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第十一章
第602話
しおりを挟むアウミの身体はすでに両足が失われている。雪が不安定なアウミの身体を支えるように降り積もっているため倒れずにすんでいた。
アウミ自身はすでに諦めに似た感情を抱いているようだが、それは生への諦めと共に『純粋に信じていたはずの女神に裏切られていた』という、信仰心を逆手にとられたことで萎えた感情も含まれているだろう。
信仰心は女神をも救う。それは名もなき女神でも同様だろう。信仰心が女神を強くする。その逆もまた然り。
「流民は全員が死兵になったわ。喜んで互いの胸を刺しあってた」
アウミの証言が正しければ、名もなき女神は自らの信者を減らしたこととなる。旧シメオン国のようにパルクスの国民が自分を盲目的に信心すると思ったのか。だからもう、流民を必要しないと切り捨てたのだろうか。
しかし、パルクスの国民にとって生き女神様の存在は死兵や死隊という恐怖の象徴であり、信心するに値しないものだった。
そしていま……アウミの信心も失われ、その魂はサーラメーヤによって神の御許へと送られる。
「アウミ」
虚な目で、それでも私の顔を見上げてくる。膝をつきアウミの頭を撫でると驚いた表情を見せた。
「もう、後悔しなくてもいい。……サーラメーヤが家族のところまで連れて行ってくれる」
「私、は……」
「信仰の象徴のお役目、お疲れさん」
私の言葉に涙が流れ出す。堪えていた感情があふれでてきたようだ。アウミの後ろからシャバラが音もなく駆け寄り…………ぱあんっというハッキリした音というより空気の震える音と共にアウミの身体が散った。
シャバラはアウミに体当たりすると同時にその姿を消した。アウミの魂を背に乗せて連れていったのだろう。残ったシュヤーマが私に擦り寄る。目の前で死者を消滅させたこと、直前まで会話をしていた私を心配したのだろう。
私が抱きしめるとそっと頭を舐めてきた。
妖精たちが立ち上げた『エミリア教』。その信者は妖精たちだけには収まらず、ダンジョン都市の人たちにまで広がっている。……その大半が、妖精たちが高めた信心に影響されているだけで、元々は無信心。信じられるのは己の肉体と魔法の能力、というのが冒険者だ。それが妖精たちの知識が私からの影響であり、自身の持つ知識をさらに高めたくて『妖精たちの勉強会』(有料・1講習50ジル)に参加している。その勉強会は漢字や算術などで、この講習で支払われるお金が冒険者学校(善意の無料)に回っている。
《 タダより高いものはなし! 無料だと言われたらコップ一杯の水でも疑え! 》
額面通りに疑うと食堂や喫茶店に対する営業妨害である。しかし、それらの水がファウシスでは操り水に置き換えられて人々に提供された。宿屋などの生きた樹を使った建物の場合、自然に浄化されて普通の水に戻って影響下に置かれずにすんだ。
そのことは公表されていない。というのも、その場所で屋台で買ってきた食事や飲み物を飲食した場合は操られてしまう。「宿で食べれば問題がない」という誤解を招く恐れがあるのだ。正確には「そこで提供される料理の食材は浄化されている」という。
そんな教育をこと細かく受けた都市の人たちの中には、さらに妖精たちに傾倒し、彼らの信心する『エミリア教』に入信する。そうして増えた信者のおかげなのか、私の基礎体力が増えている。
いまの私なら、名もなき女神相手に立ち向かえるのではないか?
「見つけたぞ、家出娘」
シュヤーマを抱きしめてそんなことを考えていたところ、上から声が聞こえた。
「気のせい」
「何がだ?」
「眠い」
「風邪ひくぞ」
「眠いから幻覚が聞こえる」
「幻覚は見るもんで聞こえるのは幻聴だ」
「……ノーマンたち、操り水の効果を打ち破って、歩いてでも帰ろうとしたんだって」
ダイバが黙って私の隣に座る。そしてそのまま私の頭に手をのせた。
「バカだよね。ノーマンが温度調整の腕輪を持っていれば帰ってこられたのに」
「誰がいったんだ?」
「アウミ」
「会ったのか」
「シャバラが送った」
「…………そうか」
しばらく黙っていたダイバが立ち上がるとヒョイと私を抱き上げた。
「帰ったらお説教タイムだ」
「帰んない」
《 もう! わがまま言わないの! 》
そういって涙石から飛び出してきたのは風の妖精。水の妖精はシュヤーマの頭を撫でて労っている。……って
《 エミリアのお守りお疲れさま 》って何⁉︎
こうして、涙石から出てきたキマイラの背に乗せられて、私の家出は終わりを告げた。
「でもさ、みんなだって涙石から見てたんでしょう?」
《 当然でしょ 》
「それでダイバは?」
「空魚に乗せられて、背に乗ってる妖精たちに落とされた」
空魚の背に乗って巡回している妖精たちの中には風の妖精が多い。彼らがダイバの落下を弱めたようだ。
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