玉響〜たまゆら〜

アーエル

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第二章

第1話

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 ここは地獄、憤怒の谷。両脇を小高い山に挟まれ、幅30m程の川が流れる浸食谷である。川から山までの間には平地や森林が広がっており、それなりの距離がある。この何処かにフェンリルは住んでいると言われているが、今回ダママの鼻に頼ることは出来ない。地獄の中でも強者に分類される二頭が出会ってしまった時、何が起こるか分からないからだ。

 という訳で人間と魔族だけのパーティーになっているわけだが、戦力の方は全く問題がない。現状考え得る最大戦力と言えるだろう。なぜなら歴代魔王が二人(うち、一人は現役)にその右腕とも言うべき側近が一名、荷物持ちが一名、なのだから。そして、何より当代魔王様には荷物持ちがいることで謎のバフがかかるらしい。そんな魔王様の側近は魔王様がいることで燃えるらしい。よくできた組み合わせだ。

 探索力にもさして問題があるわけではない。三人の魔族に備わった魔力感知がソナーのような働きをして検知範囲を広げているからである。今のところローラー作戦の要領でに川を上流に向かって進んでいるが、フェンリルらしき魔力は感知されていない。

 何か問題があるとすれば、ほんの僅かなすれ違い。実に研究熱心な先々代魔王様はちょっと目を離すと地獄の生態に夢中になっている。色ボケ魔王様は荷物持ちと腕を組んで歩くことに夢中になっている。荷物持ちは腕の柔らかい感覚に全集中している。側近は魔王様のそんな態度に集中力を欠いている。

 つまり、持ち味が全て殺されている。

「ネェ、デボラサン。チョット歩キニククナイ?」
「そうか? あ、見ろ! キーチロー! あそこにサラマンダーがいるぞ!」
「レアですか?」
「どうだろう? キャラウェイ殿! ってあれ?」

 また、姿が見えない、と思ったらむしろサラマンダーの後ろにすでに回り込んでいた。ものすごい勢いで華目羅の録画機能を活用している。

「す、すごい魔道具だこれは!」
「大丈夫かこのパーティー」

 思わず不安を口にせずにはいられなかった。俺の後ろでむくれているベルにもあえて届くように。

「デボラ様がどんどん遠くへ行ってしまう様です。少し寂しいですがこれも主《あるじ》の幸せの為ならば……」
「何を感傷に浸ってんの! 俺達はフェンリル捜索隊モフモフ探検隊でしょ! 早く目的を達成してみんなでモフろう!」
「そ、そうでしたね。任務に集中しなくては!」
「ベルよ、頼りにしておるからな!」
「嬉しいセリフなのに顔に締まりが……デボラ様……」

 その時突然、狼の遠吠えのような声が響き渡り、まるで木々が共鳴するかのようにザワザワと揺れ、川が波打った。

「近くはないがそこまで離れているわけでもないぞ。各自、魔力の感知! 方向だけでも探れ!」

 俺はせめて音の方向ぐらいは分からないかと一応耳を澄ませてみた。

「ふむ。運よく川のこちら側のようだな。わざわざ渡らなくて済みそうだ」
「そうですね。さあ、参りましょう!」
「ちょっと待って。さっきの遠吠え、はっきりした言葉じゃないんで自信ないけど、“侵入”と“警戒”を呼びかけていたような……」
「我らの存在がバレているのかもしれんな。やはり、こういう時にこそキーチローの力が役に立つ!」

 ん? ちょっと待てよ? “警戒”をってことは……。

「デボラ、気を付けた方がいい。わざわざ警戒を呼び掛けたってことは仲間がいると考えるのが自然だ」
「確かに。各自、警戒を怠るな! 有無を言わさず襲ってくる可能性が高い!」
「はっ!」
「ふむ、わかりました。あ、キーチロー君、サラマンダーは保護対象です」
「わかりました! とりあえず、サラマンダー君は暫定フィールドに送ります!」

 俺は今回もムシ網とムシカゴのセットで探検にやってきていた。何が捕まるかわからないしね。そして、ある意味武器としても優秀だ。襲い掛かられても不意打ちでない限り振り回しているだけでムシカゴに送れてしまう。

「よっ……と」

 幸い、サラマンダーは何の苦も無く捕まってくれた。

「素晴らしい魔道具ですわ……」

 そしてまた一人、魔道具の性能に驚いている人物が一人。そういえばベルはこれを生で見るのは初めてだったかな。

「よし、サラマンダー君。詳しく話している時間は無いけど悪いようにする気はない。一緒に来てくれるかい?」
「失礼ね。あたしは女よ! どうして会話ができるのか知らないけど、誘拐するつもり!?」

 言い終わるとサラマンダーは口からボッと小さく炎を吐き出した。

「あ、ごめん! 簡単に言うと絶滅危惧種を保護して回ってるんだ」
「檻に閉じ込められたりすんの嫌よ!?」
「大丈夫、転送先は駆け回れるぐらい広い。信じてほしい」
「ふーん、嘘だったら燃やすわよ!」
「ああ、ありがとう!」

 サラマンダーはまたボッと炎を吐くと手を上げた。挨拶のつもりだろうか。俺は転送ボタンを押して、サラマンダーを見送った。

「これでよし、と……」

「デボラさん!」
「うむ……。囲まれているようですな。ベル、結界の陣を張れるか?」
「お任せください!」

 言うが早いかベルは謎の言葉をつぶやきながら四方に札のようなものを投げた。どうやら簡易の魔法陣と言ったところらしい。投げた札から光が天に向かって立ち上り、それぞれの辺が空中で90°折れ曲がって立方体を成していく。結果、四畳半より少し広い結界が完成した。

 やがて草や森の陰から唸り声が響き始め、光る点が二つ、また二つと増えていく。獣の群れに囲まれている様だ。

「多分……フェンリルだよね?」
「ああ、だが厳密にはこいつらの統率者が所謂《いわゆる》“フェンリル”と呼ばれる奴だ。群れのボスだけがフェンリルと呼ばれる強個体であとはせいぜいがファングウルフと言ったところだな」
「よくご存じですね。デボラさん」
「『地獄生物大全』で予習済みです。はっはっは」

 キャラウェイさんは少し照れ臭そうに頭をかいた。

「簡易の結界ですので、フェンリルクラスに暴れられると長くは持ちません。説得にせよ、捕獲にせよ、お急ぎ頂くことをおススメします」
「分かった。いきなり襲ってくるようならとりあえずムシカゴへinしてもらおう」

 すると、何かの合図があったようにファングウルフの群れが一歩一歩と俺達に近づいてその姿を現し始める。人間界の狼より二回りほども大きく、特徴的な二本の大きな牙。食いつかれたら一たまりもないだろう。それらが喉を唸らせながらゆっくりと取り囲み始める。十数匹はいるだろうか。

「お前らか……侵入者は……」
「何をしに来た……」
「また……我らの同胞をさらって行く気か」

 取り囲むファングウルフたちが口々に威嚇ともとれる態度で吠え始める。

「待った、さらわれただって?」
「なぜ人間がここに……なぜ我らの声が聞こえ、貴様の声が届くのだ」

 ファングウルフが矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。どうやら向こうも会話が出来ることに困惑している様だ。

「俺の名はキーチロー。君らのボスは……」

 俺の質問が言い終わらないうちに結界に向かってミサイルのような勢いで巨大な物体が衝突した。どうやら辛うじて結界の崩壊は免れ、ぶつかってきた物体は弾き飛ばされたようだが、ゆっくりと態勢を立て直し、今度は悠然と近づいてきた。

「お、落ち着いて! あなたたちをさらいに来たわけでは……」

 いや、ある意味さらいに来たようなものか? いやいや! これは保護だ。

「我はフェンリル。この群れの統率者だ。何者だ、貴様!」

 どうやら、ファングウルフの内の一匹から俺の事を聞いたらしい。さて、どうやって説得した物か……。
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