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第十章
第548話
しおりを挟む「あ、助けてくれ! 頼む!」
生きたレリーフに救いを求められたのは私の後ろの人物たち。つまり、この男を残してお迎えがきたのだ。パックンという音がしなかったから、アラクネの金糸が連れていったのだろう。
「え、やあよ」
きれいな笑顔でサクッと断られた。それはそれは大変ショックだろう。
しかし、さっきまで楽しそうに男の仲間を振り回していた張本人に救いを求める方がおかしい。さっきまでスライムの姿だったから、魔人の姿ではわからないのだろうか。
「ナイフを構えた時点で死刑確定です」
「ピピン、勝手に死刑にしないの」
ピピンに死刑だと言われて表情が固まった男だったが、私の言葉で少し口元がゆるむ。あら、残念。シーズルと対面した時点ですでに首筋に騰蛇の印が付いているんだよ。
「死刑になんかならないでしょ。すでに何をしても死ねないように身体の構造が書き換えられているのに」
昨日の夜かな? 寝てるときに騰蛇にパックンとされてプリッと排泄されたんだろう。首筋の印がその証明だ。
《 だったら傷つけてもいい? 表皮だけ 》
「それはダメ」
《 えー。もう騰蛇に死ねなくされているのにー 》
「ダメよ」
《 ちょっとだけ 》
「ダーメ」
すでにナイフを上手に操って髪の毛を1ミリ残して剃っている。許可したら、残された1ミリも剃ってつるんつるんにしてお経が読めるようにするでしょう。……この世界にお経があるか知らないけど。
じょーり、じょーり。
不貞腐れた暗の妖精が、ナイフで男のヒゲを剃っている。暴れないように、ナイフを目の前に突きつけた状態で……
両目をかたく閉じているけど、少しでも動けば目蓋に刃先がチクチクとあたる。そんな位置にナイフが刃を向けて浮かんでいるのだ。現実逃避したくて目を閉じてもヒゲを剃られる感触はあり、恐ろしくて全身を震わせては目蓋がナイフの存在を思い出させる。
「ねえ、ピピン」
「はい、なんでしょう」
「あれ、いつまで放置?」
「敵前逃亡が加算されましたからね。ナイフを出したということは、そのナイフを取り上げられて自分に向けられることを覚悟の上でしょう。そうですね、あと10本は未使用のナイフがありますから、それを全部使ってからですね」
「ふーん。暗の妖精、おヒゲを剃り終わったら『回転的あてゲーム』をしようか。まだ10本あるんだって」
……暗の妖精が大喜びをしたのはいうまでもない。
ギャンブル用かな? 直径2メートルの大きな円形のテーブルを使ってレリーフ男を貼り付けた妖精たちは……そのまま長方形の部屋の長い辺を使ってゴロゴロと転がしている。奥まで後ろに転がされて、また前へ転がされて……
どうやら妖精たちは得点表を作っているらしい。
「ケガはさせるんじゃないよ~」
《 ……心臓に当たったら100万点にしようと思ったのに 》
「…………こらこら」
それでもひとり以外は楽しんでいるようで、みんなで楽しくナイフを投げている。もちろん投擲が苦手な妖精もいる。手元が滑って的に直接当たりそうになる。そのときは風の妖精が風でナイフの向きをずらしている。
せっせと私を椅子に座らせてテーブルを用意してティーブレイクタイムに突入させたピピンはいま、私の隣で妖精たちが集めてきた日誌や収支報告書をチェックしてる。勤勉な執事だわ。
ちなみにここは会議室か何か。長テーブルや椅子が乱雑に置かれていて、ホコリも被っていた。長らく使われていなかったのだろう。風の妖精たちが一瞬でホコリを集めて、水の妖精たちが水拭きをしてくれて、仕上げに光の妖精が清浄化してくれたため快適空間になっている。
ここは冒険者学校の一室と同じ広さ、日本でいうなら小学校の40人教室に近い広さだ。レリーフ男が壁に張り付いていた場所が黒板があるところだとすると、私たちは中央よりやや後ろの窓際を陣取っている。
ここを使っているのは、レリーフ男が逃げ込んだからだ。ちなみに最初は隣の食堂で、この部屋は建物の最奥。追われたときに建物の奥に逃げ込むのは得策ではない。そこに裏口があってすぐに逃げ出せるならともかく、窓があってもこのような建物では窓は簡単に破れないよう強化されている。『開いていない窓を突き破って』というのは私の元いた世界のアクションシーンでは可能だけど、この世界では「お前、何やってんの?」とバカにされるくらい強度が強い。魔物対策に自然災害対策などで、窓自体が魔導具になっている。
「蹴破れるもんならやってみな」
そう言っていた魔導具職人がいた。白虎が喜んで窓に手をかけて立ち上がったら……仮設の建物が横転した。立っていた一階建てが床だけ残して横に倒れたのだ。ただし、自慢していた窓は壊れなかった。
「窓が頑丈でも建物が弱くては意味がなあああい!!!」
ということで、建築士や魔導具職人たちで結成されている住居管理部は、どんなことがあっても壊れない家を試行錯誤で建てては白虎たちに内部で遊ばせている。一ヶ所に手をかけた白虎が立ち上がっただけで倒れたことがショックだったらしい。
「絶対、全体重をかけても壊れない家を建ててやる!」
今は迷惑をかけないように、建物の中に入るときは猫のように小さくなっていることを知った彼らは、いつか白虎が大きなまま入れる家を建てたいと張り切って研究をしている。
そんな彼らの窓が、簡単に破れるはずがない。
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