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第九章
第448話
しおりを挟む「ルレイン、あなた……指を砕かれても痛みはないわけ?」
私の指摘にルレインはニヤリと笑う。彼女は人ではない。種族の話ではない。…………生きていないのだ。
「なぜ……」
「なぜ? もう彼はこの世のどこにもいないのよ」
「何を言ってるの? エンリケは罰で」
「彼を取り戻そうとしたわ! 一緒に逃げるために」
「ここは神の眷属が作った亜空間だよ。『瞬間移動』は使えない」
「使えるわよ!」
「地上の決められた範囲ではね」
「…………どういうこと」
「言ったでしょ。この都市は騰蛇が作った空間、一種の神域なの。そんな場所では魔法は通用しない。そういったら、魔法が通用しなかった理由もわかるよね」
ルレインは目を大きくして動きを止めた。
「じゃあ、生きて……いる、の?」
「もちろん」
〈エミリアは誰も殺すことはせぬ。主は共にいてそんなことも信じられなかったのか?〉
「だって……。あの夢に現れた女神が『エンリケたちは生かしても意味がないから殺された』って……」
「少なくとも、いま南部の農村にいるけど?」
「でも……!」
「農村には魔法が効かないように魔導具が設置されている。奴隷たちはもちろん魔法が使えないけど、外部からイタズラされないための防止だ。その水路工事班にエンリケはいる」
「でも、前は……」
「ここにいた。『アカンバナ』の種の収穫、その後の精神回復のために。それを望んだのはルレイン、あなた本人じゃない」
そんなことも忘れた、ううん、忘れさせられたというのか。
誰もが痛ましい視線をルレインに送る。じゃあ、ノーマンたちも何かを忘れて出て行きやすくされたのか。仲間たちや、この都市の思い出を消されて……
「あ、ああ、あああ……」
ルレインは叫び続けている。騰蛇と火龍の力で今はまだ身体を保っているが……いつまでも保てないだろう。
《 エミリア! エリーが見つかった! 》
《 エミリアが言ってたとおり、魔導具の中でぐーすか寝てた! 》
「寝てたんじゃないわよ!」
《 寝てた! 》
《 起こすまでぐーすか寝てた! 》
「封印されてたの!」
エリーさんの登場にルレインは驚いた表情を見せた。
「なぜ……絶対に見つからないって……」
「妖精たちに探させてたの。ルレインは『瞬間移動』が使えるでしょう? だからエリーさんを魔導具に『瞬間移動』で封印して、誰も近寄らなそうなところに『瞬間移動』で隠した。そう考えたら、心当たりなんて一ヶ所だったから」
「エミリアちゃん、それは一体……」
「ミリィさん、それはあとで。……騰蛇、アラクネ。お願い」
もう時間はない。だから……
私がそんな逸る気持ちでアラクネを見ると、優しい目で頷いて両手を上に向ける。一瞬でアラクネの金糸が地上に向かって一気に伸びていく。一分もかからずに大きな卵状になった金糸が降りてきた。そして地面に触れると糸から青年が……エンリケが現れた。シーズルがルレインの背中から退いて離れる。
「ルレイン……?」
「エンリケ……? エンリケ、エンリケ!」
すでに両足が土に還り始めているルレインは必死に右手を伸ばす。エンリケはルレインに駆け寄り上半身だけを抱き起す。
「何、やってるんだよ」
「……ごめんなさい。私、バカで」
「ああ、昔っからドジでバカだ」
「……元はと言えば、あなたが聖魔士くずれに手を出そうとしたから」
「……ああ、悪かった」
「……エミリア、さん」
「なに?」
「ごめんなさい……ありが、……」
その言葉を最後にルレインは土に還っていた。
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