20 / 26
第1章
第20話
しおりを挟むアリシアは朝食でホールに向かうときはすべての荷物を持って行く。
仲の良い人たちとの話が盛り上がって授業を遅刻する可能性を減らすためだ。
ほとんどの生徒たちは食後にまた寮に戻って教本を持ってくる。
時間配分ができる生徒ならそれもいいだろう。
しかし新入生はその時間配分だけでなく教室の場所も把握していない。
その結果、最初の授業から遅刻者が続出していたのだ。
「なんでかな?」
アリシアはこの一週間ずっと同級生の行動を見てきた。
もちろんホールに来るときはそのまま教室へ向かえるようにカバンを持ってこればいいと教えた。
その言葉に従ってカバンを持ってくる生徒はごく僅かだった。
「カバンに教科書を入れて持ってきて、忘れ物に気付いたら取りに戻ればいいだけなのに」
アリシアはロイヤルミルクティーを口に含む。
途端に悲しげな表情がほんわかと柔らかな微笑みに変わる。
アリシアの好みを知るシルキーが用意したものだ、美味しくないはずがない。
ここはリーヴァスの私室。
教室の隣にあり、ここにはリーヴァスだけでなく屋敷妖精のシルキーとエヴェリも一緒だ。
〈アリシアが学園のことを知っていても、それを同級生たちに教えるのはいけません〉
「シルキーの言うとおりね。聞いたことだけで知ったつもりになるのは危険よ」
シルキーの注意にエヴェリが同意する。
アリシアは親切で教えようとするものの、それが当事者のためになるとは限らない。
エヴェリも、黙って聞いているリーヴァスも長年教師としての立場から生徒たちを見守って、ときには厳しく指導してきた。
しかし、素直に従う生徒だけではない。
教師の言葉に反発して言うことを聞かず、魔法を暴走させて手足を吹き飛ばす生徒も少なからず存在する。
医務室に運ばれたときに死んでいなければ治療で回復できる。
もちろん教師の言葉に従わなかったために起こした被害のため退学処分にはなるものの、ほかの魔法学園に転校するなど再起は可能だ。
……再起が不可能の場合もある。
誰かが犠牲になって生命を喪った場合だ。
「学園内の生徒が起こした事故だ!」
過去にそう言った加害者の家族がいた。
加害者は自身の下半身を吹き飛ばしたものの、王立医療院で2ヶ月の治療を受けて回復して退院した。
しかし、彼は自己の修復に自身の魔力を使いきったため二度と魔法を使うことはできない。
それを引き合いに出し、罪から逃れようとした。
「教師の指導を無視した結果で引き起こされた爆発事件。それに巻き込んだ多数の同級生たちのために魔力を使わず、自らの再生に使った」
加害者はその国の王妃を輩出した貴族の嫡出子である。
その当時も王太子妃として加害者の姉が候補に上がっていた。
しかし、それを理由に罪から逃れようとした貴族に悲劇が訪れた。
王太子妃候補だった姉が自身の存在で罪を軽くすることがないよう、手紙を遺して自死を選んだ。
それこそ悲劇でしかない。
王太子に弟の罪を見逃すよう訴える父母の前で毒を飲んだのだから。
その悲劇により『いくら学園内のことであっても、教師の指導を受けても聞かない者が事故を起こした場合、重罰を与えるものとする』という規則が生まれた。
もちろん、自身が身を滅ぼすのは自業自得だろう。
それによって他者にまで被害を負わせることは許されない。
前述の事件は大変重いものになった。
悲しき姉の死を「弟の罪を自身の死で償った。だから罪を問われることはない」と言い張った両親だったが、遺された手紙により重い罪を与えられた。
魔石がとれる魔坑道の清掃に彼ら一族が従事することとなった。
一部の魔坑道には歪んだ地力が溜まりやすい。
そこに長く入っていれば精神は病み、自己を失う。
そんな魔力だけでなく地力まで混在して溜まった危険な坑道は、国によっては魔力や地力の影響を受けない小人族が契約で仕事を請け負っている。
ただ、その国では小人族と契約しておらず、半数は放棄されていた。
一族は罰として魔坑道に入り、2時間もしないで魔坑道から吐き出される。
煤のように坑道いっぱいに溜まった澱を掃き掃除や拭き掃除をするが、マスクをしていても肺に入れば呼吸困難を引き起こす。
大量の水で食道や胃を洗浄するが、肺に入った澱は咳などで吐き出すしか方法はない。
今は薬液を含んだ蒸気を吸い込ませることで黒い呼気と共に澱を排出させられるが、当時は方法がないため胃洗浄が終わればまた強制的に中へ送られる。
厳しい作業から分かるとおり、これは重科刑のひとつである。
よって、一族は7割が生きて解放されず。
生存した半数は医療機関でその生涯を終えた。
〈アリシア。いいですね? 自分で間違いに気付かないとその人のためにはならないのですよ〉
シルキーの言葉にアリシアは神妙な面持ちで頷く。
母の代わりであり姉の代わりでもあるシルキーの言葉に素直に従うアリシアは、けっして間違った道には進まないだろう。
10
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
湖の民
影燈
児童書・童話
沼無国(ぬまぬこ)の統治下にある、儺楼湖(なろこ)の里。
そこに暮らす令は寺子屋に通う12歳の男の子。
優しい先生や友だちに囲まれ、楽しい日々を送っていた。
だがそんなある日。
里に、伝染病が発生、里は封鎖されてしまい、母も病にかかってしまう。
母を助けるため、幻の薬草を探しにいく令だったが――
生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!
mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの?
ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。
力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる!
ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。
読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。
誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。
流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。
現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇
此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。
十歳の少女の苦難
りゅうな
児童書・童話
砂漠の国ガーディル国の姫マリンカ姫は黒魔術師アベルの魔法にかけられて、姿は十歳、中身は十七歳の薬作りの少女。
マリンカは国から離れて妃の知り合いの家に向かう途中、牛男が現れた。牛男は大国の王子だと自ら言うが信用しないマリンカ。
牛男は黒魔術アベルに魔法をかけられたと告げる。
マリンカは牛男を連れて黒魔術師アベルのいる場所に向かう。
両親大好きっ子平民聖女様は、モフモフ聖獣様と一緒に出稼ぎライフに勤しんでいます
井藤 美樹
児童書・童話
私の両親はお人好しなの。それも、超が付くほどのお人好し。
ここだけの話、生まれたての赤ちゃんよりもピュアな存在だと、私は内心思ってるほどなの。少なくとも、六歳の私よりもピュアなのは間違いないわ。
なので、すぐ人にだまされる。
でもね、そんな両親が大好きなの。とってもね。
だから、私が防波堤になるしかないよね、必然的に。生まれてくる妹弟のためにね。お姉ちゃん頑張ります。
でもまさか、こんなことになるなんて思いもしなかったよ。
こんな私が〈聖女〉なんて。絶対間違いだよね。教会の偉い人たちは間違いないって言ってるし、すっごく可愛いモフモフに懐かれるし、どうしよう。
えっ!? 聖女って給料が出るの!? なら、なります!! 頑張ります!!
両親大好きっ子平民聖女様と白いモフモフ聖獣様との出稼ぎライフ、ここに開幕です!!
昨日の敵は今日のパパ!
波湖 真
児童書・童話
アンジュは、途方に暮れていた。
画家のママは行方不明で、慣れない街に一人になってしまったのだ。
迷子になって助けてくれたのは騎士団のおじさんだった。
親切なおじさんに面倒を見てもらっているうちに、何故かこの国の公爵様の娘にされてしまった。
私、そんなの困ります!!
アンジュの気持ちを取り残したまま、公爵家に引き取られ、そこで会ったのは超不機嫌で冷たく、意地悪な人だったのだ。
家にも帰れず、公爵様には嫌われて、泣きたいのをグッと我慢する。
そう、画家のママが戻って来るまでは、ここで頑張るしかない!
アンジュは、なんとか公爵家で生きていけるのか?
どうせなら楽しく過ごしたい!
そんな元気でちゃっかりした女の子の物語が始まります。
運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)
ハイメくんに触れた
上本 琥珀
児童書・童話
電気が有って、飛行機が有って、スマホが有って、魔法もある世界。
そんな世界で、魔法学校に通うグラディスは、箒術の試験中に箒から落ちそうになった所を、学校の有名人ハイメが助けてくれたことで知り合いになり、優しい彼に惹かれていく。
グラディスは、一年の終わりにあるホリデーパーティーで、ハイメとパートナーになれるように頑張ることを決めた。
寮が違う、実力が違う、それでも、諦められないことが有る。
小さな王子さまのお話
佐宗
児童書・童話
『これだけは覚えていて。あなたの命にはわたしたちの祈りがこめられているの』……
**あらすじ**
昔むかし、あるところに小さな王子さまがいました。
珠のようにかわいらしい黒髪の王子さまです。
王子さまの住む国は、生きた人間には決してたどりつけません。
なぜなら、その国は……、人間たちが恐れている、三途の河の向こう側にあるからです。
「あの世の国」の小さな王子さまにはお母さまはいませんが、お父さまや家臣たちとたのしく暮らしていました。
ある日、狩りの最中に、一行からはぐれてやんちゃな友達と冒険することに…?
『そなたはこの世で唯一の、何物にも代えがたい宝』――
亡き母の想い、父神の愛。くらがりの世界に生きる小さな王子さまの家族愛と成長。
全年齢の童話風ファンタジーになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる