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第八章

第157話

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次は『あの時』だった。
強い魔物が現れるようになり、私はますます戦わなくなり、シーナは私を庇っていつも前に立っていた。
そんなシーナの様子が段々と変わっていった。
魔物の群れではないのに、倒しても倒しても次の魔物がやってきて休むヒマもなかった。
シーナが、だんだん変わっていったのは100体を超えた頃。
そんなシーナの頭を師匠が叩いて気絶させた。

不安になっていると「一気に片付けるぞ!」とご主人さまが前に出てきた。
それだけで私は安心したんだ。

「まずは向かって右のベアだ。
スゥ。後ろに回り込み背にアタックしたらすぐに離れて距離を取れ。
ルーナ。ベアがスゥに意識を向けたら、後ろから足の筋を断て。
スゥ。バランスを崩したら首を切り落とせ。
無理なら両目を潰すだけでいい」

「「はい!」」

ご主人さまが詳しい指示を出して、スゥがベアの背後から切り刻む。
スゥがベアの注意を自分に向けてくれたため、私はベアの左足を力を込めて攻撃した。
足を1本失ったベアの巨体が左側に崩れ、両前足を床について体を支える。
これで、ベアは体を支えるために左前足と右後ろ足が使えなくなった。
スゥがベアの背に飛び乗り、うなじに短剣でとどめを刺した。

この時の嬉しかった感情は残っている。
傷をつけるしか出来ないと思っていた。
それがベアの足を一撃で切断出来たのだ。

「ルーナ。スゥ。今度は役割交代!」

「「はい!」」

今度は私が『おとり役』だった。
しかし、仲間を倒されたベアは威嚇してきた。
それで私は足がすくんで動けなくなってしまった。

「ルーナ。怖いならスゥに代わってもらうか?」

『ルーナは役に立たない。役に立つスゥに任せるか』と言われた気がした。
ご主人さまが任せてくれた。
だから『やり遂げなくてはならない』。
本気でそう思った。
だから言ったんだ。
「大丈夫です。行きます」と。
でもご主人さまは違った。

「スゥ。ルーナのフォローを」

「自分で出来ます!」

ご主人さまの言葉を止めるように言った。
そんな私に、ご主人さまは冷たい視線を送ってきた。

「・・・ハンドくん。ルーナを。
スゥ。変更だ。『ひとりで』倒してみろ」

「はい!」

スゥはご主人さまの期待通りにベアを倒した。
さっきご主人さまが指示した流れで。


あのあとは覚えていなかった。
気付いたら、私たちは大きな広場に張った結界の中で師匠に叱られていた。

あの大量の魔物たちは、師匠たちが手分けして解体してくれていた。
1体に10人の師匠たちが『人海戦術』で片付けていた。
その間5分も掛かっていない。
いつまでも時間を掛けていれば、戦闘の邪魔になるからだ。


「スゥ。彼女たちがなぜ叱られているのか分かるか?」

叱られている結界の外でご主人さまの声がした。
そちらに目を向けると、ご主人さまとスゥが魔導キッチンの前にいた。

「ルーナはベアと戦えなかったから?」

スゥの言葉にご主人さまは首を左右に振る。

「シーナは戦うこと、相手を倒すことに意識を向けすぎた」

ご主人さまのいう通りだ。
シーナが『おかしくなった』のは、休みなく敵が現れたためだ。
そのことも、ご主人さまはちゃんと知っていた。

「シーナは『興奮状態』が続いて自我を失いかけた。
もちろんそれは『獣人の特性』だと分かっている。
それが、獣人が忌避・・・人々に受け入れてもらえない最大の理由だ。
いつ逆上して自我を抑えられなくなり、周りに危害を加えるか分からないからな。
人と獣人ではチカラが違いすぎる。
暴走した獣人を止めるには『殺す』しかない。
殺さなければ、逆に自分や仲間たちが殺されるからな。
それが冒険者の場合、パーティの全滅を意味する。
町や村なら、上手く逃げ出して生命が助かったとしても滅びるだろう。
それを回避するには、運が良ければ気絶させるか、最悪、殺すしか手立てはない」

・・・その話は聞いたことがある。
でも、『そんな状態の人』は初めて見た。
もし、ご主人さまと師匠がいなければ、シーナは・・・ううん。きっと弱い私が『殺されていた』。
私を殺してシーナはどうしただろう。
スゥに手を出すのかな?
でも、スゥはご主人さまの話を聞いて、何かを決意したみたいだ。
・・・シーナを、そんな状態になった獣人を『殺してでも止める』決意と覚悟だろう。


「そしてルーナの方だが・・・
ベアが威嚇した。
それに怯えるのは『経験不足』で仕方がない。
そのうち慣れるだろう。
だが、『自分の出来る範囲』を見誤って、スゥにフォローを指示したオレの言葉を拒否して『自分で出来る』と言った。
今はベア相手だったからまだいい。
しかし、これがギルトの『緊急クエスト』に参加していたり、今ならラスボス戦かな?
指示を聞かずに独断で動けば、パーティの全滅。
下手すれば、他の人たちまで巻き込んで、多大な被害・・・惨劇が起きている。
・・・そんな『危険分子』はいらない」

私はただ『覚悟を決めた』だけだった。
でも、『ご主人さまの指示を拒否』したのも確かだ。
それに、スゥに対して『嫉妬してムキになった』のも事実だ。
ご主人さまは、直前まで怯えていた私を、シーナの代わりにフォローするよう、スゥに指示していただけだ。
『スゥと代われ』と言われたわけではなかったのに。
・・・冷静になれば分かることだったのに。
きっと私も、シーナと同じで『おかしくなり始めていた』のだろう。


「スゥも本当は気付いているんじゃないか?
彼女たちと大きくレベルが離れた理由を」

こんな話、覚えていない。
ちがう。あの時はもう疲れていたのと、ベア戦でご主人さまに『いらない』と言われてショックだったから、『何を言っているのか理解出来なかった』んだ。

「探検を始めた時にハンドくんに叱られたよね?
『なぜ気配察知と危険察知を怠ったのか』って。
あの後、スゥはちゃんと使っている。
移動中はもちろん。戦闘中も・・・寝る時も」

・・・スゥがそんな事をしてたなんて知らなかった。
でも、それの何が『大きくレベルが離れた理由』になるのだろう?



「あれ?ハンドくん。お帰り~。
シーナとルーナはどうした?」

〖 ダンジョンの外に捨ててきました 〗

「2人の『今の様子』は?」

〖 ダンジョン入り口から動いていません。
シーナは青褪めてへたり込んでいますし、ルーナは泣きじゃくっています 〗

「動く気はなさそう?」

〖 ありませんね。
何のために『ふりだし』に戻したのか分かっていません。
スゥに『説教の理由』を説明していたのを、2人にもリアルタイムで聞かせたというのに 〗

「スゥ。2人が何故『ダンジョンの入り口』に放り出されたか分かるか?」

「さっきの『ご主人の言葉』を聞いていたなら、『気配察知』と『危険察知』の練習のため。
此処まで魔獣を倒して来たから、今なら魔獣もほとんどいなくて、明日の朝までには着く。
・・・と思います」

「正解だ」

あの時、私たちが 『ダンジョンの入り口』に戻された理由がやっと分かった。
『『気配察知』と『危険察知』を使って、ここまで戻ってこい』ということだったんだ。
魔物は倒したけど、新たに生まれた魔物がいるかも知れない。
だから、結界を張ってくれていたのに。
それなのに私たちは泣いて動かなかった。
迎えに来てもらえるのを待っていた。
・・・来るはずがない。
だって、『待っている』のはご主人さまたちの方だったのだから。


目を覚ましたら、シーナに今までのことを謝ろう。
そして、いちから『戦い方』を教えてもらおう。
今度こそ、シーナに庇われるのを『当たり前』と思わず、傷付くのも恐れずに前に出よう。
スゥには追いつけない。
だったら私は、『足手まとい』にならないように戦えるまで強くなろう。
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