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第一章
8.僕は応接室を後にした
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「どこのものか詳しくは分からないのですが。ギルドの書類と思しき束と、冒険者ギルドの職員カードを手に入れました」
そう言って顔を出したのは、その国の王都にある統括ギルドだった。
「こちらの応接室へどうぞ」
子どもの僕にも丁寧に対応する受付嬢に連れられて、応接室に案内された。
統括ギルドとは冒険者だけでなく商人や職人などに分かれているギルドに関する問題や相談を一括で行ってくれる場所。
その建物の中に、冒険者ギルドをはじめとした各種ギルドと職員が常駐している。
問題を一ヶ所で片付けたい、どこに相談したらいいか分からない。
そんな人のためにこの統括ギルドはある。
「こちらへどうぞ、お掛けになってお待ちください」
応接室に案内されてソファーに腰掛ける。
目の前にはローテーブル。
子どもの僕に配慮してこの部屋を選んだのだろう。
水筒を取り出して喉を潤す。
こういう場所で飲み物を出すのは、相手のほとんどが金づるになる商人ギルドだけだ。
「失礼します」
ドアを3回ノック音がしてノブが回された。
入ってきたのは、事務の監督らしく団子にした髪にキツめの顔立ちの女性と、目の奥に強い光を含んでいる見かけはヨボヨボなおじいさん。
そして探るような目で見てくる筋骨隆々のおじさんと、中肉中背で笑顔なのに目が笑っていないおじさんだった。
「私が統括ギルドのギルド長のボランチ。コイツは冒険者ギルドのルルドで、こっちが『書類関係においては若いものにはまだ負けねえ』とついてきたザイル爺だ」
「フォッフォッフォ」
「こちとら『見かけが強そう』ということでギルド長を押しつけられただけだ」
中肉中背のおじさん、この人がボランチ。
彼の紹介の後、2人の様子から子どもだからと見下すような態度をわざととっていることに気付く。
「…………いい歳こいて、それが初対面に対しての挨拶ー? 部屋に入るのも、ノックをしたけどこちらの返事を聞かずにドアを開いた。それって自分たちの立場が上だと主張したかった?」
僕の言葉にピキンッと乾いた音がして緊張が走った。
ボランチとルルドの表情が青から白へと変色し、額から顔を伝ってズボンの上に滴り落ちるのは脂汗だろう。
「フォッフォッフォッ。申し訳なかったのう」
ザイルが全然申しわけなさそうに見えない表情で謝罪してきたが、大事な話で来たはずの僕にいつまでもそんな見下した態度を取っていても許されると思っているのか。
僕の表情を読んだであろう女性が僕に頭を下げる。
「この者たちが大変失礼いたしました」
「……もういいです」
女性の謝罪に慌てて頭を下げた3人。
僕の言葉に安堵の表情で顔を上げたけど、僕の機嫌は直っていない。
それに困惑しているようだ。
「あなたたちには交渉する気がないと判断しました。ここで交渉するはずだった僕が持つ様々なものは情報公開と共にオークションに出します」
「……そんなことしたらどうなるかわかっているのだね?」
「脅しと判断します。もちろん分かっていますよ。『特別階級を持つ僕だから手に入れることができた統括ギルドの様々な書類と、冒険者ギルド所属で罪人として手配された者たちの職員カード』をオークションにかけます。頑張って競り落としてくださいね」
自分の周りに結界を張った僕に青ざめた4人。
知られているのだ、「統括ギルドが偽造カードを作ったのは子供の結界師だ」ということを。
そして交渉が決裂したけど、僕が持っている物は『ギルド長が持ち去ったという機密書類の一部』だと思い至るのは簡単だ。
失われた書類はひとつのギルドではなく、国に展開している全ギルドの記録だ。
そのような物が非公開とはいえ交渉で取り戻せるはずだったにも関わらず、自分たちの非礼からオークションという不特定多数の人が手にいれることができる形で売りに出されることが決まった。
落札した人がその書類をどう使うかは自由だ。
商人ギルドに関する内容であれば、貴族が脅迫を受ける可能性もある。
「こんな取り引き情報の書類を手に入れた。この契約書をいくらで買ってもらえますか?」
別にそれは犯罪ではない。
もちろん、統括ギルドとの交渉が決裂したばかりの僕が貴族に直接交渉を持ち掛けてもいいだろう。
しかし、その相手のほとんどは魔物の凶禍に巻き込まれた国の貴族。
少なくとも魔物の通り道にあたった貴族は、自領の回復に費やす資金に私財まで投じているだろう。
復興順位は王都が一番で、領地の復興は二の次三の次だ。
先祖伝来の領地を自分の代で途切れさせるわけにはいかない。
そのためには身代が傾こうと私財を投じるほかはない。
そんな貴族を脅しても金が取れるとは思えなかった。
お金がないからと貴族をやめたら、契約書などはただの価値を失った雑がみでしかない。
ただ、そんな紙切れ1枚でも手に入れようとする貴族はいるだろう。
手に入れた契約書を商人ギルドに持っていくことで大金に化けるのだ。
商人ギルドは情報を漏洩させた罪を問われ、貴族は契約書を買い取った代金を慰謝料に上乗せして請求する。
貴族にとって借金してでも買い取ればその倍額が慰謝料として戻ってくるのだ。
どう考えても1人2人では済まない漏洩問題は、各種ギルドだけでなく統括ギルドの今後どころか存在も危ういだろう。
ギルドそのものが失われればどうなるか。
それはギルドができる前、手探りで組織を作り上げた数百年も前の状態に戻るだろう。
……混沌で荒れ果てた、無秩序な時代に。
上に立つ以上、自分たちが何を仕出かしたのか分からない無能ではないだろう。
そして交渉を打ち切るどころか、始まる前に子どもだと見下して交渉のテーブルにつくことすら拒否したのは自分たちの方。
それでも女性は厚顔無恥のようだ。
それとも必死のあまり、周りの表情も置かれた状況も目に入らなかったのか。
「お待ちください。せめて書類の確認だけでも……!」
「必要ないでしょう? だって確認すら拒絶したのはあなたたちじゃないですか。……統括ギルドなのにね。代わりに特別階級相手にルール違反を犯した慰謝料を請求しますよ」
女性の開いた口から声が出ていない。
数回開いたり閉まったりを繰り返したその口は言葉を発することなく閉ざされた。
ほかの3人からも反論する意思がないことを視認して、僕は応接室を後にした。
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