上 下
68 / 249
第六章

第68話

しおりを挟む


「ちょっと待てよ」

ヨルクの言葉にさくらが小首を傾げる。
さくらの手がサンドウィッチに手を伸ばした状態で止まっているのにドリトスが気付き「食べていいんじゃよ」と言うとヨルクも気付いたのか「ああ。ゴメン。食べてていい」と言い出す。
笑顔で食べ出したさくらに目を細めてから、ヨルクは「もしかしてだけどさ」と前置きをする。

「『乙女たちも瘴気にあてられていた』可能性はないのか?」

あれほどさくらに執着していた姿は『瘴気で理性を無くして欲望をさらけ出し、正常な判断が出来なかった』ジタンの父親やこの国の宰相、エルフ族の連中と同じではないか?

「確かに。『瘴気にあてられていた』と言われると納得できるな」

「でも『乙女たち』はその瘴気を浄化するために来たのでしょ?」

「じゃが、『瘴気の影響』を考慮すれば・・・」

「ええ。『乙女たちの言動』は・・・」


ヨルクの発言から始まった議論は堂々巡りだ。
そんなヨルクたちにレタストマトサンドを両手で挟みながら「気付いてなかったの?」とキョトンとしているさくら。
さくらの言葉に4人は驚きで目を丸くして彼女を見る。


そりゃあそうだろう。
『聖なる乙女』はこの世界の瘴気を浄化するためにばれているのだ。
そんな乙女が『瘴気にあてられる』などという考えが今まで出来なかったようだ。


「さくら。『そのこと』に気付いていたのか?」

セルヴァンの言葉に不思議そうな表情でコクンと頷く。
さくらも乙女たちも元の世界ではただの『一般人』だ。
この世界にやってきて『瘴気の浄化』が出来ても『瘴気に強い』とは限らない。
実際にさくらは『何もしていないの状態』や『清浄化がされていない場所』だと体調を崩しやすく寝込んでしまう。
身体の周りに張ってある『バリア』は瘴気を遮断するが、濃い瘴気の中では長時間はもたない。
『セリスロウ国』から贈られた『セイジュのブレスレット』がもつ『浄化作用』と『癒しヒーリング』の効果がバリアの中で起動しているため、さくらは濃い瘴気の中でも外へ出られるのだ。
最近になって乙女たちのおかげでエルハイゼン国内の瘴気が薄まったため、さくらは何時間でも町へ行くことが出来るようになったのだ。


逆に乙女たちにはそんな『補助』は何一つない。
瘴気を遮断したり軽減するすべが一切ないのだ。
今の乙女たちが『正常』なのは、乙女たちの浄化が少しずつ広がって瘴気が薄まった結果だ。

『聖なる乙女』として選ばれるのは『この世界アリステイド』の環境でも生活出来る身体を持っている』ことが前提だと初日に聞いていた。
『瘴気を含んだ空気に身体が耐えられるかどうか』であって『瘴気に強い』ではないのだ。



さくらの言葉に4人は『さくらの部屋マンション』を思い出した。
さくらの世界の空気と繋がっている『さくらの部屋』は浄化されているとはいえ瘴気は一切ない。
そんな世界から来たさくらや乙女たちの身体が、瘴気の混じった空気で悪影響が出ないはずがない。

それにさくらは『瘴気を含んだ空気』のこの世界で生きていくために『細胞を適応化』させたと創造神は言っていた。
それでもさくらは外に出るときは『範囲浄化』魔法で自分の周りだけを浄化させている。
そして普段は神々が浄化させた空間部屋に守られているため、『瘴気の影響』を受けずにいられたのだろう。



「私がね。『浄化』すればいいんだと思う。・・・けど・・・」


乙女より『強いチカラ』を持っているのは分かっている。
けど、呼吸で浄化をする通常の方法でもおりが一気に溜まり寝込むのだ。
それは『瘴気の薄い無人島』に行って分かった。
短時間いただけで具合が悪くなったのだ。
そして澱の浄化方法を教えてもらった。

・・・『魔石の精製』で出来た魔石の数は尋常ではなかった。


色々と魔法を試して楽しんだ後は、作った別荘の中で疲れて寝ていたさくらだったが、疲れたのは『澱が溜まったから』だ。
当時はまだ姿を隠していた創造神が体内に溜まった澱を完全に消して助けてくれたのだ。
さくらは最初『木の香りでリフレッシュした』と思ったが、創造神と直接会った時に『助けてもらった』のだと理解した。
だから『浄化範囲を1センチ以内に制限する』方法を教えられた。

・・・それでも澱は確実に溜まっている。

アイテムボックスにある魔石の数は10万を超えているのだ。



「さくらが無理する必要はない」

セルヴァンに頭を撫でられる。

「今もまだ『本調子』ではないじゃろう?」

・・・ドリトスにはバレているんだ。

「無理するなら寝室に閉じ込めるからね!」

・・・どうやってヒナリから逃げようかな。


「さくらは神たちに『この世界を浄化しろ』と言われたか?」

ヨルクの言葉に首を左右に振る。

「だったら『やらなくていい』」

「・・・でも・・・みんな『困ってる』よね?」

「だからと言ってさくら1人が負う必要はない!」


ヨルクに強く断言されてさくらは俯く。
いつも優しいヨルクに叱られたと思ったさくらは涙を浮かべている。
そんなさくらの頭を撫でながらドリトスが笑う。

「ホレ。みんなはさくらが心配なんじゃよ」

さくらが心配だ。
しかしさくら自身は自分をかえりみず『みんなのため』に無茶をしようとする。


「さくら。明後日にでもジタンに『相談』してみるかね?」

ジタンは明日以降もまだ賓客の相手で忙しい。
それでも『さくらのため』なら時間を作るだろう。

それにジタンはさくらに浄化を絶対させない。
そう断言出来るほどジタンはさくらを大切に思っている。

それが分かっていてもジタンから直接断られたら、さくらも納得するだろう。


ドリトスの提案にさくらは頷いたのだった。



「さくら様。有り難いお申し出でございますが・・・」

パーティーが開かれてから2日後。

さくらが「私も『瘴気の浄化』をした方がいい?」とジタンに聞いたのだ。
ハッキリと断られたさくらが「なんでー?」と尋ねると「さくら様の御身おんみに負担が掛かり過ぎます」と言われた。

さくらはパーティーの翌朝から熱を出していた。
ジタンは翌朝にヨルクから、さくらが熱を出してせっていることを聞かされたのだ。
そしてさくらが『瘴気の浄化』のことで悩んでいることを知った。
それが熱を出す原因になったことも。


ジタンは床に片膝をついて、ベッドに上半身を起こしているさくらの左手をうやうやしく取る。

「さくら様。さくら様は『今のまま』で良いのです」

「今のまま?」

「はい。さくら様は『瘴気の浄化』以外のこと・・・市井のことを見て頂きたいのです」

ジタンはまもなく譲位を受けて『国王』となる。
皇太子時代のように『目の届く範囲』だけを見ていることは出来ない。

「ですから、さくら様には『私に届かない民の声』を聞いて頂きたいのです」

「『瘴気の浄化』は?」

「そちらは『聖なる乙女』がおられます。ですが『魔物が助けを求めてきた』時はさくら様にお願いする事もあるでしょう」

その時に今みたいに寝込んでいたら魔物たちを助けられませんよ。
ジタンの言葉にコクンと頷くさくら。

『そろそろ横になって下さい。熱が上がりますよ』

ハンドくんに止められて、さくらは身体を倒す。

「ねえ。ジタン」

「はい。何でしょう?」

「・・・また『おこづかい』くれる?」

さくらの言葉にジタンは笑顔で「もちろんですよ」と頷く。
ジタンの言葉に微笑んださくらが目を閉じる。
安心したのだろう。
すぐに寝息が聞こえてきた。


そんなさくらを見てジタンは真面目な表情になる。
この寝顔を守りたいと。
そして『泣き顔』ではなく『笑顔』で過ごしてほしいと。

そのために以前から立ててきた計画を実行に移す準備を始めた。
それは2日もあれば終わるだろう。

「さくら様。さくら様が今まで通り『さくら様らしく』過ごして頂けるよう尽力致します」

ジタンはさくらにそう誓い、拳を握った右手を胸にあてて腰を折った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

好き勝手スローライフしていただけなのに伝説の英雄になってしまった件~異世界転移させられた先は世界最凶の魔境だった~

狐火いりす@商業作家
ファンタジー
 事故でショボ死した主人公──星宮なぎさは神によって異世界に転移させられる。  そこは、Sランク以上の魔物が当たり前のように闊歩する世界最凶の魔境だった。 「せっかく手に入れた第二の人生、楽しみつくさねぇともったいねぇだろ!」  神様の力によって【創造】スキルと最強フィジカルを手に入れたなぎさは、自由気ままなスローライフを始める。  露天風呂付きの家を建てたり、倒した魔物でおいしい料理を作ったり、美人な悪霊を仲間にしたり、ペットを飼ってみたり。  やりたいことをやって好き勝手に生きていく。  なぜか人類未踏破ダンジョンを攻略しちゃったり、ペットが神獣と幻獣だったり、邪竜から目をつけられたりするけど、細かいことは気にしない。  人類最強の主人公がただひたすら好き放題生きていたら伝説になってしまった、そんなほのぼのギャグコメディ。

異世界楽々通販サバイバル

shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。 近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。 そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。 そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。 しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。 「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」

異世界転移したので、のんびり楽しみます。

ゆーふー
ファンタジー
信号無視した車に轢かれ、命を落としたことをきっかけに異世界に転移することに。異世界で長生きするために主人公が望んだのは、「のんびり過ごせる力」 主人公は神様に貰った力でのんびり平和に長生きできるのか。

異世界に転移したので国民全員の胃袋を掴みます

りゆ
ファンタジー
じゅわわわわっっ!!! 豪快な音と共にふわふわと美味しそうな香りが今日もセントラル家から漂ってくる。 赤塚千尋、21歳。 気づいたら全く知らない世界に飛ばされていました。まるで小説の中の話みたいに。 圧倒的野菜不足の食生活を送っている国民全員の食生活を変えたい。 そう思ったものの、しがない平民にできることは限られている。 じゃあ、村の食生活だけでも変えてやるか! 一念発起したところに、なんと公爵が現れて!? 『雇いシェフになってほしい!?』 誰かに仕えるだなんて言語道断! たくさんの人に料理を振舞って食生活改善を目指すんだ! そう思っていたのに、私の意思に逆らって状況はあれよあれよと変わっていって…… あーもう!!!私はただ料理がしたいのに!!!! 前途多難などたばた料理帖 ※作者の実体験をもとにして主に構成されています ※作中の本などは全て架空です

こちらの世界でも図太く生きていきます

柚子ライム
ファンタジー
銀座を歩いていたら異世界に!? 若返って異世界デビュー。 がんばって生きていこうと思います。 のんびり更新になる予定。 気長にお付き合いいただけると幸いです。 ★加筆修正中★ なろう様にも掲載しています。

アイテムボックスだけで異世界生活

shinko
ファンタジー
いきなり異世界で目覚めた主人公、起きるとなぜか記憶が無い。 あるのはアイテムボックスだけ……。 なぜ、俺はここにいるのか。そして俺は誰なのか。 説明してくれる神も、女神もできてやしない。 よくあるファンタジーの世界の中で、 生きていくため、努力していく。 そしてついに気がつく主人公。 アイテムボックスってすごいんじゃね? お気楽に読めるハッピーファンタジーです。 よろしくお願いします。

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

処理中です...