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第三章

第31話

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「さくら!」

目を開けたら、心配そうに覗き込むヒナリとヨルクの顔が目の前にあった。

「大丈夫か?」

「突然意識を無くしたのよ」

「具合はどうだ?熱はないか?」

額に手をあてたり頬を撫でたりして心配する2人に「『先にご飯を食べてなさい』って言ってたー」と言うさくら。

「え?誰が?」

「セルヴァン」

「・・・そっか。じゃあ先にご飯を食べような」


抱き抱えているさくらの頭を撫でながら、向かい側のヒナリに目で合図する。
ヒナリはさくらの言葉に困惑していたが、こういう時はセルヴァンに聞いた方が早いと分かっているヨルクに促されて話を聞くのは止めた。

さくらを座椅子に座らせて横に座ったヨルクだったが、「ヨルクはあっち」とヒナリに引き摺り出された。
「反対側に座ればイイだろ」とヨルクは言ったが、「朝だってさくらの隣に座ってたじゃない!」とさくらを抱きしめて「今度は私!」と譲らない。

「あー。ハイハイ。分かった。分かった」

ヨルクはさくらの頭を撫でてから向かい側の席に移る。

今日きょっおのおっひるはなんだろな~♪」

身体を左右に揺らしながら楽しそうに歌うさくら。
目の前に出されたのは太い麺の入ったどんぶりだった。

「わーい!今日のお昼はひっさしぶりのおっうど~ん♪」

パチパチ~と手を叩いて喜ぶさくら。
フーフーと息を吹きかけて食べるさくらをマネて食べ始めるヒナリとヨルク。
ちゅるんと麺を口に吸い込む度に笑顔になるさくら。

「美味しい?」

「うん!」

ヒナリが聞くと笑顔で返すさくら。
さくらの笑顔に「もう!さくらったらカワイイんだから!」とメロメロになったヒナリがさくらを抱きしめる。

「ヒナリ。火傷するから食べてからにしろよ」

「なによ。イイじゃない。ねぇ。さくら」

「・・・ヒナリ。おうどんが熱いから火傷しちゃうよ?」

「あら。じゃあ先にご飯を食べちゃいましょ」


自分が言うと反発するのに、さくらの言葉には素直に聞くヒナリに一気に脱力感を味わったヨルク。

さくらの『箸さばき』を見ていると、決してチカラが戻った訳では無いが上手に使っている。
1回食べると箸を置いているのは手が疲れるからだろう。
特に無理なく1人で食べきったさくらは、手を合わせて「ごちそうさまでした」と満足げ。
ハンドくんに『おしぼり』で手や口の周りを拭かれていたのは『ご愛嬌』だ。




「ねえ。さくら。眠いんでしょ?」

「ほら。少し寝てろよ」

「やーあーよー!」

プクッと頬を膨らませてプイッとソッポを向くさくら。
座卓を背に座椅子を回して畳に足を伸ばして座っている。
座椅子の背を半分の高さまで倒してあるのは、この角度だとさくらが寝やすいから。
今は、いつもなら食後で眠っている時間だ。
駄々をねて寝ない時はこうやって倒していると気付いたら眠っていることが多いようだ。
眠い目をこすりつつ、それでも必死に起きているのはセルヴァンたちが帰ってくるのを待っているからだろう。

現にさくらの目は応接室に通じる扉を気にしている。


「ねぇ、さくら。そういえばセルヴァン様とドリトス様を、時々違う呼び方で呼んでいるわね」

「・・・だぁめ?」

「大丈夫だろ?」

あの2人ならさくらがどう呼ぼうと喜ぶに決まっている。
『おじいちゃん』と呼ばれても喜んで返事をするだろう。
ヨルクの言葉にさくらは笑顔になる。


ちょうどその時、部屋の扉が開いてドリトスとセルヴァンが入ってきた。


「・・・・・・ドリぃ。セルぅ」

一瞬言葉に詰まったあと、涙目で2人に両手を伸ばすさくら。
セルヴァンはさくらに駆け寄り、力強く抱きしめる。

「さくら。大丈夫だ。もう大丈夫だ」

「もう大丈夫じゃよ。さくら。ワシらは居なくなったりせぬ」

「心配させて悪かったな」


セルヴァンに強く抱きしめられて、さくらも必死に抱きついて、ドリトスから頭を撫でられて。
やっと安心したさくらはセルヴァンにしがみついたまま眠りについた。

初めて会った時よりはるかに弱々しい腕が、さくらの『今のもろさ』を物語っていた。

さくらを寝かそうにも、しがみついているさくらは離れない。
セルヴァンも無理矢理引き剥がす気はなく、そのまま膝だっこの状態で昼食を取ることにした。

セルヴァンとドリトスの昼食にはサンドウィッチが出された。
うどんの汁がさくらに掛かったら火傷をしてしまうからだった。



「セルヴァン様とドリトス様は、さくらからなんて呼ばれているのですか?」

ヒナリの言葉にセルヴァンとドリトスは顔を見合わせる。

「普通に呼び捨てだろ?」

「ですが、先程も・・・」

ヒナリの言葉に2人は合点がいった。

「『セルぅ』と『ドリぃ』か」

「ええ。そうです!」

「あれはさくらが見せる『甘え』のひとつだな」

「心細かったり寂しかったりした時、甘えたい時に口にしておるのう」

「『今は特に』多いな。・・・『長患ながわずらい』が原因だと思うが」

そう言って、腕の中で眠るさくらの頭を撫でる。
時々「セルぅ」「ドリぃ」の寝言と共にグスンッとグズるさくらの身体をセルヴァンが軽く叩き、2人が「大丈夫だ」「ここにおる」と声をかけると落ち着いて再び静かに眠り出す。



「・・・私たちには甘えてくれないのかしら」

少し淋しそうに呟くヒナリ。

「おや?気付いておらなかったか」

「本人たちは直接呼ばれていないからでしょう」

ドリトスとセルヴァンの言葉に目を丸くするヒナリとヨルク。

「私たちはなんて・・・」

「・・・焦らずとも、そのうちに分かるじゃろう」




さくらがグズる度にセルヴァンとドリトスが宥める。
何度目だろうか。
グズるさくらがそれまでと違う反応を示した。

「ふみぃ・・・」

「ヨシヨシ。どうした?」

グズり出したさくらの頭を撫でていると「パパとママがすぐに「寝なさい」っていう~」と寝ぼけてセルヴァンにしがみついた。

「2人はさくらの身体を心配しておるんじゃよ」

「違うもん。パパたちは『いじわる』してるんだもん・・・」

「じゃあ。いじわるな『パパ』と『ママ』はいらないか?」

「グスン・・・ヤダぁ。いる~」

苦笑する2人に慰められて、泣き疲れて眠り出す。
さくらが深く眠ったのを確認したセルヴァンは、さくらの身体を軽く叩きながら「気付いたか?」とヒナリとヨルクを見る。
「え?」「へ?」と言葉を出した2人にドリトスと苦笑する。

「お前たちの『雛』は?」

「「さくら」」

2人は声を揃えて即答する。

「さくらにとって『お前たち』は?」

「「親・・・ア!」」

2人同時に顔を見合わせると
「私たちが『パパ』と『ママ』!」
「オレたちが『パパ』と『ママ』!」
と驚きあった。


「それで?」とドリトスが2人に聞くと今度は顔を曇らせる。

「最初の頃は『一緒』に寝てたんじゃなかったかね?」

「今は特に『病み上がり』だからな。1人で寝ているのは寂しいから嫌がっているんだぞ」


セルヴァンの腕の中で眠るさくらに全員の目が向く。



「・・・ゴメンね。さくら」

ヒナリがさくらの頭を撫でて謝罪する。

「セルヴァン様。さくらをベッドに寝かせて頂けますか?私が一緒にいますから」

ヒナリが頼むとセルヴァンは頷いて、さくらをベッドへと運ぶ。
ベッドに寝かせたさくらが、温もりを失ってグズり出したが「大丈夫よ。さくら」と横に寝転んだヒナリが抱きしめると安心した様子で再び眠り出した。


「ゴメンね。さくら。『1人』は心細いよね」

さくらの背を撫でながらヒナリは謝る。

自分も昔はそうだった。
『族長の娘』として、過度な期待を持たれて。
無言で『期待以上』をいつも要求されて。

でも、自分にはいつもヨルクがそばにいた。
ヨルクは一度も『期待』を押しつけてこなかった。
『そのままの自分ヒナリ』を見てくれていた。


そうだ。さくらが寝る時は自分たちも一緒だったけど、ドリトス様やセルヴァン様は寝付くまで必ずそばにいる。
1人で寝かせることは絶対にしていない。



だって・・・さくらはこの世界で『ひとりぼっち』なのだから。



「ママぁ・・・」

「ここにいるわ」


さくらの寝言に返事をしたヒナリは、優しく少し強めに抱きしめて頭を撫でる。
さくらは甘えるようにヒナリの胸に顔をすり寄せる。


「マぁマ~」

「なあに」

「だあいすきぃ~」


語尾にすうっと寝息が続いて寝言だってすぐに分かった。

それでも・・・分かっているのに涙が出るほど嬉しかった。



「私も。さくらのこと大好きよ」



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