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第十一章
第591話
しおりを挟むピピンはずっとシーズルに対して怒っている。しかし操り水で揶揄うが手を出さないのは『操って懲らしめる』ためだ。反省していないとわかれば、前回私たちが止めたけど「王都への馬車が出ていませんね。歩いていってらっしゃい」と笑顔で送り出すだろう。
いまは凍えるような寒さ。足を止めれば凍りつく。街道には細かい火の魔石が敷かれていることで、街道だけでなく周囲も雪を溶かしている。その街道脇には主に徒歩移動の旅人の休憩用に、火の魔石で雪よけがされて魔物よけの魔導具が設置された広場もある。そのため、防寒対策さえしていれば真冬でも徒歩による移動も可能なのだ。
そこで休憩するには結界石とテントを使うしかない。暖を取るには火を起こす。結界石の機能上、結界内で火を起こせば一酸化炭素中毒で……ではなく、『寒い空気まで結界内に閉じ込めたため、空気を温めないと身体が温まらない』ということ。
「空気を温められるのか?」
「温められるよ。例えばあったまろうと火を起こしてポットで水を温めれば。暖かい水蒸気が焚き火の熱で上がり、結界にそって降りてくる。それがまた焚き火で起きる上昇気流で上がる」
「……エミリア。その上がっていく空気は焚き火の熱で暖かくなるのか?」
「そう、それが熱の循環。普通の焚き火でも身体は暖かくなるけど、火から離れれば身体はあっという間に冷える。火に近寄って身体を炙っているだけで、本当の意味で身体が温まっていないから。一番手っ取り早いのは、水を沸騰させる蒸気で空気を暖め、紅茶やコーヒーなど温かい飲み物で身体の中から深部体温を上げる方法」
ダイバはそれを知って、実際に冬になって確かめに外へ出た。当時、実験といったがアゴールをはじめとした隊の仲間たちが同行した。ダンジョン管理部はフィールドに現れた魔物の討伐に出ることもある。特に冬眠前で凶暴化するのは、弱いと甘く見られている草食の魔物。その被害は主に行商人だ。
「エサを運んでいるようなものだからな」
「それが今では商人ギルドで送るようになり、待っててもエサが通らなくなった」
大地の恵みは草と木の実だけとなり争奪戦になる。冬眠が遅れれば、それすなわち雑食や肉食の魔物のエサ候補。無我夢中で果実を求める。魔物だって飢餓状態になれば前後不覚になり村を襲う。簡単に撃退できたとしても、雑食や肉食の魔物が追いかけてきていないとは限らない。
だからこそフィールドの魔物の間引きが必要になる。
しかし帰る途中で冬になり、雪が一晩で降り積もることもある。街道から外れていることも多い、というより魔物の棲息地から大きく離れた場所に街道は作られている。そのため雪が積もれば数時間、遠くても1日でたどり着く街道に何日もかけることになる。
けっして火魔法で道をひらくことはできない。誰かが急に訪れた『冬のはじまり』に、テントを張って『冬のおわり』まで籠っている可能性もある。それに植物学者など研究者が冬眠で魔物が減る冬にフィールドで調査をしている場合もある。
「私たちも知っていなくてはいけないことです」
「訓練にもなるよな」
それで、私を講師として近くの休憩地で個人・集団で繰り返し体験した。結界の中で汗をかいた状態で結界石を外し、途端に凍結しかけた隊員もいた。
「死ぬかと思った! 死ぬかと思った! 死ぬかと思ったぁぁぁ!!!」
「よかったな、エミリアに同行してもらってて」
「凍結体験したかった?」
「「「全力でお断りしまああああす!!!!!!」」」
当時はまだコルデさんたちがダンジョン都市に来ていなかったが、私たちは良い関係を結んでいた。冗談が言い合えるような、全力で拒否されても強行できるような。
ちなみに彼らには『ちょっと汗をかいただけで外に出て風邪をひいちゃおう』体験をしてもらった。もちろんアゴールは女性だから見学……
「「「いやいや、副隊長を女扱いする必要などナイナイ」」」
「……人間扱いしないであげる」
アゴールを女扱いしないでいいといった連中は、結界石を外す前にバケツの氷水を頭からかぶった。水の妖精が怒ったのだ。そのまま結界石を外したから、まあ大変。すぐに結界石を地面に差し込んで結界を張り直したが……
「凍ったかな~?」
「凍ってますね」
「死んだかな~」
「残念ですが死んでいませんね」
「お前ら……。エミリア、とりあえず風邪ひいた連中も一緒に回復させてくれ」
「この無駄口連中の処分は?」
「特殊鍛錬」
特殊鍛錬とは鉄壁の防衛の冒険者たちが毎日している鍛錬以上の過酷なメニューを、両手足に1個10キロの重り、上半身と両腕・両足に重り入りのプロテクターを装着してこなす。
「重りは?」
「両足は太腿もスネも30キロずつ。上半身は前後ともに25キロ、あわせて50キロだ」
「それにメニューを倍にします」
言われた張本人のアゴールに追加された罰に、凍結体験をした内の数人が倒れて覆っていた氷が砕けた。
「……あ、倒れた」
「軟弱者め。彼らにはメニューを3倍にします」
「……それが妥当だな」
愛妻を女扱いした私に文句言ったことで、地味に腹を立てていたダイバは、このときはアゴールの決定を止めなかった。
風が吹いていれば体感温度はさらに下がる。歩いていてもそのまま身体は薄い氷を背負い、立ち止まれば一瞬で凍る。
…………ノーマンたちは……ううん、もう止めておこう。
それで、あの悲劇の直後にルヴィアンカの提案で王都とダンジョン都市間の話し合いがもたれた。ほかの大陸への救済方法や支援に何をしたらいいのか。そのときに、シーズルは王都まで歩いて向かおうとしたのだ。
「あれ? テントで集まって会議するんじゃないの?」
「いいんですよ、エミリア。私たちはテントが用意された会議室に向かいましょう」
気付いて声をかけたがピピンは私を庁舎の最上階の会議室へと促す。シーズルは一切の反応もなく城門へ向かって歩いて行こうとした。
《 バイバイ、シーズル。元気でね 》
《 バイバイ、シーズル。シエラが幸せになるよう祈って死んでね 》
《 バイバイ、シーズル。リドも幸せになれるよう祈って逝ってね 》
《 バイバイ、シーズル。お……し……い人を亡くしたね 》
《 バイバイ、シーズル。なに……か……いが……ある人を亡くしたね 》
《 春になったら回収してあげるから。ちゃんと美味しい栄養になるんだよ 》
《 美味しいゴハンになったら、シエラとリドにも食べてもらえるからね。そうしたらちゃんと2人の栄養になってあげるんだよ 》
「こらこら……そこはなに小声で言ってんのよ」
「『おもしろい人』に『何気に揶揄いがいのある人』? お前らシーズルが行き倒れること前提か? まだ秋だぞ。ピピン、何に対して腹を立てているのか……まあ分かるが。今回は大事な話し合いだ、解除しなくていいから許してやってくれ」
ダイバの頼みにピピンが「仕方がないですね。今回だけですよ」と許可を出す。元々、周囲への見せしめのためにやっていたからだ。
「シーズル、今回は許します。話し合いに向かいますよ」
「……はい」
このやりとりによって周りで笑ってた人たちも分かっただろう。『操り水で操られた者は愛しい家族をも忘れる』ということを。
それで、このとき何をしでかしてピピンを怒らせたかというと……
「家に帰ることも新妻や子供の存在も忘れるような男はいりません」
いなくなった恋人を待ち続けていたシエラは死んだと聞かされて傷ついた。やっと前を向いていこうとしたところで残像と対面し、家族の愛情を教えるために彼を受け入れた。そして通常よりも短期間の妊娠と出産。心の準備がなかったシエラを支えるために結婚したはずのシーズルは、仕事を理由に家にも帰らず2人を顧みず。『無理を承知で結婚してもらった』と思っているシエラが隠れて涙を流しているのを、水の妖精と水属性のピピンが気付かないはずがないでしょう。それをわざわざ口にして慰めることもしない……シエラは知られたくないから隠しているのだから。
そしてもうすぐ……都長が替わる。新しい年が来るのだ。
その後も態度を改めなければ、シエラの夫も代わる。支えになる夫がシエラ(とリド)には必要なのだから。
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