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第8話
しおりを挟むフィンキーはいなくなった。
私の婚約がなくなり、自分の結婚も消えた。
そして「傷物になったんだから結婚してやる」と我が家へ押し込み、捕まってひと知れず処刑された。
ああ、カルドラ家の二人は知っています。
クレイズが願い出たのです、「生かしていたら国家を滅ぼそうとしかねない」と。
私には新しい婚約者がすでにおり、学園の卒業後に婚約発表すれば間違いなく事件を起こす。
今度は私を害しかねない。
事件を未然に防ぐために処刑を願い出て、でも私を傷つけないために行方知れずとした。
私の婚約は父と伯父が嬉々として死にゆくフィンキーに伝えました。
私を傷物と言ったものの、私自身に傷はついていません。
だって相手は『十五年前の事件の関係者』だから。
その女に引っかかったソフィーとカルドラ家の名に傷はつき、停止しただけの妹の婚約をフィンキーが破壊した。
フィンキーは弟の婚約破棄で結婚を取り消された気の毒な男から、妹の婚約を壊した加害者となったことも伝えられた。
「ソフィー様とフィンキー様には感謝しておりますわ。わたくしを真実の婚約者と結びつけてくださったのですから」
「感謝しますよ。お嬢さんを貴族の義務だ、伯爵の息子だとゴリ押しして婚約した上に、大々的に婚約破棄まで演出してくれた。おかげで公爵の息子である俺でもお嬢さんに婿入りできます」
「でもいいのですか? 公爵家から降った上に公私共に父と一緒ですよ」
「構いませんよ。それでお嬢さんの婿になれるのですから」
私たちの婚約は両陛下の肝入り。
父も伯父も認めた婚約者。
私たちの婚約を前に貴族の権力で引き剥がしたのだ。
「お気付きですの? 公爵家と侯爵家の婚約を引き裂いてしゃしゃり出てきた伯爵家を叩き潰す絶好の口実を与えてくださったソフィー様とフィンキー様、そして前当主ゴスドル。よくまあ、お立場を弁えずに。伯爵家という私たちより下で爵位も持たない者が、両陛下が立ち会う予定の婚約を壊したもんだわ」
「そうね、三人の生命と引き換えにしても足りないから……ほら、城内地下処刑場で皆様がお待ちよ」
「さあ、舞台の準備はでき、役者も揃った。さて、誰が一番根性なしかなあ」
ギロチン台が六基、円を描くように配置され、すでに罪人の首が外側にセットされている。
国家叛逆罪に問われた元士爵夫妻、同罪と暴行罪に問われたソフィーとマリーナ夫妻、不敬罪に問われた前当主ゴスドル。
そして空いたギロチン台に不敬罪と不法侵入罪などで有罪となったフィンキーが首を固定された。
「さあ、お前たちには口にロープを咥えてもらおう。その先は隣のギロチンの刃に繋がっている。お前たちが口を開けば隣の首が落ちる。首が落ちた者が咥えたロープが離れ、さらに隣の首が落ちる。そうすれば最後に最初にロープを離した者の首が落ちる」
隣の者が自分の生命を握って、ああ違う『咥えて』いるのだ。
ただし救済がある。
「刑は九時から十六時の間としよう。十六時になればロープを台に固定し、お前たちを牢に戻す」
しかし、ただでさえ重いギロチンのロープを咥え続けるなど難しいだろう。
一日目、口の端がロープでこすれた。
日がたつにつれて、その傷はだんだん大きく深くなった。
ある日、傷が裂けて血を流したある人物が咥えたロープをすべらせて……
唯一の救いは、マリーナのお腹にいたはずの子が実在しなかったことだろう。
想像の産物だったのか、別の母胎に神が移したか。
七人目がいなかったことは幸せなことだった。
アンネローラは父の補佐で副隊長の婚約者と半年の婚約期間を経て結婚。
夫婦は仲睦まじく、伯父である宰相家に長男を、侯爵家は長女が継いだ。
クレイズは領地に戻り、次男のレゼントとのちにミュールの婿に入った義弟と共に領地の繁栄をもたらした。
レゼントは妻子をこよなく愛し、兄の補佐をしつつ妻子との時間を大切にした。
ミュールは領地に戻ったのち、教会や孤児院への支援を欠かさなかった。
そんな彼女は、王都からすべて投げ捨てて追いかけてきた無爵の若者と結婚をする。
子はできなかったものの、三人の孤児を引き取り、立派な若者に育て上げた。
ミュールを追いかけてきた若者はクレイズとレゼントの補佐となり、表舞台には一切現れなかった。
第二王子は……六人の罪人の死を見届けたのちに王宮からいなくなった。
王家はひとときののちに病による死と発表した。
わずかなものは知っている。
第二王子は愛に生きて愛に殉じたことを。
(了)
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