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第十一章
第610話
しおりを挟むキッカは今までリーダーらしいことはしてこなかった。冒険者パーティにはリーダーが必要で、守備隊時代に報告書を作成したり確認書類で目を通してはサインをしてきた。その延長でサインをしてしまっただけだ。
別にミレーヌ(ミリィ)隊長が報告書を出さないため代わりに作成していたというわけではない。南部守備隊では隊長と共に現場に出るものの、隊長は現場で隊員に指示をだして、副隊長は報告処理を提出するために情報を集める。その情報は現場でも使われ、ひと通り落ち着いたら書類を作成するために先に戻る。要は分担作業なのだ。だからといって隊長は何もしないわけではない。ミレーヌ隊長も隊員の細かいクセを指摘して鍛錬や特訓のメニューに組み込むし、ルーフォートのように現場と書類仕事を両方とも熟す。けっして現場で暴れるだけではなかった。
逆に不器用だったのはキッカの方だった。中央守備隊の花形だった王太子の護衛をしていたが、当時7歳だった現王妃に細剣は護衛に向かないと指摘された。鈍だったせいで、7歳児が床に落としただけで抜き身の刀身は2つに折れて窓から捨てられた。その折れた細剣は、潜んでいた不審者たちの肩を貫いた。
偶然だといったが、キッカの心と自意識過剰を砕くには十分だった。家業と家族に不満があり、エリートを目指して家を飛び出したキッカの鼻を山折り谷折りで折りたたみ、本来の鼻の高さに戻した。
エリート集団から転落したキッカを拾ったのが南部守備隊であり、ねじれた精神を踏みつけて根性を叩き直した。そこからいまのキッカに成長し、誰からも信用してもらえるようになり、副隊長に落ち着いた。
しかし、それもまた崩れることとなる。魔物の集団暴走の発生である。
守備隊にとって守る相手は王都の住人であり、境界は王都を取り囲む城壁だった。南部守備隊にとって南部にある城門は守備範囲だったが、正確には城門の中にある門までだ。城門上の騎士たちは弓を番え、射程範囲に入った魔物を倒していく。腕に覚えのある屈強な冒険者たちも飛び出して襲いかかってくる魔物を倒していく。声高らかに「魔物と戦い慣れているのは俺たちだ!」と勇み、『自分たちの日々を支えてくれる王都の住人たちの笑顔を守る』という冒険者の矜持を胸に秘めて。
しかし……このときは異常だった。並の冒険者たちでさえ敵わない将軍クラスの魔物が加わっていたのだ。
冒険者たちは仲間が斃れ、傷ついたまま魔物たちの中に取り残してもけっして逃げようとしなかった。また、残された冒険者たちも自らの生命を犠牲に、魔物たちを道連れに爆死や焼死していった。
このときの被害は、城門上で戦っていた騎士200人近い死亡を確認。冒険者に至っては死者・行方不明者は1,000人を超えた。しかし、王都の住人に被害者はひとりも出なかった。
前線で魔物と戦い生き残った冒険者たちや遺族はその事実を誇った。身命を賭して守られた住人たちも、勇猛果敢な冒険者たちや遺族に深く感謝した。
誇りもなく後悔を胸にしたのは守備隊……特に城門のひとつを管理する南部守備隊だった。門の外で倒される冒険者たち。救いに飛び出したくても守備隊として任務についている以上、任務の放棄は南部守備隊だけでなく全守備隊に罪が問われて罰を受ける。そうなれば隊長たちは全員魔物を呼び寄せるエサとして公開で絞首刑、バラバラにされてフィールドに撒かれることになる。死刑制度はないが、魔物のエサという罰を受けた者を公開処刑という形で死を確認させるのだ。
自分たちの一時の感情で守備隊全員に罪を背負わせ、隊長たち全員を死なせるようなことはできなかった。守備隊の隊員には家族もいる。家族まで道連れになどできはしなかった。
そしてキッカたち守備隊の隊員たちの中には、守備隊を辞めて多くの犠牲で人数が足りなくなった冒険者へと鞍替えする者が現れた。彼らの苦悩を知っている隊長たちは誰も引き止めなかった。
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