私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル

文字の大きさ
上 下
588 / 789
第十一章

第601話

しおりを挟む

しばらく待った。しかし当時のことは思い出せないのか、アウミは深い記憶の海から戻ってこない。その間も千切れた腕は黒ずみ、炭化して端から散り消えていく。

「旧シメオン国の流民るみん。彼らがなぜ国を追われるようになったか、末裔のアウミなら知っているでしょう」

双眸そうぼうに光が戻る。記憶を辿るのをやめたのだろう。雪の上に座り込んでいるが、生きている者なら持っている熱がないため周囲の雪は溶けずにいる。

「信仰する女神様を」
「それはどんな女神?」
「…………え?」
「言ったでしょう? 神には『何の神、何の女神』という呼び方がある、と。それで信仰していた女神の名は?」
「女神様は女神様で……」
「名前は? 伝わらないはずがないよね。信仰を捨てなかったがために国から追われて、ほかの国も大陸も受け入れてもらえず。そんな辛い思いを子孫にさせてまで信仰を続けた女神は……誰?」

アウミはただ呆然と私の言葉にだけ注意を向けている。右肩から脇腹に黒ずみが広がり、炭化した右腕は失われ、肩の一部が崩れている。

こんな雪の中、アウミは薄着なのだ。死者だからこそこの環境で動いていられる。タグリシアで捕まった偽商人たちに、身ぐるみ剥がされて置き去りにされた。いや、湿地帯のどこかの沼地に王族たちと共にまとめて投げ込まれたのだろう。

……アウミと共に行ったはずの名もなき女神の気配がない。だからこそ、身体の炭化が止められないのだ。
いま私の身につけている香水は、名もなき女神が嫌うというフルーツガーリックの精油だ。また私に関わろうとしても近付けなどできない。もう一度アウミの中に入ろうとしても、私の香水だけでなくサーラメーヤの聖域が張られて近づくことは出来ない。

「名前がない女神など、この世にはいない」
「……私が、忘れた、だけ」

必死に女神の存在に縋ろうとするアウミ。しかし、アウミはを忘れている。

「アウミ、大事なことを忘れていないか?」

自分の縋ってきた女神の存在がになり、これ以上女神を信じる気持ちを奪われたくはないのだろう。怯える目で私を見上げる。

「ここの大陸はなんだ。『神に見捨てられし大陸』ではないのか? この大陸に神や女神がいるか?」

私たちを守ってくれた魅了の女神は、神の眷属である騰蛇が大陸に取り残された妖精や精霊たちを守られるように作った神域にいる。そうでなければ、この大陸にはいられない。しかし、名もなき女神は違う。たとえ、いまは『女神ではない』としてもこの大陸にいられない。いままではアウミの中にいたから大陸に存在できていただけだ。

「あの女神様は……本当の女神様ではない、の?」
「そのを指す意味がわからない。しかし、何の女神か判明しておらず、この大陸に居続けられる女神などいない」
「……エミリアの中にだって女神がいたじゃない!」
「私の中にいたからだ。『異世界から召喚された最後の聖女』、それが私の本当の称号。私の存在そのものがだ」

これだけは分かる。アウミのように『名もなき女神のうつわ』になれるのは少ない。

1.旧シメオン国の流民るみんであること。
2.死んでもすぐに魂が逝かなかったこと。

そしてなにより、

3.名もなき女神を受け入れることができること。

それは絶対条件だろう。少しでも拒否反応があれば、精神体である名もなき女神の方が傷つく。下手をすれば死んでいるだろう。

その点でいうと私と魅了の女神は共存関係だった。私の不安定だった精神を安定させる代わりに私の中に住み着いた。その代わり、女神の力が私の能力を底上げして異世界という場所でも生きていけるように守ってくれた。

女神が抜け出たいま、私の基礎能力は格段に下がった。それでも日々の鍛錬とダイバやピピンたちから戦闘の基礎を教わったおかげで、まあまあ戦えている。もちろん肉体強化の魔導具を使用しているけど。

「アウミ」

呼びかけると素直に顔を上げる。あの初めて会ったときに死後2年たっていた。それでも問題がなければ、そのままダンジョン都市シティで冒険者としていられていただろう。

『罪を犯していなければ何も問わない』

それが最大のルールだったのだから。

「……アウミから出ていって、一度でも戻ってきたか?」

誰が、と聞かなくてもアウミは分かる。それだけ賢い子なのだ。だからこそ、左右に首を振るその表情は暗い。この大陸に精神体の女神が長くいられるはずがない。一度出ていって、そのまま戻らない。それは誤解だけれどアウミにとって大きな意味を持つ。

「私……もう用済みなんだね」
からね」
「……騙されていたんだ」
「少なくとも、幸せをぶち壊してノーマンたちを殺した。……そんな神がいるか?」

アウミは黙って左右に首を振る。そのアウミの小さな仕草は、信心を薄めていっている。これにより、死後もあの『女神もどき』に魂を縛られることはなくなる。

「ほかの連中はどうした?」
「……みんな、自ら死兵に。ノーマンたちは途中で『帰る』って言い出したの。『自分には帰る場所があり、待っている人がいる』って。だから、女神様が……お水を飲ませるように言ったの。のんで、吐き出して。馬車からおりて行った」

そうか……歩いてでも帰ろうとしたのか。しかし、結局……力尽きたんだ。

「やっぱりバカだな、ノーマンは。温度調整の腕輪を持っていれば帰れたのに」

腕輪の効力は所有者の半径3メートル。誰かひとりでも持っていたら帰ってこられたのに……

「いらんいらん。どうせ俺は都市ここで生きて死ぬんだ。外の世界なんて興味ないね」

ノーマンのバカ…………
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

聖女らしくないと言われ続けたので、国を出ようと思います

菜花
ファンタジー
 ある日、スラムに近い孤児院で育ったメリッサは自分が聖女だと知らされる。喜んで王宮に行ったものの、平民出身の聖女は珍しく、また聖女の力が顕現するのも異常に遅れ、メリッサは偽者だという疑惑が蔓延する。しばらくして聖女の力が顕現して周囲も認めてくれたが……。メリッサの心にはわだかまりが残ることになった。カクヨムにも投稿中。

【短編】追放された聖女は王都でちゃっかり暮らしてる「新聖女が王子の子を身ごもった?」結界を守るために元聖女たちが立ち上がる

みねバイヤーン
恋愛
「ジョセフィーヌ、聖なる力を失い、新聖女コレットの力を奪おうとした罪で、そなたを辺境の修道院に追放いたす」謁見の間にルーカス第三王子の声が朗々と響き渡る。 「異議あり!」ジョセフィーヌは間髪を入れず意義を唱え、証言を述べる。 「証言一、とある元聖女マデリーン。殿下は十代の聖女しか興味がない。証言二、とある元聖女ノエミ。殿下は背が高く、ほっそりしてるのに出るとこ出てるのが好き。証言三、とある元聖女オードリー。殿下は、手は出さない、見てるだけ」 「ええーい、やめーい。不敬罪で追放」 追放された元聖女ジョセフィーヌはさっさと王都に戻って、魚屋で働いてる。そんな中、聖女コレットがルーカス殿下の子を身ごもったという噂が。王国の結界を守るため、元聖女たちは立ち上がった。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。