私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル

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第十章

第512話

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庶民にとって一番の娯楽は噂話である。サヴァーナの国境に近い町には国内外から発生した噂話が集まりやすい。そんな噂話は商人たちの取り扱う商品の中でどんな武器より強く、どんな薬草より効果が高く…………その代わりに無料タダという魅力的なものだった。それは低山のなだらかな傾斜をのぼり、最終到着地が中腹にある王都だった。標高六百メートルもない場所にある王都に商品とともに届いた噂話は、さらに時間をかけて王城へと運ばれる。そして王族が耳にした頃には誰もが情報の八割ほどを信じ、残りの二割を何となく信じている……単純にいえば「みんなも言ってるし、キッカケがあれば丸ごと信じちゃうよ~」となっていた。

王族で真の情報をもつ者たちにも青天の霹靂であった。気付いて慌てて訂正しようにもすでに国内に情報が流れてから時間が経っており、国外へも商人たちによって拡散されている。実験の結果と改良点を携えてサフィールから帰ってきた薬師やくしたちも、国内外に流れた噂を『ひとつの情報』として信じていた。

「誰だ! 誰がこんな情報をんだ!」

あと先考えずに発せられたこのひと言は、王城で働くただの噂話と思っていた者たちに真実の話だと信じこませることに成功してしまった。

『情報をもらす』

それは真実が含まれていたことから出たひと言だったが、知らない者にとって噂話そのものが真実だと誤解を与えてしまった。

「モウマット王太子は噂話が真実だと認めた!」

モウマットたちが失言に気付く前に、噂話は届いたよりも何百倍も早く斜面をジェットコースターのように滑り降りて国内外へと広がった。

「なんてことだ……。王太子がハーフエルフを庇護しているというのは本当だったのか」
「エルフ族がこの国を支配しているというのは本当なのか」
「そりゃあそうだろう。この枯れ果てた大陸でなぜサヴァーナ国内だけが薬草を採れるのか。そこにエルフ族が関わっているからだろう?」
「ああ、操り水もエルフ族が関わっているんだってな」

酒場では珍しく静まり返った。そうだろう、誰もが最悪な方向へ頭が働いたのだから。口に出したらそれが真実になるかもと疑心暗鬼になってしまい、酒すらすすまない。

「なぜ王太子が国を動かしているんだ? まさか国王もすでに操られているんじゃないだろうな」
「ああ、そうだ。国王が指示したのならわかる。しかし、なぜ王太子が勝手に動いたんだ?」
「そうじゃないか。エルフ族を庇護し、ハーフエルフを囲っているのは王太子だ。いくらなんでも離宮にエルフ族を住まわせ、操り水の改良や薬草の研究をさせる権限を王太子が与えられているはずがない」
「おい! まさかとは思うが……計画が失敗した穴を埋めるために、俺たちも操られるんじゃないだろうな」
「俺たちは戦争の捨て駒にされるというのか」
「そうだろう? 実験場だったサフィールが独立を宣言したんだ。今までみたいにサヴァーナのいうことを聞くとは限らねえ」

誰かがもらした言葉が人々の心に不信感を植え付け、芽をだして最終的に恐慌という実をつくり……矛先は薬師やくしとモウマット本人へ。そして王族を経由してエルフ族とハーフエルフへと向けられていった。彼らは自身の悪行によって立場を失っていく。
サヴァーナ国の崩壊のカウントダウンはまだ始まったばかりだった。
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