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第十一章
第585話
しおりを挟む「コルデさんは?」
私の問いにアルマンさんは黙って目を閉じて左右に首を振る。子供たちの中で一番長く一緒にいたのはオボロさんだった。父親の後を追い続けて守備隊に加わり、除隊後は鉄壁の防衛に加わった。
どこまでも慕ってくるオボロさんを、コルデさんが可愛く思わないはずがない。
「アルマンさんは大丈夫ですか?」
「ああ、仲間たちとはすでに半数と連絡が取れた」
「…………ご家族は?」
「何人か死んでいるが、ほとんどが王都に住んでいたから無事だ。しかし、それはまだマシな方だ。国も大陸も滅んだところはあるからな。……それでルーバーはどうしている? 沈んだのは彼の住んでいた大陸だろう?」
本当ならショックを受けてもおかしくはない。しかしルーバーは悲しんでいない。
「ルーバーなら大丈夫。ゼオンとヤンシスにも伝えたけど、彼らの生まれ育った村はずっと前に魔物の集団暴走で滅んでいるから。まあ、被害は村だけで住人は散り散りになったらしいけど。家族や村の人たちとの関係は希薄で、そのまま冒険者になって国を出たから郷愁はないって」
「それはそれで悲しいな」
ルーバーはミリィさんと同じく巨人のハーフとして差別を受けてきてたから、親戚とも関わりを持っていない。家族同士でフレンド登録をしないことが、コルデさんたちのように避難民の家族が生き別れるという悲劇に繋がった。同じように、ルーバーたちも家族や親戚とフレンド登録していないことで、家族がバラバラになって慌てることになる。
「そういえばアルマンさんは家族でもフレンド登録してますね」
「ああ、元避難民だからな。……日常が続くならする必要のないフレンド登録。しかし日常が壊れたことでフレンド登録が必要だと思い至ってな。どうしても、目の前にいる人や常日頃一緒に行動を共にする者とフレンド登録する必要を感じなくなるんだよ。『また今度、会って話せばいい』って感じでな」
そのため、アルマンさんは知り合った人は誰でもフレンド登録している。……だから今回の悲劇でたくさんの仲間や友人、知人の死を知った。フレンドは生者と死者でリストが分かれる。アルマンさんはフレンドリストの半数以上が死者のリストに移っただろう。
「エリーさんは、まだ……?」
「アラクネの金糸がエリーの生命を身体に引き止めていたおかげで、身体が潰されても死なずに済んだ。そのことがなければ、たとえエミリアちゃんの万能薬があったとしても助からなかっただろうな」
そういってアルマンさんは私の頭を撫でる。その表情はほうっと安心したように。心配しなくていいんだと私を安心させるように。
「しかし、本来なら失われていた生命だ。疲労は思ったより大きいのだろう。心身的な疲労は回復薬では治らない」
「……私も、何日も眠り続けてた。目を覚ましてもまた何日も眠って、起きては寝て、寝ては起きて。完全に起きられるまで回復するのに何ヶ月もかかった。普通に生活できるまでは何年もかかった……ぶっ倒れては何日も眠り続けて、目覚めたら妖精たちに泣かれて。ここに移り住んだのも、妖精たちだけでは負担が大きかったから。妖精たちと出会うまではピピンとリリンが……」
「そうですね。記憶もなく、体力もなく。休憩を促しても錬金や調合をし続けて聞く耳を持たず」
そういったピピンが私の頭を撫でる。
「でも、いまは失った1年分の記憶も戻りつつあります。完全に回復するまであと半年でしょうね……毎日ちゃんと眠ったらの話ですが?」
「まあた、調合中にぃ仮眠しただけだってぇ? ご飯食べたら2階でお仕置きがまってるよー」
後ろから抱きついて、私に待ち受ける今後の予定を楽しそうに告げるリリン。
「食事は終わりましたね。では2階に戻ってお仕置きを受けてください」
「…………お仕置きを受けるってわかってて戻りたくな~い」
「だあいじょ~ぶ! 調合をやめてみんなと寝るだけだから。ほら、フィムがエミリアと一緒に昼寝するって待ってるよ。早く行こ?」
「ははは。それは素敵なお仕置きだ」
お仕置きの内容をリリンが告げるとアルマンさんが笑う。しかし、ピピンの目は笑っておらず『心配してます!』と訴えている。その目をした人たちを私は知っている。
「……ねえ、アルマンさん」
「ん、どうした?」
「もしも私が……エアがあのとき、引きこもって錬金を続けていたとき…………いまみたいに止められるんだったら止めてる?」
プレゼントで送ってくれるからと、ろくに食事にも出なかった私。数日ぶりに薬学施設を出た私に向けられる目は、今のピピンと同じ目だ。
当時の私はそんなことを知らなかった。
ただ痛ましいという目をしているのだけはわかった。その前に起きた食中毒事件後に向けられた、私への後ろめたさからくる視線とすぐに出来なかったお礼と謝罪から顔を見られず。それが私から目をそらす行動になった。……これはエリーさんとキッカさんが彼らを叱った。しかし、それがさらに彼らとの距離を大きく広げてしまう結果に結びついた。
「エミリアちゃん、チビッコ2人の鍛錬で時間をずらしていたからといって当時のことを知らなかった言い訳にはならない。気付いてやれず、すまなかった。もちろん、無理をしているのを知っていたら止めていた。しかし、過去に戻ってやり直せず。それに私たちがそんな愚かなことをしたからこそ、エミリアちゃんはこの大陸でたくさんの人たちを助け、助けられていまがある。そのことは良かったと思っている」
「……妖精たちが表舞台に出て、いまでは人々と対等もしくはそれ以上の立場を確保した。キマイラや神獣たちを救い、ここをつくり守ってきた騰蛇の存在を明かした」
ポンポンと私の頭を軽く叩くのはダイバだ。今日は農園に行っていたはずなのに……いつの間に戻ってきたんだろう。
「エミリアがここにこなければ、俺たちは家族の再会もできず。ミリィはルーバーと出会わず、そうなると双子は生まれなかった。借金奴隷にされたアゴールの甥や姪にどんな未来が待っていたかわからず。火龍と出会わず、じーさんたちの無事も知ることはできなかった」
「ダイバ……」
「何かあれば見にいこうとして、何か起これば見にいって、何かが起きているかもと聞けば窓から飛び出すお転婆……。いまさらこんなびっくり箱を知らない日常は考えられねえな」
「ダイバ~!」
周囲からも笑いがこぼれる。オボロさんの死を聞いて以来、久しぶりの笑い声だ。
「アゴールから『フィムを寝かせたいのに、添い寝をするはずのエミリアさんが来ない。すぐ連れてきて』って連絡が来てなー。ほら、お昼寝タイムだ。飯も食ったようだし、そのまんま本気で寝ちまってもいいぞ」
ヒョイッと私を横抱きで抱き上げると階段へ向かい、その後ろをリリンがついてくる。ダイバの肩越しで見えたのは、ピピンは食器を片付けていて、アルマンさんが私に軽く手を振っていた。
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