私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル

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第九章

第429話

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「エリー、『自分で考えろ』といわれませんでしたか?」

テーブルに頭頂部を押さえて伏すエリーさんに、ピピンが冷たく言い捨てる。ピピンの触手ムチを受けたのだ。そんなピピンに、エリーさんは恨めしそうな目を向けた。

「ピピン……」
「エリー、リリンじゃなくて良かったと思えよ」
「はあ? なんでよ!」
「リリンは手加減をしないからな。その代わり、急所を的確に狙ってくるから今の何十倍も痛いぞ」
「うふふ。……試してみる?」

背後から聞こえたリリンの声は楽しそうに弾んでいる。バッと振り向いたエリーさんは、慌てて庇うように頭部を押さえた。

「……うん、気持ちはわかる」

今まで何度も痛い目に遭わされてきたダイバにとって、今のエリーさんの気持ちは痛いほどわかるのだろう。

「エリー、そうやって考えを放棄するから『呪いの指輪』なんて物騒なモンを受け取るのよ。わかってるの? 相手がエミリアと同じように細かいこともキチンとやるような錬金術師だったら、エリーは呪いを撒き散らしてこの都市まちを壊滅させていたのよ」

一瞬で厳しいものに変わったリリンの声に、エリーさんの表情が引き攣る。あのときのことを思い出したのか、それともリリンの仮定で奪われていたかもしれない生命を、惨劇を思い浮かべたのか。青白い顔色で小刻みに震えている。

「エリー、一瞬の判断ミスで俺たちはライバルとして競い合ってきたパーティーを喪った。魔物を甘く見た結果だ。その代償に多くの生命が奪われた。……もっと考えなければいけなかったんだ。彼らの死を教訓にしないで、ただ後悔だけを続けていては未来で同じ轍を踏む。それでは彼らは犬死にだ」
「アルマン!」
「エリー、怒っても過去は変わらないわ。彼らの死が未来を変えるためになるなら、それは大事なことなのよ」
「いい加減にしてよ! なによ、二人で私を責めて! 彼らの死を悲しんではいけないとでもいうの⁉︎ 引きずってはいけないというの! そうよ、アイツらは『知識を持った魔物オークに殺された』可能性があるわよ! そうに言われたわ! でも信じられるわけないじゃない! 相手は魔物よ、魔物なんかが知識を持つなんて認めない! 絶対にありえないわ!!!」
《 黙れェェェェェェ!!! 》

エリーさんの暴言に、話を邪魔しないように隣の部屋にいた妖精たちが飛び込んできた。同時にエリーさんは、燃えない炎に包まれた。それは脅かすための幻。イタズラの火だ。しかし、エリーさんはパニックを起こしたように騒いで、身体のあちこちを叩いて消そうとする。

「ひぃーちゃん」
《 エリーのバカ!!! 自分だけがツラいと思っているの! 私たちはエミリアが助けてくれるまで何度も殺されたのよ! 水なんて何百回殺されたと思っているのよ! 》
「ひぃーちゃん」
《 魔物が知識を持つことを否定なんかさせない! ピピンたちの存在を否定なんかさせない! 》
「ひぃーちゃん」
《 エミリアァァァ 》

少しずつ大きくなる私の声に我を取り戻した火の妖精ひぃーちゃんは、泣きながら飛びついてきた。同時にエリーさんを覆っていた火も消える。エリーさん以外にその火を見ても慌てることはなかった。

「エリーさん。いま自分が何を言ったかわかってる?」
「…………え?」
「『魔物なんかが知識を持つなんて認めない、絶対にありえない』。それはピピンとリリン、白虎の存在を。ううん、魔人や獣人の存在を否定することよ」
「あ、ああ……ちが、う。そんなつもりじゃ」

私の言葉にピピンとリリン、白虎をみる。妖精たちが三人にしがみついて泣いており、三人は優しく慰めるように撫でている。その姿を見て、エリーさんは自分のがどれだけみんなを傷つけたのか理解したようだ。

「みんな、今日の話はここまでだ。エリー、お前は自分の偏った考えを改めるまで参加を認めない」
「なっ!」
「さっきの言葉、差別的な発言。それが正しいと言えるのか? たしかに魔物に滅ぼされたパーティーがあり、そいつらと深い付き合いだったのはわかる。しかし、それが『知恵をもつ魔物を否定する正当な理由』にはならない」

ダイバの言葉にエリーさんはふたたびピピンたちに目を向けて俯く。自分の言葉が混乱を引き起こした。それを自覚したのだろうか。言い訳はできないだろう。

「それにこれだけは言わせてもらう。さっきエリーは言ったな、『エアちゃんに言われた』と。それを誰かに話したのか? 相談したのか?」
「…………していない」
「だったら、知識や知恵をつけた魔物に襲われたパーティが現れて滅んだら、それはエリーの責任だ」
「なんで⁉︎」
「なんで、だと? 情報を共有していれば対策が立てられただろう。連携をとるかもしれないとわかるんじゃないか? そんな魔物がいることを事前に知っていると知らないのとでは、パニックを起こしてもおかしくはない」
「ここは『冒険者のための都市まち』。情報共有は当然なんだよ」
「エリーもみんなも、冒険者学校に入って勉強したほうがいい。自分の知らない知識を持つことは、自分の視野を大きく広げることになる」

私の言葉にミリィさんが『学校に行って一から勉強しなおせ』という。ここでは大人でも、熟練の冒険者でも、一度で卒業しても。再入学して勉強をしなおしている。

「子供と一緒に一から勉強することは恥ではない。恥ずかしいのは、知ったかぶりをして身を滅ぼすことだ」

ダイバの言葉に俯いたエリーさんから涙がこぼれ落ちた。
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