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第十一章
第622話
しおりを挟む「あの神殿はとくに問題がないということか」
「そうなりますね。ナナシの正体を知ることも出来ませんでした。棄教せずに流民になることを選んだのです。2度と戻れない土地に大切な女神像などの信仰に関するものを置いていくはずがありません」
ピピンのいうとおりだろう。信仰に関するものが……妖精たちの話では3メートルほどの高さの空洞が祭壇の後ろにあったらしい。
「そこには女神像が安置されていたのね」
「たぶんそうでしょう。そして、地下には……」
ミリィさんに頷いたピピンがいったん言葉を切る。先ほど『イケニエ』という単語が出ていたことを思い出したのか、何人かの生唾を呑み込む音が聞こえた。そんな人たちを見回すとピピンは口を開いた。
「鮮やかな色の花が咲いていたそうです」
《 今回、私たちが行ったのもそれが理由。花は鎮魂のために植えられたものではなく神殿に飾られる花だったよ。イケニエというのも、信者が死んだあと墓地に埋葬されるのではなく地下に埋葬されて女神に捧げる花の栄養になるというものだった 》
「それって、死後の安らかな眠りを放棄して、神殿に飾られる花の栄養になるってこと?」
「もしくはその花に生まれ変わるという意味のようです。イケニエとなった犠牲者の記録では、何かの罪を犯して処刑された罪人が死後に罪を償うための刑罰だったようです」
「『キレイな花に生まれ変わりましょう』ってやつ?」
「生きている間に犯した罪を死んだのちに花へと生まれ変わって、神殿に飾られて人々の心を癒やす役目を与えられた。そう考える方が正しいでしょう」
そういえば旧シメオン国はナナシの信仰国で、国民はすなわち信者で、国の罰はそのまま神罰になる。
「あれ……?」
ここで私はある疑問に思い至り、確認のためにピピンを見上げる。
「エミリアちゃん、どうしたの?」
「エミリア、何に気付いた?」
両隣から声があがる。その声に会議室にいる全員の目が私に集中した。
「ねえ……シルキーの母親たちの騒動を覚えている?」
「ああ、もちろんだ」
「あれの女神像って、なんでナナシの姿にしなかったのかな?」
「それは棄教されたからだろ?」
「でもさ『魅了の女神信仰』といって魅了と誤魔化した洗脳でシルキーたちの先祖を操って、信仰や洗脳状態を子孫に引き継がせて。……でも、真実は違うよね」
そう、真実は違っていた。
魅了の女神は私の中にいて、ナナシが自身を魅了の女神のように振る舞っていた。そして魅了の女神信仰は……最後に世界を滅ぼそうとして、騰蛇や神獣たちの協力を得て未遂に終わった。
「魅了の女神の姿は知られていないんだから『女神像を自分に似せることは可能だった』んじゃない? 名前が違っても女神像がナナシの姿だったら、信仰で得られる恩恵の何割かはナナシが受けていたって。魅了の女神が教えてくれたよ」
「それが真実なら、あのナナシは何を考えて信仰させていたんだ?」
「それよりも、神って信仰が必要なのか?」
「ほかの神は聞いたことがないぞ」
「冒険者の神だって、冒険者たちは信仰していないだろ?」
《 エミリア教はエミリアを信仰しているー! 》
《 エミリア様、今日も清く正しく美しい心で1日を過ごせることに感謝します 》
《 エミリア様、今日も清く正しく美しい心で1日を過ごす努力を怠りません 》
《 今日も私たちを見守りください 》
妖精たちがまたいつものように私に手を合わせて祈りを捧げる。その純粋な祈りが私に優しさで包んでくれる。
「エミリア様、今日も清く正しく美しい心で1日を過ごせることに感謝します」
「エミリア様、今日も清く正しく美しい心で1日を過ごす努力を怠りません」
「今日も私たちを見守りください」
会議室に集まっている職員たちも手を合わせて私に祈りを捧げる。彼らの祈りは妖精ほどではないが、私に勇気を与えてくれる。
……だから、私はみんなを守りたいと思った。その第一歩として、戦渦の原因であるパルクスを陥落した。『生き女神様』だったアウミがナナシと離れた隙をみて、彼女に現実をみせてシャバラに委ねた。
アウミがナナシの事情に気付かなかったおかげで助かった。もしナナシと離れた際にアウミにどうしろと指示をしていたら、アウミは大陸から出る船に乗って海上でナナシを身体に戻していただろう。
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