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第六章
第68話
しおりを挟む「ちょっと待てよ」
ヨルクの言葉にさくらが小首を傾げる。
さくらの手がサンドウィッチに手を伸ばした状態で止まっているのにドリトスが気付き「食べていいんじゃよ」と言うとヨルクも気付いたのか「ああ。ゴメン。食べてていい」と言い出す。
笑顔で食べ出したさくらに目を細めてから、ヨルクは「もしかしてだけどさ」と前置きをする。
「『乙女たちも瘴気にあてられていた』可能性はないのか?」
あれほどさくらに執着していた姿は『瘴気で理性を無くして欲望をさらけ出し、正常な判断が出来なかった』ジタンの父親やこの国の宰相、エルフ族の連中と同じではないか?
「確かに。『瘴気にあてられていた』と言われると納得できるな」
「でも『乙女たち』はその瘴気を浄化するために来たのでしょ?」
「じゃが、『瘴気の影響』を考慮すれば・・・」
「ええ。『乙女たちの言動』は・・・」
ヨルクの発言から始まった議論は堂々巡りだ。
そんなヨルクたちにレタストマトサンドを両手で挟みながら「気付いてなかったの?」とキョトンとしているさくら。
さくらの言葉に4人は驚きで目を丸くして彼女を見る。
そりゃあそうだろう。
『聖なる乙女』はこの世界の瘴気を浄化するために喚ばれているのだ。
そんな乙女が『瘴気にあてられる』などという考えが今まで出来なかったようだ。
「さくら。『そのこと』に気付いていたのか?」
セルヴァンの言葉に不思議そうな表情でコクンと頷く。
さくらも乙女たちも元の世界ではただの『一般人』だ。
この世界にやってきて『瘴気の浄化』が出来ても『瘴気に強い』とは限らない。
実際にさくらは『何もしていない素の状態』や『清浄化がされていない場所』だと体調を崩しやすく寝込んでしまう。
身体の周りに張ってある『バリア』は瘴気を遮断するが、濃い瘴気の中では長時間はもたない。
『セリスロウ国』から贈られた『セイジュのブレスレット』がもつ『浄化作用』と『癒し』の効果がバリアの中で起動しているため、さくらは濃い瘴気の中でも外へ出られるのだ。
最近になって乙女たちのおかげでエルハイゼン国内の瘴気が薄まったため、さくらは何時間でも町へ行くことが出来るようになったのだ。
逆に乙女たちにはそんな『補助』は何一つない。
瘴気を遮断したり軽減する術が一切ないのだ。
今の乙女たちが『正常』なのは、乙女たちの浄化が少しずつ広がって瘴気が薄まった結果だ。
『聖なる乙女』として選ばれるのは『この世界』の環境でも生活出来る身体を持っている』ことが前提だと初日に聞いていた。
『瘴気を含んだ空気に身体が耐えられるかどうか』であって『瘴気に強い』ではないのだ。
さくらの言葉に4人は『さくらの部屋』を思い出した。
さくらの世界の空気と繋がっている『さくらの部屋』は浄化されているとはいえ瘴気は一切ない。
そんな世界から来たさくらや乙女たちの身体が、瘴気の混じった空気で悪影響が出ないはずがない。
それにさくらは『瘴気を含んだ空気』のこの世界で生きていくために『細胞を適応化』させたと創造神は言っていた。
それでもさくらは外に出るときは『範囲浄化』魔法で自分の周りだけを浄化させている。
そして普段は神々が浄化させた空間に守られているため、『瘴気の影響』を受けずにいられたのだろう。
「私がね。『浄化』すればいいんだと思う。・・・けど・・・」
乙女より『強いチカラ』を持っているのは分かっている。
けど、呼吸で浄化をする通常の方法でも澱が一気に溜まり寝込むのだ。
それは『瘴気の薄い無人島』に行って分かった。
短時間いただけで具合が悪くなったのだ。
そして澱の浄化方法を教えてもらった。
・・・『魔石の精製』で出来た魔石の数は尋常ではなかった。
色々と魔法を試して楽しんだ後は、作った別荘の中で疲れて寝ていたさくらだったが、疲れたのは『澱が溜まったから』だ。
当時はまだ姿を隠していた創造神が体内に溜まった澱を完全に消して助けてくれたのだ。
さくらは最初『木の香りでリフレッシュした』と思ったが、創造神と直接会った時に『助けてもらった』のだと理解した。
だから『浄化範囲を1センチ以内に制限する』方法を教えられた。
・・・それでも澱は確実に溜まっている。
アイテムボックスにある魔石の数は10万を超えているのだ。
「さくらが無理する必要はない」
セルヴァンに頭を撫でられる。
「今もまだ『本調子』ではないじゃろう?」
・・・ドリトスにはバレているんだ。
「無理するなら寝室に閉じ込めるからね!」
・・・どうやってヒナリから逃げようかな。
「さくらは神たちに『この世界を浄化しろ』と言われたか?」
ヨルクの言葉に首を左右に振る。
「だったら『やらなくていい』」
「・・・でも・・・みんな『困ってる』よね?」
「だからと言ってさくら1人が負う必要はない!」
ヨルクに強く断言されてさくらは俯く。
いつも優しいヨルクに叱られたと思ったさくらは涙を浮かべている。
そんなさくらの頭を撫でながらドリトスが笑う。
「ホレ。みんなはさくらが心配なんじゃよ」
さくらが心配だ。
しかしさくら自身は自分を顧みず『みんなのため』に無茶をしようとする。
「さくら。明後日にでもジタンに『相談』してみるかね?」
ジタンは明日以降もまだ賓客の相手で忙しい。
それでも『さくらのため』なら時間を作るだろう。
それにジタンはさくらに浄化を絶対させない。
そう断言出来るほどジタンはさくらを大切に思っている。
それが分かっていてもジタンから直接断られたら、さくらも納得するだろう。
ドリトスの提案にさくらは頷いたのだった。
「さくら様。有り難いお申し出でございますが・・・」
パーティーが開かれてから2日後。
さくらが「私も『瘴気の浄化』をした方がいい?」とジタンに聞いたのだ。
ハッキリと断られたさくらが「なんでー?」と尋ねると「さくら様の御身に負担が掛かり過ぎます」と言われた。
さくらはパーティーの翌朝から熱を出していた。
ジタンは翌朝にヨルクから、さくらが熱を出して臥せっていることを聞かされたのだ。
そしてさくらが『瘴気の浄化』のことで悩んでいることを知った。
それが熱を出す原因になったことも。
ジタンは床に片膝をついて、ベッドに上半身を起こしているさくらの左手を恭しく取る。
「さくら様。さくら様は『今のまま』で良いのです」
「今のまま?」
「はい。さくら様は『瘴気の浄化』以外のこと・・・市井のことを見て頂きたいのです」
ジタンはまもなく譲位を受けて『国王』となる。
皇太子時代のように『目の届く範囲』だけを見ていることは出来ない。
「ですから、さくら様には『私に届かない民の声』を聞いて頂きたいのです」
「『瘴気の浄化』は?」
「そちらは『聖なる乙女』がおられます。ですが『魔物が助けを求めてきた』時はさくら様にお願いする事もあるでしょう」
その時に今みたいに寝込んでいたら魔物たちを助けられませんよ。
ジタンの言葉にコクンと頷くさくら。
『そろそろ横になって下さい。熱が上がりますよ』
ハンドくんに止められて、さくらは身体を倒す。
「ねえ。ジタン」
「はい。何でしょう?」
「・・・また『おこづかい』くれる?」
さくらの言葉にジタンは笑顔で「もちろんですよ」と頷く。
ジタンの言葉に微笑んださくらが目を閉じる。
安心したのだろう。
すぐに寝息が聞こえてきた。
そんなさくらを見てジタンは真面目な表情になる。
この寝顔を守りたいと。
そして『泣き顔』ではなく『笑顔』で過ごしてほしいと。
そのために以前から立ててきた計画を実行に移す準備を始めた。
それは2日もあれば終わるだろう。
「さくら様。さくら様が今まで通り『さくら様らしく』過ごして頂けるよう尽力致します」
ジタンはさくらにそう誓い、拳を握った右手を胸にあてて腰を折った。
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