私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル

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第十一章

第594話

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次期国王という過度な期待で潰れそうな王太子は、倒れるくらい(実際に何度も倒れた)朝から勉強漬けだった。

「できないことをできるように努力できない奴は王には向かん! 首を括って死ね!」

これも、国王自らが言われてきたことだった。努力家のルナンバルトと違い、「自分は王太子だからそのまま王になれる」と怠惰に過ごしていた国王は、優秀な弟に王太子の座を脅かされた。
しかし、王家には秘密があった。

『聖女様をお招きできるのは国王と第一子のみ。第一子亡きしときには、国王は譲位し前王一家は後顧の憂いをたつため毒杯をあおること』

聖女の召喚には国王と王太子以外にはできない。だからこそダメダメ王太子でも国王になれたのだ。それ以降は無能の称号を返上するために寝る時間を惜しんで仕事漬けにされたため、『まあまあ真面まともっぽい国王』になれた。
……聖女の死をキッカケに、逃げ出して離宮に引きこもる無能に成り下がったけど。

レイモンドは多くの魔術師たちを集めて召喚した。
…………失敗すれば代償に魔術師たちの生命が失われてたらしい。
あの大歓声は成功を喜び生命が助かった雄叫びだったのだ。遅かれ早かれ、魔術師たちは口封じに殺されていただろう。その前にレイモンドは拘束されて、聖女はひとりが亡くなり、私は逃げ切ったことでレイモンドの『認めてほしい』計画は破綻した……

ルナンバルトには賢妃がついている。彼女はルナンバルトの国政の補佐をしている。幼馴染みということで、国王になったルナンバルトの苦手なことを補えるように頑張ってきたそうだ。それが賢妃と呼ばれる所以ゆえんであり、いまも国の被害に真っ先に救援隊と支援に乗り出していた。

私がマリー夫婦をあの世に送りそのままいなくなった。コルデさんの話では、その日から聖女わたしを求めて騒動になったらしい。それを鎮めたのも賢妃だった。「何を考えているんですか!」と。

「散々『黒髪の女性』を追い回し、『黒髪の冒険者』を追い回し、『薬師の神に祝福を受けし者』を追い回し、『錬金師の神に祝福を受けし者』を追い回し。今度は『聖女様』を追い回すのですか!」

賢妃の声に誰もが口をつぐみ、日を重ねるたびに酷くなっていた騒ぎが痛いほどの静寂に戻る。それは鉄壁の防衛ディフェンス住処アジトでも、冒険者ギルドでも、商人ギルドでも、職人ギルドでも……王城でも。唯一、パパさんとママさんの宿と喫茶店は神の罰があったため騒ぎはなかったらしい。


「それで? あなたたちは聖女様に何をして差し上げましたか! 無理矢理この世界に連れてきて追い回して、『レシピを寄越せ』『権利を寄越せ』に『貴族のために働け』⁉︎ 今度は『聖女として自分たちのために働け』ですか!!! いま、この国が無事なのは聖女様がこの1年の間ずっと前線で魔物と戦ってくださったからです! 忘れたのですか、アントが近くで巣を作ったことも。水の迷宮で行われていた様々な犯罪が明るみになったことを。生き埋めになった人の発見やその救助に向かった方々が召喚で現れた魔物たちに襲われたときにどなたが救われたのですか!」

王都中に響いたこの声は、声を届ける拡声器のような魔導具から聞こえていた。王城から『国王陛下のお声』を届けるために使われているものだ。話を聞くのに王都や王城へ集まるのは貴族だけであり、国民が全員集まっても王都に入ることなどできない。

その魔導具を使ったのは、聖女様を求めて王都へ来ないように引き留めるためだ。

「二度と聖女様を求めるな! 自分でできなければ家族に救いを求めろ! 家族でもダメなら隣近所、村でも町でも! その場で助けを求めてみろ! 誰かが『どうしたのか』と聞いてくれる。しかし聖女様は知った人もいない知らない場所でひとりで戦ってきたんだ! 自分でなんの努力もしないで『助けて』という権利はお前たちにはない!!! 文句があるなら国から出ていきなさい。その方が聖女様もお立ち寄りしやすいでしょう」

このときから騒ぎはおさまったらしい。
ちなみにこの映像は、鉄壁の防衛ディフェンスの外壁に取り付けられた防犯用の記録を魔導具に残されたものだ。

「すっごいな、この賢妃」
「そりゃあ『タダで済むと思うな』が口癖でな。7歳のときに城で王太子と会った途端に、王太子の護衛の細剣レイピアを抜いて『こんな剣で王太子が守れると思っているのか!』と言って床に叩きつけたんだ」
「「こっええええ!」」

私とダイバの声が重なった。しかし、コルデさんは左右にかぶりを振った。

「すごいのはそのときけんが真っ二つに折れたんだが、その2本をんだ」

その折れた剣は窓の外で隠れていた不審者2人の肩に突き刺さった。

「そのときに賢妃が微笑みながら言い捨てたんだよ、『私が王太子殿下をお守りします。王太子殿下を狙ったらタダで済むと思わないでくださいね。手元が狂って生命を奪ってしまう可能性がありますわよ』とな」

このときの護衛がキッカさんだったそうだ。

「あれ? じゃあ、キッカさんの年齢って……あの賢妃が7歳のときの話で~、いまは賢妃が32歳、だっけ? ってことは25年前。じゃあ護衛だったキッカさんは……」
「こらこら、数えるな」

指を折り曲げて計算していたら、ダイバが私の手に自分の手をかぶせて止めた。

「エミリアちゃん、キッカは翼人族テンシだぞ」
「じゃあ人間の枠にはめたらダメだね」
「そうそう、護衛が任されるのは20歳からだぞ」
「オヤジ! エミリアもいい加減にしろ」
「ダイバ……翼人族テンシって何歳?」
「聞いたら止めるか?」
「うん」
「……はぁ。平均は700歳。住んでいる場所によって前後する」
「そっか。宿屋の家族も翼人族テンシだって言ってたっけ」
「あそこ、オヤジは土属性のドワーフ族だぞ」
「へぇ~、結構ハーフっているんだね」
「ああ、エルフ族以外は特に種族など気にしないからな。だからミリィも受け入れられていたし守備隊では信頼されていた。王都を出るときは隊員が泣きながら見送ったくらいだ」
「あっ、その話知ってる! 『まだ行ってもいないのに早く帰ってきてって大泣きされた』ってミリィさんが笑いながら教えてくれた」

それを聞いて、小さい頃に不当な扱いを受けてきたミリィさんだったけど、周囲の人には恵まれていたんだと思ったんだ。

それにしても……守備隊の隊員には王族や貴族の護衛を目指すために貴族への接し方を教える学校に入る人もいるらしい。キッカさんが私に対して丁寧な態度だったのも、その学校に通っていたからだろう。

「それにしてもさ…………。あの貴妃って、聞けば聞くほどよね」

それが国を立て直す起爆剤にはなっているようだ。


そしていま、滅ぼされた町や村では貴妃ツルの一声によって国内外を問わず支援の輪が広がっている。
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