私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル

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第六章

第185話

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「あ! カニさん、み~っけ」

私が白虎の背に乗って通路の先にちょうど出てきたカニを見つけて指差した。大きさは約一メートル。ただし、甲羅の横幅だ。足の長さは真っ直ぐに伸ばすと五メートル以上。タカアシガニ……この世界では総称して『カニ』だ。

《 あ、ホントだ 》
《 アレはなにに料理する? 》
「茹でガニ!」
《 じゃあ、『温度上昇』! 》

水の妖精がカニの体液を沸騰させて、一瞬で二から二に変えた。それを私が収納する。

「わーい。食べ応えあるね~」
《 次のはどうする? 》

暗の妖精の言葉に前に目を向けると、新たなカニが現れていた。今度現れたのは鑑定ではズワイガニ。

「お刺身にしゃぶしゃぶ~」
《 オッケー 》

暗の妖精は返事をするとカニの周りを闇のカーテンで覆い、一瞬で窒息させて『新鮮な食材』に変えた。

「わー。すごいすごい!」

手を叩いて誉めると恥ずかしそうにする。そんなところは、一緒に旅を始めた頃と変わらない。


暗の妖精が使う妖力チカラや魔法は超強大な威力があり、扱い方を間違えたら超最悪な被害が出てしまう。それを理由に、妖精以外のほとんどの種族から恐れられている。そのため、ほとんどの暗の妖精たちは隠れるように生きている。

《 一番コントロールに長けているのは暗の妖精たちなのにねー 》
「一番怖そうなのは、ひぃーちゃんなのにね~」
《エミリア! 『ひぃーちゃん』って呼ばないでって言ってるでしょ! 》
「ほら、怖~い」

火の妖精は『ひぃーちゃん』と呼ばれるのを嫌う。

《 悲鳴みたいじゃない 》
「でも、『火火火火火ヒヒヒヒヒ~』も『ファ・イヤ~』もイヤなんでしょ?」
《 当たり前でしょ‼︎ 》

私が揶揄うと全力で嫌がる。

《 まあまあ、ひぃーちゃん。落ち着いて 》
《 ひぃーちゃん。そんなに興奮しないでよ 》
《 もう、みんなったら。ひぃーちゃんは『ひぃーちゃん』って呼ばれるの嫌なんだから。ね、ひぃーちゃん 》
《 もう! みんなもいい加減にしなさいよー! 》

大声と共に自身を発火させた火の妖精。
瞬時に暗の妖精が闇の球体で覆い、窒息という形で酸素を排除させて火を消した。火は酸素がなければ燃えることができない。全身をまとっていた火が鎮火すれば、いかりの炎も鎮火する。
もちろん、そのあとはピピンの教育的指導が入り、こっ酷く叱られた。……火の妖精だけ。

「もう! 感情をコントロールする練習なのに」
《 だって……エミリアが…… 》
《 『だって』じゃないでしょう? 感情的になりやすい火と風がコントロールできなければ、困るのはエミリアなんだからね! 》
「……その時は、捨てていこーっと」
《 いーやーあー! 》

スッパーンッ!

叫んだ火の妖精をピピンが触手で叩いて床に叩き落とした。一瞬、火が見えたから鎮火させたのだろう。

「それにしても……。クラちゃん、上手に消火させられたね」
《 エミリアがキャンドルの火を消すときにフタを被せてて、「空気を遮断すると火が消える」って教えてくれたから。空気なら操れるし、妖精は呼吸が必要ないから、空気を遮断しても大丈夫だって思ったの 》
「エラい、エラい。クラちゃんはホントーにエラい」

私が暗の妖精の頭を撫でると、みんなも《 スゴいよねー 》《 咄嗟に判断して動けたんだもん。さすがクラだよ 》と口々に誉めちぎる。暗の妖精は私と契約して一緒に行動を共にするようになり、他種族の妖精と交流するようになった。最初は小さくなっていた暗の妖精だったが、今は私……というよりピピンのサポート役だ。ただ、昨日みたいに一緒に遊んでいてピピンの教育的指導お説教を受けるが、その回数は二番目に少ない。一番少ないのは水の妖精で一番多いのは火の妖精だ。

「ねえ、リリン。鳥籠の中、静かだけど……生きてる?」

白虎の上に座る私の後ろに置かれた鳥籠。リリンがツタで白虎の身体にくくりつけて落ちないようにしている。相変わらず暗の妖精が膜を張ったままのため中が見えない。さらに魔法無効化がつけてあるから、外部からは魔法が効かない。……静かすぎて心配だ。

《 まだ寝てる。リリンが『強く叩きすぎたかな~?』だって 》
「いいの。私をからかって笑った罰だもん」
《 そうそう。……白虎は今日エミリアを乗せる約束があったから『それで済んだ』んだからね 》
ガウ……

白虎がシュンッと落ち込んでしまった。

《 ……ピピンが『まだ済んでない』って。ただし妖精たちの方だけ。白虎はこのダンジョンをクリアするまでエミリアを乗せるんだったら、後のお説教は免除するって。……どうする? 》
ガウガウ
《 エミリア。白虎が『これからもエミリアを乗せていきたい』って 》
「白虎がいいならいいよ?」
ガウガウ
《 エミリア。『今朝はごめんなさい。揶揄うつもりはなかったんだ』って。この先には色々と珍しいものが待っているから、エミリアはきっと興味を持って眠くならないって言っただけなのを、みんなが違う意味で受け取ったの 》
《 でも……。揶揄う気がなくても相手の心を傷つける結果になるんだったら、エミリアの周りに現れる連中たちと一緒だよ 》

暗の妖精の言葉に、白虎が足を止めてしまった。白虎だって、理解なき差別や非難を受けてきた暗の一族のことは知っているだろう。そして……あの愚かな国がしでかした行為で、暗の妖精たちが数を大きく減らしたことを。
白虎自身だって、親兄弟から捨てられた。仲間や家族と違い『白変種』だというだけで。

ガーウ……ガーウ

白虎が悲しそうに鳴く。目から涙が流れ落ちて止まらない。通訳は必要がない。暗の妖精を悲しませたことを後悔して謝っているのだ。その暗の妖精も、私の胸に抱きついて泣いている。そんな暗の妖精を『今は一人じゃない』という想いを込めて抱きしめた。

「白虎。私もクラちゃんも白虎自身も。周囲からの理不尽な言動に傷ついてきた。ここにいるピピンとリリンだって、同じそうなんだよ。仲間たちより小さいってだけで、仲間たちから『見殺しにされた』の。知らなかったでしょ? ダンジョンに入った私の足止めとばかりに、仲間たちが二人を触手で投げ飛ばしたんだよ。ピピンはリリンを庇って、私と戦おうとした。もちろん、仲間のためじゃないよ。リリンを守るため。隙を見てリリンだけでも逃がすつもりだったんじゃないかな?」

ピピンに目を向けると、ゆっくり大きく左右に揺れている。その表情は『さあね。知~らない。何のことかな~? 覚えてないな~』ってとぼけていた。

《 どう、決着したの? 》
「『あっち向いてホイ』したの」

水の妖精の質問にそう答えたら驚かれた。みんなにも簡単なゲームとして教えてある。そして単純だからこそ妖精たちは熱中した。

「あの、ゲームの?」
「そう。それで私が勝ったから、このまま逃げていいよって言ったの。でも追いかけてきて……今は大事な『家族』だよ」
《 ピピンが『逃げていい、って言われたからエミリアのところへ逃げたんだ』だって 》

水の妖精の通訳にピピンが上下に揺れて肯定する。

「白虎。誰もがに傷を持っている。それは大きいか小さいか。代わりの物で癒せるものか……私みたいに家族という代わりのないかけがえのないものを失った場合もある。他人には『大したことじゃない』かもしれないけど、その本人にとっては死を選ぶほど辛いものかもしれない。白虎には妖精たちが代わりになりえたのかもしれない。でも……ココロというものは、そんな単純なものではない」

白虎にもわかっているだろう。だけど、簡単に忘れてはいけないことでもある。そして、優しい白虎には傷つける側に堕ちてもらいたくはなかった。


というのは愛情で充填できるものだ。しかし、精神を意味するは、愛情や言葉で賄えるカバーできるものではない。
自分を意味する『私』もそうだ。自己を意味すると、気持ちを表す。他人には『同じじゃないか!』と軽く見る者もいる。しかし、『お前は私か?』と聞きたい。赤の他人に『私の気持ち』がわかるとでも? もしそう聞かれて「私にはわかります!」というバカがいたらハッキリ言ってやりたい。

「お前のその感情はただの独りよがりで傲慢な証拠だ‼︎」と。

災害で家族を亡くした人と同じように、同じ災害で家族を亡くしたという人が現れたとしよう。その人たちは『同じ悲しみを共有している』のだろうか?
答えはノーだ。
『家族を亡くした』のは同じだ。しかし、悲しみの深さや大きさは一人一人が違う。それを『あなたの悲しみは私にもわかる』というやつがいたらそれこそオツムの出来より存在自体を疑った方がいい。

子を亡くした人に「私も子供を亡くしたから気持ちはわかる」と言った奴がいた。

「あなたのお子さんはどのように亡くなったのです? 生まれて数時間で息を引き取りましたか? 病気で亡くなったのですか? それとも事故ですか? 赤信号を無視した車が? 違う? じゃあ過積載のトラックが横転して? それも違うのですか? だったら殺されたのですか? 見ず知らずの通り魔に。車という凶器で?」

子を亡くした人に付き添っていた一人がそう言ったら、青ざめて逃げていったという話がある。
この時の母親は、火事で子を亡くしていたのだ。その火事も同じマンションの下の部屋による失火。火事の煙で窒息死したのだ。失火した家の人たちは無事に救い出されていた。……そして、彼らは罪に問われなかった。
逃げた女は『火事で子供が死んでるから保険金が入っただろう。それに部屋は全焼したんだから、下の家から慰謝料もタップリもらっただろう』というバカげた理由で近寄ってきたらしい。
火事の延焼では失火した家から慰謝料などもらえない。たとえ子供が亡くなったとしても。

「知らなかった」

警察でそう主張したらしい。そして言った。「慰謝料がもらえないなら子供は『死に損』じゃないの」と。
ちなみに、この女は確かに子供を亡くしていた。『イジメによる自殺』で。だからこそ、イジメをしていた子の親たちから一人何百万円という慰謝料をもらった。そこから『子供は死ねば金になる』と思っていた。
……被害者が加害者に転身していた。


《 白虎。もうわかったよね? 軽い言葉でも傷つくんだよ 》
「白虎。水の妖精が人間たちに捕まって閉じ込められていた。それが癒されたと思った矢先に、誘拐された。水の妖精が恐怖でパニックを起こしたこと覚えているよね? 水の妖精だけじゃなく、自分が狙われたと知ってリリンのココロも傷ついたのも……。白虎。自分だってそうでしょ? 私たちが白虎を『もう一緒にいたくない』ってどこかに置き去りにしたら……。大きくなったから一人でも生きていける?」

私の言葉に大きく首を左右に振る。その度に白虎の涙が飛び散る。

「白虎。私もみんなも白虎を嫌いたくない。だから、今は厳しいことを言ってるんだよ」

そう言って、白虎の背中に寝転んで後ろから首に抱きつく。

「『知らなかったから』では許されないんだよ。『知ろうとしなかった』のだから。……白虎はいい子。優しくて強い。傷つく痛みも悲しみも知っている。だからこそ『傷つける側』になってほしくないんだよ」

私の言葉に泣きながら上下に首を振る。
私たちは結局、広場で休憩することにした。鳥籠の中の妖精たちはピピンの教育的指導を受け、私たちは草原に広げたシーツの上で一緒に昼寝をした。
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