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第四章

第38話

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ヒナリはさくらが少しでも食べ物を口にしたことにずっと興奮状態だ。
仕方がないだろう。
さくらは帰ってきてから『何も食べていない』のだ。、
今まで何度か『リンク』はあったが、その時もひと口も食べさせることが出来なかった。
それが、アイスを『ひと皿』食べたのだ。


「ヒナリ。少しは落ち着け」

「だって・・・」

「さくらが寝てるだろ」

ヨルクに苦笑しながら言われたヒナリは、慌てて口を押さえてさくらを見る。
さくらはセルヴァンの腕の中で変わらず寝息をたてている。
そして、珍しくハンドくんが興奮するヒナリの口を塞ぎに来なかった。
ヒナリの『喜び』を止める気はないようだ。


「ヒナリ。気持ちは分かるが少し静かにな」

「・・・はい」


みんなも笑顔になっている。
そうだよね。
口には出さないけど、みんなだって嬉しかったんだよね。

「ねぇ、ハンドくん。このまま『リンク』が続いたら、さくらの『意識』は戻って来るの?」

可能性かのうせいはある』
もどっても『ている時間じかん』のほうながいだろう』
かみ説明せつめいされたとおり、自分じぶんではなに出来できない』

「それでもいいのよ。だって『さくらがいる』だけで私はシアワセなの」


ヒナリは眠るさくらを見て微笑む。
さくらが『帰ってきて』からずっと考えていることがある。
キッカケはずっと前。
でも『決断する勇気』まではなかった。
その勇気が帰ってきたさくらを見ててついた。


「私ね。やっと『分かった』の。今まではヨルクにただ『守られていた』だけだって。自分で何でも『判断したつもり』になってたの。でもね。さくらに出会って『自分で初めて判断している』って実感出来たの。・・・そして、それには『責任』も付いてくるんだって初めて知った」

その上で・・・選んだ『道』がある。

私が『一番したいこと』。
『本当に大切にしたいこと』が見つかった。

それは『族長を継ぐこと』よりももっと『大事なこと』。


「私。『族長』を継がない。弟に譲るわ」


ヒナリの『宣言』に誰も反対をしなかった。
ヨルクなんて笑顔を浮かべている。

「ヨルク・・・反対しないの?」

「なんで?」

「『なんで』って・・・」

「いいんじゃないか?」

「・・・本当にいいの?」



セルヴァンやドリトスは『他種族』のため『族長継承』には口を出さない。
しかしヨルクは『同族』で『比翼』である以上、ヒナリとは『一蓮托生』なのだ。
そのため何か言ってくると思っていただけに、ヒナリは驚きを隠せない。

ヨルクにしてみれば『比翼』という『運命共同体』だからといって、『ヒナリが自分で決めたこと』に口を出す気は毛頭ない。
大体、ヨルクと『思いは同じ』だろう。

「・・・ヒナリは『族長を継ぐ』より『さくらを守りたい』んだろ?」

ヨルクの言葉に目を丸くするヒナリ。
気付いていないと思っていたのだろうか。
『比翼』である前にオレたちは『さくらの親』だ。
さくらを『雛』に選んだ以上、途中で投げ出すような無責任なことはしない。

「さくらはオレたちが見つけた『雛』だからな。『最期』までオレたちで守るんだろ?」

ヨルクの言葉にヒナリは頷く。
ヒナリの親で族長のエレアルには、『翼族の羽衣』を取りに帰った時にオレたちが『雛』を見つけた事は話してある。
相手さくらは『人族ひとぞく』と同じだ。
他種族よりはるかに寿命が短い。
だからこそ『最期』まで守るつもりだ。

・・・たぶんエレアルは『ヒナリの選択』を嬉しさ半分、寂しさ半分で認めてくれるだろう。

「直接、エレアルに言いに行かないとな」

オレたちなら上層の強い風に乗って4時間も掛からずに往復出来るだろう。
ヒナリはさくらを見つめていたが「セルヴァン様、ドリトス様。さくらの事をお願いしても宜しいでしょうか」と言い出した。
確かに『今から』なら昼過ぎ、遅くても夕方には戻って来れる。

「構わぬよ」

「さくらが待っているからと言って慌てるなよ。・・・さくらを悲しませるだけだ」

「はい。分かりました」

セルヴァンに釘を刺されて神妙な表情を見せるヒナリ。

「そうと決まればすぐに行くぞ」

「ヨルク?」

ヨルクは立ち上がって『伸び』をして身体をほぐす。
「サッサと『答え』を突きつけて来ようぜ。そして一秒でも早くさくらのもとへ帰って来るんだろ」とヨルクに言われてヒナリは嬉しそうに頷いた。

本当は自分一人だけ行くつもりだったから。
やっぱり私は『ヨルクに守られている』んだって深く感じ、これからは自分もみんなと一緒に『さくらを守るんだ』と強く思った。

2人はさくらの頭を撫でたり頬にキスをして、テラスから飛び出して行った。



「ヒナリも『覚悟を決めた』ようじゃな」

「ええ」

ドリトスやセルヴァンはともかく、ヨルクも『覚悟』は既に決まっている。
ドリトスは『部族長』を。
セルヴァンは『族長』を。

あの日・・・
さくらの『意識』が自分たちを泣きながら探し回ったあの日 あの時 あの瞬間に退しりぞく意思を固めた。
2人は『さくらのためだけに生きる』ことを選んだのだ。
それには、今までの肩書きを背負っていては行動が制限される。
2人にとって、さくらより大切なものは何もなかった。


乙女たちが客間へ案内されるために応接室を退室してすぐ、ジタンに退任と滞在の許可を申し出た。
ジタンも乙女たちがさくらに執着していたのを『問題視』していた。
そのため「お二人がさくら様についていて頂けるなら安心できます」と快く了承してくれた。
まさか1時間もしないでジタンの嫌な予感通り『さくらの部屋』へ突撃するとは、その時の3人は思いもしなかったが。


すぐに自国へ退任を申し出ると、あっさり許可が下りた。
両国からは「我らが『愛し子』を宜しく頼む」とまで言われた。

セルヴァンの方は『族長』を長男シルバラートが、長男が担っていた『副族長』を次男ソルビトールが継いだ。
ドリトスの方は『各部族の長』たちの話し合いで『部族長』が決められる事になった。



そして今朝早く、『族長』『部族長』が到着して『引き継ぎ』も済ませて正式に退しりぞいた。
セルヴァンは『新族長』となった長男から「父にも『じょう』があったのですね」と笑われてゲンコツを落とした。
『補佐』としてついてきた次女と三女は変わらない2人のやり取りに顔を見合わせて溜め息をいた。

ドリトスの方は『新部族長』に息子が、『補佐』に孫娘がいたことに驚いた。
「お主ら・・・『チカラずく』で奪ったんじゃないだろうな」と呆れた声を出すと、意味ありげに笑われた。


2人の今の肩書きは『さくらの護衛』か『さくらの守護者』もしくは『さくらの世話役』だ。
ヨルクとヒナリは、さながら『さくらの親(鳥)』かセルヴァンたちと同様『さくらの世話役』だろうか。


2人はこの『貴賓室さくらの部屋』と同じ最上階にある、寝室とリビング付きの部屋を各々おのおの与えられた。
それまで使っていた室内に置いていた私物などは、ハンドくんたちが新しい部屋へ移動させてくれた。
実はヒナリとヨルクにも、同じ階の部屋が別々に与えられている。

・・・これで最上階には『空いている部屋』がなくなった。

ハンドくんたちが部屋や廊下の掃除などを一手に引き受けると申し出てくれたため、好意を受けることにしてある。
これがハンドくんたちの『経験値』になるため、任せることにしたのだ。
更に『屋上庭園』の世話はハンドくんたちがするが、ヒナリやヨルクも手伝うらしい。
「さくらの『好きな場所』を守るため」らしいが、翼族は基本的に自然が好きだ。
この屋上庭園を2人も気に入っているのだろう。

それによって、王城に務める者たちが上がる必要がほとんどなくなった。
ハンドくんたちは最上階全体に結界を張れることになった。
そうすれば、今朝は未遂で済んだが『聖なる乙女たち』によるさくらへの『襲撃ニアミス』は避けられるだろう。
侵入者からもさくらを守ることが出来る。
ジタンを招く以外は結界を張りっぱなしに出来るのだ。

・・・ジタンの来訪をよく思っていないハンドくんたちが、ジタンの来訪をスルーする可能性もあるが。


そして2人は知るよしもなかったが・・・
神々が4人に存在を隠す必要がなくなったため、以前同様リビングに居座るようになるのだった。
ただしジタンの前では今まで通り姿を見せないが。

逆にさくらが1階の温室へ行く時は、ハンドくんたちが廊下に『人払い』の魔法を使い、温室自体には結界と『覗き防止』の魔法が張られることになった。


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