリィさぁぁぁん! ミリィおねえちゃぁぁぁん!」
ダイバにしがみつくとダイバにしっかり抱きしめ返されたけど、半狂乱になっている私が無意識に呼んでいるのはミリィさんだ。
「エミリアちゃん!」
聞こえた、ここにはいないはずのミリィさんの声。弾かれるように顔をあげたのと、ダイバが右を向いて声をあげたのが同時だった。
「ミリィ、ここだ」
「ミリィお姉ちゃん!」
「エミリアちゃん。大丈夫、もう大丈夫……って!!! 何でアンタがここにいるのよ!」
ダイバと交代して、手を伸ばした私が安心できるように抱きしめてくれるミリィさん。優しい気配が私を包んで癒やしてくれる。それが一瞬で変わり、私を守るために前方へ牙を剥く。
「ミリィ、落ち着け。……ったく、一体どうしたんだ」
シーズルのこの言葉にミリィさんの怒りの矛先が向く。
「シーズル! コイツよ! コイツがエミリアちゃんを違法召喚した諸悪の根源よ!!!」
「……コイツが」
「サッサと始末しなさい! 死んで当然の男よ!」
八つ裂きにしてもしたりないわ!!!
そう語気を強めたミリィさんに呼応するように、妖精たちの殺気が高まる。私は自分の中に湧きだした感情に理解が追いつけず、ただただミリィさんに回した腕を強めてしがみつく。
その感情が鎮まったのは、頭の上に大きな手が乗せられたからだ。…………ダイバの手。それに気付くと、全身に入っていた力が弛緩した。ダイバも私の魔力で確認したのか「よし、いい子だ」と優しい声が降ってきた。
その声には少しの緊張感と強張りが含まれている。
「ミリィ、アラクネに連れてきてもらったのか?」
「……それが何?」
ダイバにも語気が強いままのミリィさん。それでもシーズルに向けていた強さよりは弱めている。
「アラクネ、聞こえてるな? エミリアたちを連れてバラクルに帰ってくれ。ピピンたちはエミリアを守ってろ。……代わりに親父たちを連れてきてくれ」
「……私をなんだと思ってるの」
「エミリアを守るためだ。妖精たち、お前らは俺たちが戻るまで妖精の庭で待機。ダンジョン都市のみんなを守るために……やってくれるな?」
《 イエス、隊長! 》
妖精たちがダイバの前に集まって敬礼する。
「……緊急事態だからイヤだけど助けてあげるわ」
「エミリアのためだ」
「…………分かっているわよ!」
アラクネの金糸が私たちを覆う。
「ダイバ」
「大丈夫だ、エミリア。バラクルで待ってろ」
ダイバが少し硬くなっている表情に強気な笑みを浮かべる。いつも見ているその笑い顔に心が落ち着く。
『大丈夫だ』
ダイバが言うと本当に大丈夫だと思えるから不思議だ。
頷いた私を見てダイバの表情が和らいだ。それもすぐに周囲を覆うアラクネの金糸で見えなくなった。
❀ ❀ ❀
何とも言い難い表情で泣きそうなエミリアが、アラクネの金糸に覆われようという状態で俺の名を呼ぶ。
「大丈夫だ、エミリア。バラクルで待ってろ」
安心させるためにいつもの口調で言う。それだけで、ミリィに抱きしめられたエミリアの強張った表情が柔らかくなり、ぎこちない笑顔で頷いた。その表情に安心すると同時に、嫌がらせのようにエミリアの姿を金糸で隠された。
「エミリアのためにも、アヤツを何とかしなさい」
「言われんでも」
アラクネにそう返すと、エミリアを守るためだろう、いつも以上に頑丈に覆われた『金糸のたまご』が地中へと沈む。ここから騰蛇に運ばれて安全にダンジョン都市へと帰るだろう。
〈ダイバよ、邪魔なあの神どもを神霊界に戻すぞ〉
「エミリアの仕返しがまだだ」
「連中にはピピンが水を飲ませたわ。こちらが落ち着き次第、また呼べばいい。火龍、頼んだわ」
〈わかった〉
チャミに従い、火龍が邪魔になる神々をまとめて浮かべて空へととんでいく。
「……エミリアと一緒に帰らなかったのか」
「ええ。あの子の代わりに、言いたいことも聞きたいこともあるから」
エミリアの記憶を読んだときに見た。俺はこの男が何者かを知っている。……エミリアの悲しみと苦しみを。
そしてエミリアの精神的な部分を中から支えたチャミも知っている。……エミリアの悲壮と壊れ掛けた精神を。
「……で、当たり前のようにここに残った理由は?」
チャミの横に執事然として立っているピピン。
「エミリアのためです」
「……まあ、ピピンがエミリアのため以外に動くことはないな。妖精たちは納得したのか?」
「以前から、何かあれば私が残ることが決まっています。ここで見聞きしたことはエミリアに害がない部分だけ伝えますが、ダイバから話されるのであれば私からはお伝えしません」
ピピンの言い分はこうだ。
『聞いたことは自分の中に留め置き、この先何か起きたときに対処できるように水面下で対策と準備をしておく』
「まったく、どいつもコイツも」
「その中にはダイバも含まれていると思いますが?」
ピピンの言葉に苦笑しか浮かばなかった。
その間にも、俺たちの視線は突然現れた男に集中している。彼は黙ったままその場から動かない。エミリアが半狂乱になった姿を見た彼は、唇を噛みしめた。それでも目の前で起きた現実から目を背けることはなく、傷ついたように揺れる瞳で現実を受け止めていた。
ここに残ったシーズルもまた不器用ながらエミリアを大事に思っている。エミリアに奪われた腕輪、あの宝石はどれもひとつひとつは小さかったが高価なものだった。そしてその石はすべて俺たちの瞳の色と同じで、すべての色が揃っていた。
「……みんなのね、魔力を込めてもらいたいの」
恥ずかしそうに俯いてお願いを口にしたエミリア。真っ先に動いたのはミリィだった。
「私の色はこの薄い青色、でいいのかしら?」
「うん、これねアクアマリンっていうの」
エミリアが救った子どもたちの名前にもなった宝石だ。色の濃さがまちまちだと言っていたが、この宝石はミリィの瞳によく似ていた。……エミリアはこの色がほしくてシーズルに腕輪をねだっていたのだ。
「透き通った海の色ね。ミリィの瞳の色そのものだわ」
「アクアマリンは『やさしさの象徴』なの」
エミリアの言葉に「ミリィにふさわしい宝石だな」とルーバーから漏れる。
ミリィは目の前で聖女の力を使って消えたエミリアを探すために、すべてを投げ出して旅に出た。その道中でルーバーと出会い、最果ての大陸のダンジョン都市で見つけたエミリアは記憶を失っていた。
すべてを受け入れてエミリアとの関係を初めから始めたミリィの苦悩は大きかっただろう。それを側で支えつつ見守り続けてきたルーバーだからこそ言えるセリフだ。
「こうして宝石で見ると、ミリィ隊長の目は美しいんだな」
アニキの言葉にルーバーがやきもちを妬いたっけ。あの頃はまだノーマンも生きていて、2人の魔力は宝石の中で生き続けている。
エミリア自身も、いつか自分の存在が足枷になることを怯えていた。そのときがくればエミリアは出て行くつもりでいた。だからこそ、自分の大切な人たちの魔力を身近に感じられるようにしたかった。
そんなとき、シーズルの持っていた腕輪に目が入った。
純銀でできた土台に埋め込まれた色とりどりの宝石。純銀は悪意を寄せつけないとも魔を祓うともいわれている。たとえ眉唾物だとしても迷信だとしても、エミリアに私利私欲の者たちが寄ってくるのを減らせるならいいことだろう。
そして渋るシーズルに、エミリアが腕輪を欲しがっている事情を説明して譲渡させた。
譲渡後にピピンが完全に消毒と浄化をし、リリンが癒やしの祝福を与え、魅了の女神が悪意を持つ者の接近不可を付与した。それはきっとエミリアの気持ちを落ち着かせてくれるだろう。
「ダイバ」
背後から聞こえた、少しの不快感を含ませてはいたが落ち着いた声。
「オヤジ、アルマン」
「俺たちが代表で来た」
「エミリアちゃんにはミリィだけでなく、アゴールとフィムもついている」
「妖精たちの警備態勢も凄いことになっているぞ」
都市の仲間を信じろ。そう含まれた言葉に、自然と無駄に入っていた緊張が解れる。
こちらが動くのを待っているだろう目の前の男に近寄る。一瞬、表情が強張った男はそれでも背筋を伸ばして、覚悟を含ませた目でまっすぐ俺を見ていた。
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