私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル

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第十二章

第676話

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聞こえる声に応えた私は失われた声を取り戻した。いや、声だけではなく顔に押された焼鏝やきごてのあとも消えた。声を取り戻したということは背の焼鏝のあとも消えただろう。

「ふははははっ! いままで私を見下してきた者どもを見返してやる! エイドニア王国を我が手に! ……いいや、あの国だけでは物足りぬ。ムルコルスタ大陸を手に入れる……そうだ、世界を手に入れよう。あの聖女、あいつを切り刻んで魔物のエサにしてやろう。この私をこばんだ罰を与えぬと気がすまぬ」
「私が手助けしよう。なにを望む」

姿は見えないが耳に聞こえる女の声。その言葉に従い、いまの姿がある。去勢されたままだが、快楽を楽しむのは全部終わらせて世界を手に入れてからだ。

「私が望むのは……世界をこの手に。そしてあの『黒髪の聖女』に復讐を!」

ああ、その日が目の前に広がっている。私を見下した者たちに阿鼻叫喚の日々を与えられる日々はもうすぐだ。連中の苦しみもがく姿を思い浮かべて口角があがったのを自覚する。なんとも楽しみだ。

この私に神が宿った。私の復讐に手を貸してくれるが。



あの女の声はあれ以来聞こえてこない。
あれは誘惑の声というものだろうか? 自らの罪をあがなうための罰、それもこの世界でもっとも重い罰、それが不死人しなずびとだ。人が手を下すが、実際には神殿で神に『罪に相当する罰だ』と認められて行われる儀式だ。犯罪者とはいえ人の人生を狂わせる罰が許されるはずがない。ながに渡り罪と向き合い反省するための罰。そのために寿命という概念が外されている。

北の消えた国の不死人しなずびとは、国に入ることのできなくなった国境で今も嘆いているらしい。

「あれは自分の罪と向き合っていないからだよ」

そう教えてくれた兄。絵本を読んでくれた兄が教えてくれたそのときの声が心に思い浮かんだ。何度もよみがえる兄の声が、無意識に遠ざけた自らの罪を目の前に引き戻してくる。愚かな行為で奪った生命と未来。醜い嫉妬から始まったのに、なぜ今でも聞こえる大切だった人の声は優しいままなのか。

目の前に出された罪に私はまたひとつずつ犯した罪をあげていく。きっとどこか違うのだろう。何か勘違いしているのだろう。……まだ自覚していない罪があるのだろう。

兄はまだ反省が足りないと言っている。
今度は逆に辿っていこう。愚かな行為にはキッカケがある。それは兄に対しての感情だけではないのかもしれない。

まずは黒髪の聖女から。初めて会ったときの強い目力。あの目が私に罪悪感を生み出した。あの目に見合った意志の強さがまっすぐ私という存在の前に立ち塞がった。後ろに弱々しいもうひとりの聖女を庇って。
あの聖女を引き剥がせばあの強さも消えるだろう。
引き摺って持っていこうとした私にさらに立ち向かう。

「この国では、少女の腕を掴んで床を引きって歩くのが『正しい作法』なのか!」
「この私は何をしても許される」

そう鼻で笑い掴んだ女を部屋から引きり出した。

「こっの! 腐れ外道があああ!!!」

閉ざした扉から私に襲いかかったあの女の声。あのようにまっすぐ向かってくる者など数少ない。ましてや女で私に意見するなど……ひとりもいなかった。
女など力で組み伏せればいい。母も父の顔色をうかがい、父に望まれれば昼でも夜でも父のねやに侍っていた。我が子兄と私に興味など一度も向けず。

……私は母の温もりを求めていたのか?
兄が代わりの温もりを与えてくれていたが、私は母を求めていたのか? 次期王である兄にしか興味を持たない父に、私も見てほしかったのか? それを聖女という存在に求めたのか?

すうっと重かった身体が少し軽くなる。
これが正解だったのか。

私は時間をかけて罪と向き合おう。黒髪の聖女はいとうだろう。しかし謝罪したい。そしてこの身でできることならどんなことでもしよう。私は死ねない。だったらどんな相手にも身を盾にして……聖女だけでなく誰かを守られるようになろう。
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