私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル

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第八章

第288話

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「この辺鄙へんぴな場所にある奴隷市に目玉商品?」

なんだ、そりゃ? である。話を聞いたら、なんてことはなかった。

「どこぞかのお国でクーデターか下克上か革命か。とりあえず何かが起きて、処刑を免れた王族がまとめて奴隷落ちした」

その人たちが出品されるらしい。ただ、その奴隷をまとめて取り扱っているというのが……

「あの捕まった奴隷商バカが⁉︎」
「そうらしいですよ」
「だから『アヤツらは商品だ』と言ったんだ」

興味はある。だから見にいこうかとも思う。しかし、奴隷を買う気はない。

「だって、奴隷制度自体が刑罰の一つだからね。ちゃんと罰として働かなくては自由になれない。たとえそれが、年端のいかない幼な子だとしても同じだ。親や家族が甘い汁を啜って生きてきた。少なくとも、その恩恵を受けて裕福な暮らしをしてきたのだから、自分が受けてきた恩恵の分は働いて返さないとね」

同情はする。しかし、温情をかけて解放してあげよう、とは思わない。奴隷から解放できても、親が奴隷となっていれば孤児を生み出しただけだ。

実際に私のいた世界であった話だ。
裕福な家の息子が、正義感から、劣悪な環境で奴隷として働かされていた人々を雇用主から解放した。しかし、解放された奴隷たちはその少年を責めたてた。護衛たちに守られてその場を無事に離れたが、護衛の一人が主人の息子少年に言った。

「彼らにはあの環境が当たり前だったのです。ただ命令されたことを聞いてさえいれば、衣食住は与えられますからね。ですが解放されたことで彼らはそのすべてを自分たちで用意しなくてはならなくなりました。……だから止めたのです。『解放するにしてもその下準備を整えてからです』と。住むところと仕事を用意して、それから解放するべきだったのです。彼らは奴隷となった時点で自分のものを何一つ持っていませんからね」

同情にお金はかからない。だからといって、なんの準備もしないで、「さあ、今からあなたたちは自由です」と言われて喜べる者はいない。
この世界でも似た話はある。それは貴族に対して『自分の正義は他者には押し付けでしかない』ということを教える教材だ。この世界では続きがあって、その少年の父親は少年を下着姿で家から追い出した。彼は生活に関することは何もできない。下町で食堂の皿洗いなどで日銭を稼ぐものの、あまりにも庶民の生活に対して無知すぎた。料理の名前一つどころか、食材や調味料の名前すら知らなかったのだ。さらに、食事はレストランや食堂でしか食べられないと思い込んでいた彼は、お金を稼いでも屋台などで食事が買えることを知らなかった。

そして……彼は生き倒れた。

彼は自分の部屋のベッドで目が覚めた。そして、見守られていたのだと気付いて泣いた。自分はあのときに一度死んだのだ。
彼は必死に勉強し、青年になると保護施設や安価な食堂を建てたり、無料診療所を作った。週に一回の炊き出しをするなどの福祉も充実させた。その費用はすべて、彼がその後も十年以上続けて市井で日銭を稼いだものだ。それは身売りという形で奴隷となる道を選ぶしかなかった人たちを救い、働き手の領外流出を食い止める結果に結びついた。働き手が領内に残れば、産業は発展し、必然的に働く場所は増える。
彼の兄が父から継いだ頃には、国内でトップを誇る豊かな領地 に生まれ変わっていた。彼は最期まで表舞台に現れなかった。彼の手腕を認めた兄が継承権を弟に譲ろうとしたが断られた。

「自分は子供の頃に死んだ。ここにいるのはただの亡霊なきがらです」

青年期以降の彼は市井に居を移し、一市民として生きた。誰とも気さくに話すものの、生涯独身を貫いた。
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