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第四章
第85話
しおりを挟む食事と共に聞かされたエリーさんからの報告は、消化不良になりそうな内容でした。
セイマールの交渉人一行は、「王太子が何者かに精神攻撃を受けた!」と騒いだそうです。最初は私を犯人だと騒いだそうですが、王都へ戻って来た時に私に罪状がついていなかったことが『鑑定スキル所持者』の証言で判明しました。さらに『女性を追い回した』として全員に罪状がつけられました。あわせて、審神者によるジャロームの少女殺害やそれまでの経緯もすべて『証言』をされて罪状が追加されました。その結果『交渉人全員国外追放』となりました。罪人として枷に繋がれて国境まで『罪人用馬車』で護送されて行ったそうです。そして荷馬車が二台。一台には回収に来た大半が護送される一行と共に国へ戻りました。
護送馬車は国境までです。その先は自力で城まで辿り着いてもらうことになります。あの『壊れた王太子』を人の目に触れさせることは出来ないでしょう。そのために荷馬車で先回りして回収するようです。
実はジャロームで待っていた時にゴタゴタがあったそうです。事情をよく知らない回収隊が、私の乗っている馬車が皆さんに守られているため興味本位から襲おうとしたそうです。ですが、アクアとマリンの前に呆気なく敗北。連絡を受けて駆けつけたエリーさんたちから、さらにボコボコにされたそうです。そして、ジャロームで『王太子一行が何をしたのか』を目の当たりにした同行者たちから話を聞いて、初めて自分たちが『王太子一行の尻拭いに来た』ことを知ったそうです。
「この馬車で守られているのは、王太子一行に追い回された被害者だ。さらに、殺害された少女が遺棄された場所を知って、ひとりで少女を回収して遺族の元へ還された。・・・本来なら我々がすることだ」
「すまないが我らに時間を下さい。彼らにも人々の、遺族の悲しみを直に知ってもらう必要があります」
エリーさんたちに連れられてジャロームに入った彼らは、心をズタボロにされて戻って来た。彼らの家族や身近な知り合いに、殺された少女やその姉妹と同じ歳の子がいた。彼らの中には「少女と言っても二十歳に満たないだけだろう。幼くても17・18歳だろう」と思っていたらしい。
そして知った。被害者は13歳の少女だったと。姉や妹を庇ったために連れ去られた。そして全員に犯されて殺され、遺体を捨てられた。
「貴方たちに罪はない。しかし私は貴方たちを。王太子たちを。セイマールを許すことは出来ません。憎みます。恨みます。そして・・・謝罪を受け入れることは出来ません。貴方たちだけが反省しても国全体が反省しなければ、同じことが繰り返されて、娘のような被害者がまた現れるだけです」
そう言われて、謝罪は拒否されたそうだ。しかし墓地を参ることは許された。墓地に行ったらすぐに場所が分かった。真新しい墓石に色とりどりの花が供えられていた。少女が沢山の人々に好かれていた証だった。
「・・・傷だらけだったであろう娘の身体を綺麗にして、私たちの元に連れ帰ってくれた女性に感謝します。名も名乗らず礼も受け取らず。さらに心に傷を負った娘たちを励まして下さいました。その方が仰ったのです。「憎んでも悲しんでも。亡くなった人は二度と還らない。だから『今いる家族』を支えて生きてください。娘さんが守りたかった家族を。そして何時か人生を終えて娘さんと再会した時に、娘さんに胸張って『頑張ったぞ』と言えるように」。私たちはその言葉を胸に刻んで、悲しみを乗り越えてみせます」
その言葉は回収隊にとってツラいものだった。
王太子一行が仕出かした行為は、謝罪なんかで赦されることではない。喪われた生命は謝罪して還って来るものではない。
・・・改めて、王太子一行の罪の深さを思い知らされた。
「回収隊の連中は、国に帰ったら事実をありのまま報告するそうよ。王太子もそのまま廃嫡だろうって。・・・エアちゃんはあれ以降会ってないから知らないと思うけど、王太子は退行症状していたわ。それは治療師たちでも回復出来なかった。つまり『神の罰が落ちた』ということよ」
「神の罰が落ちた時点で、セイマールの交渉人一行は罪を重ねていたと判断されたわ。回収隊が一行の罪を認めて謝罪したことで、交渉人一行は罰を受けることになったわ。・・・他の一行も神の罰を受けたから言い逃れは出来ないわね」
・・・どんな罰を受けたのでしょう?
そう聞きましたが、目撃したフィシスさんが口を閉ざしているため詳しくは知らないそうです。
「これからエリーとキッカが城に呼ばれているけど、たぶんセイマールに行って直接交渉するなり交渉決裂させて来いってことよね」
「たぶんね。エアちゃんも一緒に行くことになるわ。問題は、私が同行出来るかどうかってところね。他国との交渉が始まっているし。エアちゃんの希望通りに交渉するから心配しないでね」
「・・・この国でも毛糸は手に入りますか?」
「この国なら北部から仕入れることが出来るけど流通は少ないわ。さっき、食堂を出て行った連中がいたでしょう?たぶん毛糸が手に入らないか冒険者ギルドに依頼しに行ったのよ」
「そんなに編んで欲しいのですか?」
「二人が羨ましいんでしょう」
「エアちゃん。大量の毛糸でいいの?」
「はい。大量の毛糸がいいです」
「あの国は特産品が毛糸や毛皮しかないから、毛糸で交渉出来るなら大喜びね」
私も毛糸で交渉出来るなら大歓迎です。
屋台の広がっている広場に着くと、ソレスさんが私について、オルガさんとボンドさんが仕入れに向かいました。
「ソレスさんはいいのですか?」
「ええ。オルガかボンドが戻ってきたら交代するから大丈夫ですよ。ではエアさんの屋台巡りに向かいましょう」
そう言われて、端の屋台から品揃えを見て回りました。
どの屋台にも白菜が大量にありました。屋台の人に聞いたら「売れ残りだ。白菜は料理に向かないからな」と言われました。
「エアさん?『白菜料理』がありますか?」
「はい。・・・此処で白菜の買い占めしてはダメですよね」
「そうですね。では店主。此処で野菜を売ってる屋台全員に「終わったら『鉄壁の防衛』に野菜をすべて持ってきて欲しい」と伝えてもらえますか?場所は商人ギルドで確認できます」
「ソレスさん、いいのですか?」
「ええ。完全に『売れ残り』ですから。すべて買い占めようと、誰にも文句は言われませんよ」
白菜のクリーム煮もいいですが、鍋物も食べたいですね。白菜と豚肉のミルフィーユもいいですが、寄せ鍋も身体が温まっていいです。
「エアさーん。皆さんが野菜を持って来てくれましたよ」
部屋をノックしてユージンさんが声をかけてくれました。
「ありがとう。ユージンさん。・・・何処に行けばいいですか?」
「鍛錬場に集まって様々な野菜を広げていますよ。初めて見る野菜が多いので心配ですが」
「大丈夫ですよ。アミュレットの鑑定機能が手伝ってくれますから」
「鑑定が?」
「そうですよ。煮物や炒め物に合うって表示してくれます」
「へえ・・・。初めて知りました。鑑定スキルを持ってる連中に見てもらいましょう」
鍛錬場に着くと、すでにオルガさんたちが野菜を選んでいました。白菜。白菜。いっぱいある白菜。その中に、やっと見つけました!探し続けていた大根!
「こんなもんでも買うのか?」
「売ってるのでしょう?」
「そりゃあ売っているが・・・」
「じゃあ売ってください!全部!」
「・・・マジか?」
「売り物でしょう?」
「・・・そりゃあそうだが」
「だから売ってください!」
「どうしたんですか?」
私たちのやりとりに、ボンドさんが心配して寄って来ました。
「大根、売ってくれません」
「いや、売ってもいいんだが・・・。こんな薬味程度にしか使い勝手のないもんを「全部売ってくれ」と言われても・・・」
「エアさん。料理に使うのですか?」
ボンドさんの質問に頷くと、ボンドさんは鍛錬場全体に聞こえるように大きい声で「すみませーん。大根を売ってる屋台はありませんか。あったら売ってくださーい」と言ってくれました。
「此方で売ってるぞ」
「ウチも50本だが売ってるぞ」
「さあ、エアさん。他にも売ってる屋台はありますから見に行きましょう」
「はい!」
ボンドさんに促されて「此方だ」と手招きされた屋台へと行って、大根の買い占めをさせてもらいました。
「あれ?最初に大根を売ってたお店の人がいない」
「ああ。彼処の野菜はオルガが買い占めました。エアさんが料理に使うのですから、私たちも購入しますよ」
「売り切ったため帰ったようですね」
オルガさんが笑いながらそう言っていましたが、売り切っても残っている人たちがいます。皆さんの話し合いで、5日後にまた鍛錬場で『野菜の買い占め』をすることが決まりました。
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