31 / 249
第三章
第31話
しおりを挟む「さくら!」
目を開けたら、心配そうに覗き込むヒナリとヨルクの顔が目の前にあった。
「大丈夫か?」
「突然意識を無くしたのよ」
「具合はどうだ?熱はないか?」
額に手をあてたり頬を撫でたりして心配する2人に「『先にご飯を食べてなさい』って言ってたー」と言うさくら。
「え?誰が?」
「セルヴァン」
「・・・そっか。じゃあ先にご飯を食べような」
抱き抱えているさくらの頭を撫でながら、向かい側のヒナリに目で合図する。
ヒナリはさくらの言葉に困惑していたが、こういう時はセルヴァンに聞いた方が早いと分かっているヨルクに促されて話を聞くのは止めた。
さくらを座椅子に座らせて横に座ったヨルクだったが、「ヨルクはあっち」とヒナリに引き摺り出された。
「反対側に座ればイイだろ」とヨルクは言ったが、「朝だってさくらの隣に座ってたじゃない!」とさくらを抱きしめて「今度は私!」と譲らない。
「あー。ハイハイ。分かった。分かった」
ヨルクはさくらの頭を撫でてから向かい側の席に移る。
「今日のお昼はなんだろな~♪」
身体を左右に揺らしながら楽しそうに歌うさくら。
目の前に出されたのは太い麺の入った丼だった。
「わーい!今日のお昼はひっさしぶりのおっうど~ん♪」
パチパチ~と手を叩いて喜ぶさくら。
フーフーと息を吹きかけて食べるさくらをマネて食べ始めるヒナリとヨルク。
ちゅるんと麺を口に吸い込む度に笑顔になるさくら。
「美味しい?」
「うん!」
ヒナリが聞くと笑顔で返すさくら。
さくらの笑顔に「もう!さくらったらカワイイんだから!」とメロメロになったヒナリがさくらを抱きしめる。
「ヒナリ。火傷するから食べてからにしろよ」
「なによ。イイじゃない。ねぇ。さくら」
「・・・ヒナリ。おうどんが熱いから火傷しちゃうよ?」
「あら。じゃあ先にご飯を食べちゃいましょ」
自分が言うと反発するのに、さくらの言葉には素直に聞くヒナリに一気に脱力感を味わったヨルク。
さくらの『箸さばき』を見ていると、決してチカラが戻った訳では無いが上手に使っている。
1回食べると箸を置いているのは手が疲れるからだろう。
特に無理なく1人で食べきったさくらは、手を合わせて「ごちそうさまでした」と満足げ。
ハンドくんに『おしぼり』で手や口の周りを拭かれていたのは『ご愛嬌』だ。
「ねえ。さくら。眠いんでしょ?」
「ほら。少し寝てろよ」
「やーあーよー!」
プクッと頬を膨らませてプイッとソッポを向くさくら。
座卓を背に座椅子を回して畳に足を伸ばして座っている。
座椅子の背を半分の高さまで倒してあるのは、この角度だとさくらが寝やすいから。
今は、いつもなら食後で眠っている時間だ。
駄々を捏ねて寝ない時はこうやって倒していると気付いたら眠っていることが多いようだ。
眠い目を擦りつつ、それでも必死に起きているのはセルヴァンたちが帰ってくるのを待っているからだろう。
現にさくらの目は応接室に通じる扉を気にしている。
「ねぇ、さくら。そういえばセルヴァン様とドリトス様を、時々違う呼び方で呼んでいるわね」
「・・・だぁめ?」
「大丈夫だろ?」
あの2人ならさくらがどう呼ぼうと喜ぶに決まっている。
『おじいちゃん』と呼ばれても喜んで返事をするだろう。
ヨルクの言葉にさくらは笑顔になる。
ちょうどその時、部屋の扉が開いてドリトスとセルヴァンが入ってきた。
「・・・・・・ドリぃ。セルぅ」
一瞬言葉に詰まったあと、涙目で2人に両手を伸ばすさくら。
セルヴァンはさくらに駆け寄り、力強く抱きしめる。
「さくら。大丈夫だ。もう大丈夫だ」
「もう大丈夫じゃよ。さくら。ワシらは居なくなったりせぬ」
「心配させて悪かったな」
セルヴァンに強く抱きしめられて、さくらも必死に抱きついて、ドリトスから頭を撫でられて。
やっと安心したさくらはセルヴァンにしがみついたまま眠りについた。
初めて会った時よりはるかに弱々しい腕が、さくらの『今の脆さ』を物語っていた。
さくらを寝かそうにも、しがみついているさくらは離れない。
セルヴァンも無理矢理引き剥がす気はなく、そのまま膝だっこの状態で昼食を取ることにした。
セルヴァンとドリトスの昼食にはサンドウィッチが出された。
うどんの汁がさくらに掛かったら火傷をしてしまうからだった。
「セルヴァン様とドリトス様は、さくらからなんて呼ばれているのですか?」
ヒナリの言葉にセルヴァンとドリトスは顔を見合わせる。
「普通に呼び捨てだろ?」
「ですが、先程も・・・」
ヒナリの言葉に2人は合点がいった。
「『セルぅ』と『ドリぃ』か」
「ええ。そうです!」
「あれはさくらが見せる『甘え』のひとつだな」
「心細かったり寂しかったりした時、甘えたい時に口にしておるのう」
「『今は特に』多いな。・・・『長患い』が原因だと思うが」
そう言って、腕の中で眠るさくらの頭を撫でる。
時々「セルぅ」「ドリぃ」の寝言と共にグスンッとグズるさくらの身体をセルヴァンが軽く叩き、2人が「大丈夫だ」「ここにおる」と声をかけると落ち着いて再び静かに眠り出す。
「・・・私たちには甘えてくれないのかしら」
少し淋しそうに呟くヒナリ。
「おや?気付いておらなかったか」
「本人たちは直接呼ばれていないからでしょう」
ドリトスとセルヴァンの言葉に目を丸くするヒナリとヨルク。
「私たちはなんて・・・」
「・・・焦らずとも、そのうちに分かるじゃろう」
さくらがグズる度にセルヴァンとドリトスが宥める。
何度目だろうか。
グズるさくらがそれまでと違う反応を示した。
「ふみぃ・・・」
「ヨシヨシ。どうした?」
グズり出したさくらの頭を撫でていると「パパとママがすぐに「寝なさい」っていう~」と寝ぼけてセルヴァンにしがみついた。
「2人はさくらの身体を心配しておるんじゃよ」
「違うもん。パパたちは『いじわる』してるんだもん・・・」
「じゃあ。いじわるな『パパ』と『ママ』はいらないか?」
「グスン・・・ヤダぁ。いる~」
苦笑する2人に慰められて、泣き疲れて眠り出す。
さくらが深く眠ったのを確認したセルヴァンは、さくらの身体を軽く叩きながら「気付いたか?」とヒナリとヨルクを見る。
「え?」「へ?」と言葉を出した2人にドリトスと苦笑する。
「お前たちの『雛』は?」
「「さくら」」
2人は声を揃えて即答する。
「さくらにとって『お前たち』は?」
「「親・・・ア!」」
2人同時に顔を見合わせると
「私たちが『パパ』と『ママ』!」
「オレたちが『パパ』と『ママ』!」
と驚きあった。
「それで?」とドリトスが2人に聞くと今度は顔を曇らせる。
「最初の頃は『一緒』に寝てたんじゃなかったかね?」
「今は特に『病み上がり』だからな。1人で寝ているのは寂しいから嫌がっているんだぞ」
セルヴァンの腕の中で眠るさくらに全員の目が向く。
「・・・ゴメンね。さくら」
ヒナリがさくらの頭を撫でて謝罪する。
「セルヴァン様。さくらをベッドに寝かせて頂けますか?私が一緒にいますから」
ヒナリが頼むとセルヴァンは頷いて、さくらをベッドへと運ぶ。
ベッドに寝かせたさくらが、温もりを失ってグズり出したが「大丈夫よ。さくら」と横に寝転んだヒナリが抱きしめると安心した様子で再び眠り出した。
「ゴメンね。さくら。『1人』は心細いよね」
さくらの背を撫でながらヒナリは謝る。
自分も昔はそうだった。
『族長の娘』として、過度な期待を持たれて。
無言で『期待以上』をいつも要求されて。
でも、自分にはいつもヨルクがそばにいた。
ヨルクは一度も『期待』を押しつけてこなかった。
『そのままの自分』を見てくれていた。
そうだ。さくらが寝る時は自分たちも一緒だったけど、ドリトス様やセルヴァン様は寝付くまで必ずそばにいる。
1人で寝かせることは絶対にしていない。
だって・・・さくらはこの世界で『ひとりぼっち』なのだから。
「ママぁ・・・」
「ここにいるわ」
さくらの寝言に返事をしたヒナリは、優しく少し強めに抱きしめて頭を撫でる。
さくらは甘えるようにヒナリの胸に顔をすり寄せる。
「マぁマ~」
「なあに」
「だあいすきぃ~」
語尾にすうっと寝息が続いて寝言だってすぐに分かった。
それでも・・・分かっているのに涙が出るほど嬉しかった。
「私も。さくらのこと大好きよ」
19
お気に入りに追加
2,636
あなたにおすすめの小説
好き勝手スローライフしていただけなのに伝説の英雄になってしまった件~異世界転移させられた先は世界最凶の魔境だった~
狐火いりす@商業作家
ファンタジー
事故でショボ死した主人公──星宮なぎさは神によって異世界に転移させられる。
そこは、Sランク以上の魔物が当たり前のように闊歩する世界最凶の魔境だった。
「せっかく手に入れた第二の人生、楽しみつくさねぇともったいねぇだろ!」
神様の力によって【創造】スキルと最強フィジカルを手に入れたなぎさは、自由気ままなスローライフを始める。
露天風呂付きの家を建てたり、倒した魔物でおいしい料理を作ったり、美人な悪霊を仲間にしたり、ペットを飼ってみたり。
やりたいことをやって好き勝手に生きていく。
なぜか人類未踏破ダンジョンを攻略しちゃったり、ペットが神獣と幻獣だったり、邪竜から目をつけられたりするけど、細かいことは気にしない。
人類最強の主人公がただひたすら好き放題生きていたら伝説になってしまった、そんなほのぼのギャグコメディ。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
異世界楽々通販サバイバル
shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。
近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。
そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。
そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。
しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。
「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」
異世界に転移したので国民全員の胃袋を掴みます
りゆ
ファンタジー
じゅわわわわっっ!!!
豪快な音と共にふわふわと美味しそうな香りが今日もセントラル家から漂ってくる。
赤塚千尋、21歳。
気づいたら全く知らない世界に飛ばされていました。まるで小説の中の話みたいに。
圧倒的野菜不足の食生活を送っている国民全員の食生活を変えたい。
そう思ったものの、しがない平民にできることは限られている。
じゃあ、村の食生活だけでも変えてやるか!
一念発起したところに、なんと公爵が現れて!?
『雇いシェフになってほしい!?』
誰かに仕えるだなんて言語道断!
たくさんの人に料理を振舞って食生活改善を目指すんだ!
そう思っていたのに、私の意思に逆らって状況はあれよあれよと変わっていって……
あーもう!!!私はただ料理がしたいのに!!!!
前途多難などたばた料理帖
※作者の実体験をもとにして主に構成されています
※作中の本などは全て架空です
異世界転移したので、のんびり楽しみます。
ゆーふー
ファンタジー
信号無視した車に轢かれ、命を落としたことをきっかけに異世界に転移することに。異世界で長生きするために主人公が望んだのは、「のんびり過ごせる力」
主人公は神様に貰った力でのんびり平和に長生きできるのか。
こちらの世界でも図太く生きていきます
柚子ライム
ファンタジー
銀座を歩いていたら異世界に!?
若返って異世界デビュー。
がんばって生きていこうと思います。
のんびり更新になる予定。
気長にお付き合いいただけると幸いです。
★加筆修正中★
なろう様にも掲載しています。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
アイテムボックスだけで異世界生活
shinko
ファンタジー
いきなり異世界で目覚めた主人公、起きるとなぜか記憶が無い。
あるのはアイテムボックスだけ……。
なぜ、俺はここにいるのか。そして俺は誰なのか。
説明してくれる神も、女神もできてやしない。
よくあるファンタジーの世界の中で、
生きていくため、努力していく。
そしてついに気がつく主人公。
アイテムボックスってすごいんじゃね?
お気楽に読めるハッピーファンタジーです。
よろしくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる