短編集

アーエル

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「私は見た目のいいおじ様を誰にも奪われたくなかっただけですわ」


再婚の許可を求めて公爵家に来たと聞いたときは驚いた。
当時はお茶会に参加して不在にしていた後悔と共に、お茶会を開いた伯爵夫人に腹を立てたものだ。
お茶会がなければ父親に再婚の許可を出させなかったから。

後妻を娶る理由に後継者をつくるという貴族としての義務がある。
しかし、子爵家には次期子爵となる子息をはじめとして3人の子供がいる。
先妻を亡くしてすぐで子供が幼いなら再婚それもあっただろう。
しかし、末の娘も先妻と死別したのは12歳、再婚話が浮上したときは15歳だ。


「まさかと思いますが……その連れ子の父親というのがおじ様だと言いませんよね?」

「ああ、それは違う」

「では……その連れ子を愛してると言い出しませんよね? 

「そんなことはない、と思う」


父とそんなやりとりがあったのちに「相手の連れ子と特別養子縁組を結びたい」と許可を求めてきたのだ。
さすがに娘の言葉を思い出した父は許可を出せず、様子を見ることにした。

その年から学園に通い始めたマキシスが言動と成績を残し、最終学年を留年しただけでなく翌年には退学し、1年遅れで入学した貴族学園でも卒業出来なかった。
たとえ周囲が信じなかったとはいえ主家の名を騙り、その令嬢の名誉を貶めた行為も許されるものではない。
それを理由に、サンド・レイ子爵はマキシスとの養子縁組を終了して後妻とも離縁した。
当主を交代し蟄居することで罰にする予定だったが、それをサンドレイ公爵が認めなかった。


「サンド・レイ子爵の罪はその程度で許されるような甘いものではない」


実は、父に許可を得られなかった子爵は、勝手に特別養子縁組の申請を貴族院に提出していたのだ。
その際、主家に最終確認書が届く。
サンド・レイ子爵のように頭領の許可なく提出される申請書が、のちに問題トラブルになることも多いからだ。
さらに子爵家当主の交代も主家の許可を得ずに貴族院に提出していた。
それを、まるではじめてこの場で申し出たように取り繕ってもいた。
そんな子爵は、貴族院に提出したはずの申請書に却下の印を押されて頭領から突き返された。
主家に対する裏切りが発覚した瞬間だった。

アンネリーナを始めとした3人の実子たちによる父の犯した罪の証言も後押しして、身の破滅を理解した彼は自死を選んだ。
主家への裏切りは死をもって償われる。
自死か刑死か。
裏切りに対して、当事者が償う方法はその二択のみだ。


「もう少し、父に常識があれば良かったのですが……」


アンネリーナが両手で包んだティーカップを悲しげに見つめる。
父親の罪を告発することで火の粉を小さくしたのだ。
そうしなければ、サンド・レイ子爵のにマキシスの名が登録されていただろう。
同時に出されていた特別養子縁組の申請書に母子の名が記載されていたものの、2人の名が逆に記載されていたからだ。


「本当にマキシスを愛していたのですね、


元子爵は死ぬことが出来ず、投薬による人体実験の被験者となっている。
彼はマキシスの死を知り、あとを追おうとしたのだ。

そんな勝手は許されない。


「マキシスは、ある意味幸せでしたわね」

「ええ。真に愛する方と生死を共にできたのですから」


その幸せが、たった一年だったとしても。
寄り添い手を繋ぎ、微笑んで死ねた2人はこれからも離れることがない。

同じ棺で葬られ、王家の廟に祀られているのだから。


「ある意味、負けましたわ」

「ええ。純愛に勝るものはありませんわ」


エーベリッカは膨らんだお腹をさする。
愛しい人との子。

国交のため、望まない相手と結ばれかけた婚約。
学園を卒業するまで保留にしてもらった。
もし正式に婚約が決まるなら、卒業をしないで死を選択していただろう。


「分かっているわ。公爵家に生まれた以上、国のために身を捧げる覚悟もあった……」


でも、幸せを求めてはいけないのだろうか。
愛し愛される関係なんてことは望まない。
ただ……人として尊敬できる人と結ばれたい。


「そう、願っただけ」


その役目はマキシスが果たした。
よってエーベリッカの婚約話は流れたのだ。

エーベリッカは夫を尊敬している。
周囲からは「堅物」と呼ばれるものの、コツコツと真面目に働いてきた彼を悪くいう人はいない。
逆に彼の言葉なら上司、それも大臣ですら「一考に値する」と尊重する。

侯爵位の大臣たちですら、伯爵位の彼を重宝するのだ。
婚姻を機に実家から与えられた領地経営のため、職を辞するときは大臣を筆頭に引き留められたほどだ。
年に二度、外部顧問として元職場の監査官をしている。


「それを休むと伝えたら大泣きしたんですって?」


社交界では有名になっているらしい。


「ええ。私の妊娠がその理由であり、辞職するのではなく出産後も落ち着くまで領地にいるだけだとお伝えしたら安堵されたそうですわ」


その話をして「何かあったら自分たちから訪ねてもいいか? って言われたよ」と苦笑した夫。
「ほかの監査官を頼ってくれ」と断ったらしい。
それでも押しかけるようなことをすれば、監査官の職も辞すると脅したそうだ。


「やあ、お義姉ねえさん。いらっしゃい」

「お邪魔していますわ」


サロンに現れた夫にアンネリーナが軽く頭を下げる。
夫の言うとおり、アンネリーナは兄のひとりと結ばれて私の義姉あねとなった。
そして、初産の私を気遣ってこうして会いに来てくれる。


「あら、お仕事は?」

「ん、ちょっと煮詰まったから癒されにきた」

「同じく」


夫の後ろから兄が顔を出す。
互いの妻の隣に座ると同時に抱きしめる。


「「栄養補給ぅぅぅ~」」

「お腹の子には愛情を補給してあげてくださいな」

「もちろん」


私を抱きしめる右手を腹部にあてて「愛情注入~」と微笑む夫。
愛情をもらったのが分かるのか、お腹の中で動く様子に幸せを感じる。

私に幸せを遺してくれたマキシス。
私があのままエレマンと結ばれたとしても、どちらも幸せにはなれなかっただろう。
きっと、私は幸せの中でマキシスに感謝して生きる。

それが、彼女の人生を狂わせた私の贖罪だから。



〈了〉
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