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第六章

第84話

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パタパタ~と人々の間を縫うように『人族の少年』が足早に歩く。
ここは『エルハイゼン国の王城』だ。
今日は『戴冠式』が行われ、少年が今いるのはその後に開かれているパーティー会場だった。
周囲の大人たちの胸ほどの高さしかない、緑色の髪を『襟足の長いショートカット』にした少年を気にするものは誰もいなかった。
少年は料理の乗ったテーブルに気付いて近付くと、ひと口サイズのサンドウィッチに手を伸ばした。
しかし、その手はサンドウィッチに届く前に1人の女性に掴まれてしまった。


「何をしているのです。此処は貴方みたいな子供が来ていい場所ではないのよ。ったく。兵士は警備に手を抜いてるの?これだから『人族』は。ほら来なさい。兵士に突き出してやるわ」

「やっ!離して!」

女性は手から離れようと暴れる少年を引きずって連れ出そうとする。
その小さな攻防戦に周りも気付き始めた。
その中から近付く声があった。

「すまんの。その子はワシの連れじゃよ」

人々の間から現れたのはドリトスだった。

「ああ。ドリトス様。お久しぶりですね」

「リンカスタ。挨拶は要らぬ。すまぬが、今すぐその手を離してもらえるかね?」

それともこの子が何かしたのかね?
ドリトスの言葉にリンカスタは左右に首を振る。
セルヴァンだけでなく、長い時間をかけて自分に懐かせたはずのアムネリアからも『他人行儀』な挨拶をされて『計画が頓挫した』ことに気付いて不機嫌になっていたのだ。
そんな彼女は、ちょうど目についた少年を『八つ当たり』の材料にしようとして捕まえただけだ。


リンカスタは『ドリトスの怖さ』を知っている。
そのため仕方なく少年を掴んでいた手を離した。
その途端に少年はドリトスに駆けて行き、首に抱きついた。
ドリトスは抱きしめて少年を落ち着かせるように背を撫でる。

「よしよし。怖い思いをしたのう。大丈夫かね?」

ドリトスの言葉に涙を浮かべた少年は、ドリトスの首に腕を回したままコクンと頷く。
その言葉にリンカスタは青褪めた。


ドワーフ族は『同族同士』の繋がりが強い。
さらに他族でも誰かが『庇護』を決めた相手は『ドワーフ族全体』が全力で庇護をする。
この『少年』をドリトスは『連れ』と言った。
そのことを『証明』するように、この少年はドリトスを怖がることも無く、逆に甘えるように抱きついている。
それをドリトスは『当たり前』のように許しているのだ。


ドリトスは『いかりの沸点は高い』が、逆に『おこらせたら最後』と言われている。
だからこそ、各地に点在する『ドワーフ族』の族長を束ねる『部族長』として選ばれた。
ドリトスは、それまで部族同士で張り合っていたドワーフ族をひとつに纏めあげ、国内外を繋ぐ『ドワーフ族専用ネットワーク』を確立させた。
そして、それまでいがみ合ってバラバラだった『同族の絆』を、現在のように強固なものとした。


そんなドリトスの『連れ』に手を出して泣かせたのだ。
それは『ドワーフ族全体を敵に回した』ともいえる。
リンカスタは『鱗族の代表』なのだ。
鱗族は、自身から抜け落ちた『鱗』をアクセサリーの材料として売ったお金で、他族と『交流』をしている。
その鱗を良い値段で買い取ってくれるのが『ドワーフ族』だ。
別の言い方をすると『アクセサリー加工の得意なドワーフ族以外に鱗を買い取ってもらえない』。
そんなドワーフ族との関係を、『鱗族の代表』であるリンカスタが自らの手でぶち壊そうとしたのだ。
・・・青褪めるのも無理はなかった。
何とかして『ドリトスに取り入ろう』と頭を巡らせていたリンカスタだったが、そうは問屋が卸さなかった。


ドリトスはリンカスタがまだ自分たちを見ているのに気付き、「早くそこを退いてもらえるかね?」と『少年相手』とは違う冷気を帯びた声音で声をかける。
その目はやはり少年へ向ける慈しみとは違って、鋭く冷たい。

「・・・・・・・・・」

リンカスタは何も言えず、その場から黙って離れるしかなかった。



時々立ち止まってはキョロキョロと周囲を見回し、また足早で歩き出す緑色の髪をした『人族』の少年。
身なりから『貴族の少年』と思われる。
貴族の父親にでもついて来てはぐれたのだろうか。
その様子を見ていた警備の兵士に気付いた少年が驚いて、また足早で逃げるように離れていく。

見つけた以上、放っておく訳にはいかない。

兵士は周りに気取けどられないよう注意しながら後をついて行く。
少年は『誰か』を見つけたのか駆け寄り抱きつく。
背後から抱きつかれた相手より、その周りが驚きの表情を見せるが、声は押し殺すことに成功した。
腰にしがみつかれたセルヴァンは一瞬驚いた表情をしたものの、震える手に気付いて少年の頭を撫でる。
そして近くに立っている兵士に気付いて目を向ける。

「失礼しました。何方どなたかを探されていた様子でしたので、声をお掛けしようとしたのですが。逆に怖がらせてしまいました」

申し訳ございません。と頭を下げる兵士に「この子は『ドリトスの連れ』だ。何かあればドリトスに声をかけるように」と伝えると「ハッ。それでは失礼します」と兵士は敬礼し下がって行った。
アムネリアが「父上に無遠慮に触れるなんて!なんて失礼な!」と言いながら少年の腕を掴もうとしたが、セルヴァンに睨まれてベロニアに手首を掴まれて手を引っ込める。

「父上。そちらの『人族の少年』は・・・」

ソルビトールの言葉を塞ぐようにセルヴァンは手を上げる。
セルヴァンの腰にはまだ怯えている少年がしがみついているのだ。

「父上。私たちは少し離れます。宜しいでしょうか?」

カトレイアの言葉にセルヴァンは黙って頷く。
カトレイアは少年に「御騒がせしました。御前ごぜんより失礼させて頂きます」と挨拶をして、まだ渋るアムネリアを連れてセルヴァンたちから離れる。
他の弟妹たちはカトレイアにならい、頭を下げて姉について行く。
その様子を涙目で見ていた少年は「迷惑かけてごめんなさい」と謝る。

「迷惑ではない。大丈夫だ」

セルヴァンは少年の頭を撫で続けていた。



「姉様。他のみんなも。何故あんな『人族の子なんか』に頭を下げたのです」

その『理由』にアムネリアだけ気付いていなかったようだ。

「アムネリア。貴女は何時いつになったら、『自分ひとりで物事を考えられる』ようになるの・・・?」

呆れたようにベロニアに言われて、顔を真っ赤にして反論しようとするが「此処で父上に恥をかかせるな」とシルバラートに言われると口をつぐむ。
そんな末妹を無視して離れた父を見る。
今もまだ抱きついている少年の頭を撫でながら何か話している。
その姿は決して自分たちに向けられることはない『穏やかな』ものだった。

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