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第十章
第531話
しおりを挟む敗戦の将パドリック・レイドロス。
両手持ちの大斧を片手で振り回す剛腕の彼は左手に鋼鉄の盾を装備していたが、その盾すらも敵を薙ぎ倒す凶器であった。その一撃で敵の身体は原型をとどめておらず、中には吹き飛ばされたり潰されてただの肉塊になることも多数あった。
そんな彼の自慢だった盾は、敵国に乗り込んだ彼の前に立ちはだかった一人の女性によって打ち砕かれた。一騎討ちで使用したのは肉体強化の魔導具だったが、肉体が限界に達したため負けを認めて死を受け入れる。
なお、相手は職業軍人ではなく冒険者のため名の記載はされない。
それが、人物名鑑に記載されている彼の話だ。私の名が記載されないのは職業軍人ではなく冒険者だからだ。軍人なら報酬に褒賞、栄誉を賜るだろう。大将のように貴族名を与えられることも。しかし、一般人にはそれはない。逆にどこの誰かという情報が公開されれば、遺族や崇拝者が復讐をしないとは限らない。一般人は貴族名を持たず、代わりに同じ名前が多く、愛称が同じ人はさらに多い。つまり、誤って別人を襲う可能性の方が大きいのだ。そのため、一般人の場合は詳細が記載されない。
大将の一人という立場はパドリックに国を見捨てて投降させるには重く恩恵を受けすぎた。しかし、潔く戦って散ることで、残される兵士たちの無益な争いを減らして投降しやすくした。
大将の敗死は隊の士気を一気に下げた。実力で大将になった男を尊敬していなくても、戦勝を齎し無事に勝ち鬨をあげて家族の元へ帰れると信じて疑わなかっただろう。そんな大将が血飛沫をあげて膝をつき、敗北を認めて死んだ。そんな大将が勝てない相手に勝てるはずはない。
それが大半の兵士たちの思いだ。
いや、愚か者はどこにでもいる。そのまま敗残兵となるのを良しとしなかった若い兵士たちが、手にかけた大将の遺体に手をあわせていた私に十数人で一斉に襲いかかった。
「亡き大将に殉ずるか。いい度胸だ」
剣に火を纏わせて一閃。なぜ斬りかかろうと上段に構えるのか。おかげで腹部から両足までの間で真っ二つ。火は傷口を焼き出血を止める。しかし、生命を繋ぎ止めることは……両足を失った兵士以外できなかった。
その差は簡単だ。背の高さの違い、それだけである。横へ薙いだ剣に対し、ある者は腹部を。また飛びかかろうとした瞬間だったことで恥骨部や両足を。彼らの武器のリーチは、火属性を纏い魔力で長さが自由に伸ばせる私の剣より短い。そして私は彼らが近くまで駆け寄るのを待つことはしなかった。鞘から刀を抜けばそれは交戦を望んだと見做される。敵に甘い態度を見せれば、それは自らの死に直結する。敗残兵が生きて故郷に戻りたければ辛酸を嘗めてでも生き延びろ! ただそれ以外に方法はない。
女性兵士が男たちに蹂躙される。男であっても蹂躙される。それは戦時下ではよく聞く話だ。支配欲だか服従させて愉悦に浸りたいだけのために人権を無視するのだ。しかし、そんな屈辱を受けても心まで蹂躙できない。『生き残るため』なら、けっして心まで手放してはいけない。
しかし……生き延びた者たちも、すぐさま後を追った。出血多量ではなく、出血性ショックでもなく、外傷性ショックとも違う。
「敵兵に情けをかけられるとは……」
「いや。私、兵士じゃなくただの冒険者なんだけど? だから襲いかかってこなければ手出ししないし」
「ぼ……冒険者……」
「それも、女。……女なんざに負けたのか、我々は……」
彼らにしてみれば「女冒険者に十数人で襲いかかって一撃で敗れた」ことが許せなかったのか。精神的なショックにより自死を選んだのだった。
それにより、残されていた最後の軍人としての矜持が打ち砕かれた。敗残兵として捕虜になることを受け入れたのだった。
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