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第五章
第129話
しおりを挟むエアちゃんが記録を移した魔石には、声だけが残されていた。
男性の名前は被害者リストの中にあった。遺体が見つからなくても、行方不明者の場合被害者のひとりとして扱われる。『村長の孫』『妻の名』からも、出身地に間違いないことが判明した。あの地面に残された遺骨は丁寧に回収されて村へ届けられた。アンジーが騎士団と共に村に行って遺族と話をしてきたが、二人は一緒に埋葬されたらしい。
「仲の良い夫婦だったけど。死んでも互いを求め彷徨うなんて・・・。ええ。ええ。もちろんです。二人は一緒に埋葬します。せっかく聖女様のお導きによって再会出来た二人を『引き離す』など出来るはずがありません!」
そう泣いたのは男性の母親。
「そうですか。『黒髪の聖女様』が二人に罪はないとお認めくださったのですか。・・・娘は聖女様のご無事を信じて何時も祈っておりました。聖女様に救われた娘夫婦は、きっと安らかに逝けたことでしょう」
女性の父親は、娘夫婦が死後に巻き込まれた悲劇を聞いて一度奥の部屋に向かい噎び泣き、目を赤くしたまま来訪者の対応を続けた。
元々、同じ村出身で幼なじみだった二人だったが仕事の関係でヤスカ村に滞在していたそうだ。半年離れていただけだが、お互いの恋心を自覚するには十分だった。男性が王都で村長の代理として三年行く時も、女性は行儀見習いで王城で働くことにした。そして休みを貰うと、時々ヤスカ村に滞在する父親に会いに行っていた。そんな女性をウィップスが一方的に惚れた。そして、女性の父親が村に戻る日に『娘をくれ』と言った。本当にそう言ったのだ。自分の父親の前で。「自分は村長の息子だ」と。「娘は『次期村長の息子』と婚約している」と言って、二度とヤスカ村の仕事を受けないことを村長に認めさせて村を去った。
・・・それでも諦めきれず、ウィップスは事件を起こした。彼はヤスカ村で絞首刑に処された。その前の話し合いで、遺体は屍食鬼を誘き寄せる餌にされることになった。ウィップスは死後、墓に埋葬されるものだと思っていたようだ。
「村に連れてきたのは、お前の罪がヤスカ村にあるからだ」
「お前みたいな犯罪者が墓地に埋葬されて安らかに眠られると思っているのか?ああ。お前はすでに除籍されて我が家ともこの村とも関係ない『流れ者』だ」
そんな会話を罪人用の檻状馬車の中と外でしていた。ウィップスは枷で拘束されていたため反論も出来ず。絞首台に引き摺り出されると、大人も子供も石を投げつけてウィップスに怒りや憎しみを直接打つける。ウィップスが刑に処された後も遺体に石を投げつけられた。
ウィップスの処刑時に立ち会っていた村長一家だったが、家族が魔物を引き入れ30人の犠牲者を出した以上、このままヤスカ村に村長として住み続けることは出来なかった。信用を失った彼らはウィップスの処刑後に違う村に・・・セイマール地方へ行くことになった。
ウィップス自身もその話を聞いて泣いて後悔したはずだ。しかしヤスカ村に戻ったことで甘えが出たのだろう。処刑される前に処刑人は言った。
「お前が犯した罪で家族が村長を辞めさせられてセイマールに行かされるというのに、自分のことばかりで少しも『申し訳ない』と思わないんだな」
首に縄をかけられた状態でそう言われて、口枷を外されて周りを見回していると床板が外された。最後に家族を目にすることは出来なかった。彼が見たのは、自身に向けられた・・・憎悪。
処刑台に乗せられても『家族に見捨てられた』と思い、家族を探すこともしなかった。それに気付いていた処刑人が、死の間際に『真実を話して正気に戻した』のだ。
それを知らない別の処刑人が、床板を外して刑を執行した。彼は罪人が与えられる『謝罪の5秒』を使い切ってしまったのだった。
処刑台に乗っていた処刑人は苦しみ揺れ動く縄に目を遣り、『元』村長一家に目を向けて息を吐いた。何故「悪かった」とひと言でも言えなかったのだろうか。
「・・・心から悪人だったってことか」
処刑人の呟きは、すでに『ただの抜け殻』となっても変わらず侮蔑の声と石を投げ続ける村民たちには届かなかった。
記録に残されていた会話にあった『被害男性と同じ名の馬』は売却前に名が変えられたのか見つからなかったが、荷馬車の方はすぐに見つかった。その時の売却記録から男性の遺体を捨てた三人の身元が分かり、内ひとりの居場所が割れた。騎士団がその男を捕らえて取り調べた。ちょっと怒鳴りつけただけで、その男はあっさりと残り二人の居場所を吐いて『したこと』もすべて曝け出したあと保身に走った。
しかし、直接の死に関与していないと言い張る彼に「止血など一切の治療をしなければ死ぬのは当たり前。さらに女性はその時まだ生きていた。それをお前らは見殺しにしたんだ。その女性に何をした?近くの村にでも報告したか?砦に報告したか?・・・その結果、近くの棲息地に住む魔物を誘き寄せ、周りの村が危機に晒された。それでもまだお前は『自分は関係ない』『悪くない』と言い張るのか!」と騎士団員が強く責めたら黙ったようだ。
連中は王都に混乱を引き起こした罪を問われた。彼ら三人の欲がきっかけで起きた事件だ。・・・ひとつでも適切な方法が取られていたら起きなかっただろう。
何より『黒髪の聖女様』が現れて、罪は彼らにあると断言したのだ。証人は優に150人を超えている。
三人は様々な罪を問われ公開処刑されるだろう。最終的に6ヶ所の村が全滅し、1ヶ所の村で大きな被害を出した。無事だったヤスカ村ではすでに責任を問われた者は処刑され、その一族が村の総意によってセイマール地方の開拓者として村から追放された。処刑された者の遺体は、屍食鬼を誘き寄せる撒き餌となった。屍食鬼は7体現れて、すべて討伐された。死後に漸く『役に立った』ようだ。
しかし・・・失われた数百人の生命は戻らない。ただ安らかな眠りが続くことを願ってやまない。
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