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第十二章
第638話
しおりを挟む国王にのみ竜人族から追放された不死人の存在が知らされている。国王が信頼を寄せる相手に話しているかどうかは分からない。情報がどこから漏れるか分からないものだ。ただ追放された者がいて、それが若い女性だという情報なら知られても問題はないだろう。
竜人族の使う焼鏝には竜人として生まれもった能力を封じるものがある。他種族より高い基礎体力、それを可能にしているのは体内を巡る血中に滾る龍血。焼鏝はその龍血を消滅させて無力にさせる。同じ竜人であっても一族によって寿命が違う。それは育った環境の空気の澱みや、空気に含まれる魔素の違いからくるものだ。異世界で生まれ育った私でさえ魔素を含んだ空気に馴染んだことで、いまの寿命は200歳未満まで伸びている。
焼鏝はその魔素による恩恵を一切受けられない。毒素の溜まる場所で肺を焼けば永遠に肺は爛れたまま。キレイな空気の下でも肺は回復することもなく、逆に肺機能を刺激するため普通に呼吸するのもむずかしくなる。
普通の人なら治療院で肺を回復してもらい、少しずつ機能回復をする。完全に回復するには症状や重症度によってひと月から半年(7ヶ月)もかかる。治療は魔法でも薬でも簡単に元通りにはならない。『状態回復』も、骨折や切創などの創傷を負って間もない状態なら効くのであって、数分でも時間が経過したら効果はない。なんとか出血を止められる程度だ。
しかし不死人は魔法を受け付けない。治療魔法も効かないし治療薬は毒薬だ。苦しみや痛みは日々や時間によって緩急がつくものの、それも含めて罰である。出せない声は呻き声すら音として漏れることはない。
ただ、声が出なくても筆記という意思疎通方法はある。
隣国に現れた焼鏝を顔に押された不死人の色香に惑った王子の1人が王子宮に囲った。そこで筆談を介して「私は無実だ」と訴えた。お涙頂戴の物語に王子は不死人に関する決まりを破った。利き腕の左腕と右足を失い、松葉杖を支えに彷徨う弱々しい女性に庇護欲を掻き立てられたのもあるだろう。
ここに更なる偶然が重なった。
弱々しい女性を見て手を出した者がいた。……のちにナナシと呼ばれる元女神だ。神罰である左腕は回復できなかったものの、右足の回復と不死人の無効化は成功した。顔の焼鏝は薄くなったが背の焼鏝は消えず。よって龍血は取り戻せず、竜人に戻ることもできなかった。
ナナシは見誤った、セリシアは本人の話した物語のような弱々しい女ではない。嘆くより憎しみの炎を燃やして復讐を口にする。エルスカントの尾根の封印を解くために集めていた竜人たちだったが龍血が濃すぎてナナシの器にはならない。竜人でありながら龍血を失い、竜人としての誇りを失い儚くなるであろうと思われていたセリシアだったが、そんな甘っちょろい女ではなかった。
自分の存在を理由に蜂起した貴族たちを、エルスカントの尾根を根城にしていた竜人一族を誑かして龍のエサとして与えた。もちろん王族は「バラクビル国の竜人が移り住んだ」というウワサを知っている。その龍(竜人)が後ろ楯になった、バラクビル国に竜人は1人もいないと思い、意気揚々と龍たちと共にバラクビル国に乗り込んだ。
そして龍たちは呆気なく減らされて逃げ帰った。
セリシアは自分を庇護してくれた王子を国王にするため、王子以外の王族に敗戦の責任を負わせて『龍のエサ』に差し出した。王子を残したのはセリシアの言いなりだったからだ。見た目だけの龍が複数体現れて王族はほぼ根絶やしにした。巨大な敵を前にして唯一生き残った王子を国王に据えるのはよくあること。たとえ無能であったとしても。
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