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第一章

第20話

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昼には学院より正式に『エステル・ボナレード伯爵令嬢の編入は取り消された』と伝えられた。それを聞いた特別科棟の女生徒たちは泣いていた。彼女たちは『気にしていないフリ』を続けていたが、心の奥では不安で怯えていたのだろう。それが安心できたことで、タガが外れて涙を止められなくなったようだ。
それはリリアーシュ嬢も同じだった。

「リリィ。もう大丈夫ですか?」

「はい。 ─── ご心配をおかけして申し訳ございません」

目の周りと白目まで赤くし、潤んだ瞳で俯くリリアーシュ嬢を抱き寄せる。此処はノイゼンヴァッハ家所有の馬車の中だ。
特別科の授業は昼で終了となった。女生徒たちの心身を考慮して、授業の続行が不可能と判断されたからだ。

「明日は学院も休みですからね。遅れた勉強の予習を一緒に致しましょう。それが終わったら一緒に休暇を楽しみましょう」

「はい」

「帰ったら昼食を食べて紅茶を頂きましょう。さすがに夕食までもちません」

私たちは昼食を食べ損ねていました。仕方がありません。授業が終わると同時に『伯爵令嬢の処分』が伝えられたのだから。私はウルに『昼食の持ち帰り』を指示して、すぐにリリアーシュ嬢の教室へと向かった。
やはり、一学年生は驚きと安堵から泣き出す女生徒たちが多かった。それだけ女生徒たちの心は深いキズを負っていたのです。『時間が解決してくれる』と多少楽観視していた教師たちもそれを痛感し、午後の授業を取り止めました。
 ただし、普通科は授業続行です。ほとんどの生徒が『遠目で見た』『騒いでいるのを見た』だけで、伯爵令嬢と直接関わっていないからです。

問題は社交界でしょうか。
すでに一学年生は社交界デビューをしています。もちろんエステルも。
お茶会の場合、招待しなければ良いでしょう。しかし、社交界は彼女が貴族である以上、参加が許されてしまいます。

リリアーシュ嬢の笑顔を守るためにも、義父と共に何か対策をしないといけませんね。


昼食後、リリアーシュ嬢は『領主経営学』を。私は『後継者教育』を受けていた。と言っても、私もリリアーシュ嬢と同じく座学。
今では『応用編』として『このような問題が起きた時にどう対処するのが最善か』という問題を受け取る。期限は1週間。
まず自分の考えを書き出す。その後、調べたことで問題解決に近い記録を書き出し、最後に『最善策』を書いて提出。
残念ですが ─── 1度も『最良』の評価を受けたことがありません。

「お嬢様とご一緒に『領主経営学』を学ばれてはどうでしょうか?」

「そうですね。考えてみます」

そう答えたものの、私は『後継者に相応しくない』と言われた気分になってしまいました。ですが、その執事の言う通りかも知れません。せっかくの助言を受け入れず、自身の能力に自惚れているのでしょう。

添削されて戻されたレポートを手に、私はリリアーシュ嬢の部屋へと向かいました。

「此方のレポートで何か気付いたことをお聞かせ頂きたいのですが」

「私で宜しければ」

リリアーシュ嬢はひと通りレポートを読まれて、小首を傾げて考え出した。

「殿下。宜しいでしょうか?」

「はい」

「この政策に『たみの保証』がございませんわ」

「民の保証、ですか?」

「はい。父が何時も申しております。『良き領主になりたいなら弱き領民のことを真っ先に考えられる者になりなさい』と。領民は『良民』とも言います。良き領主の下には良き民が集う。それを忘れてはいけない。私たち貴族は民を守るためにいるのだから、有事の時は真っ先に食糧庫を開けなさい。お金がなければ金庫を開けなさい。足りなければドレスでも家財でも売りなさい。人は着衣1枚でも生きていけます。ですが、食べ物がなければ、キレイな服を持っていても、たくさんのお金を持っていても飢えて死ぬだけ。あの世に金銀財宝は持っていけない。棺に入れても盗掘されるだけ。役に立たないものなど真っ先に手放しなさい。 ─── 私も、そんな父の後を継いで、良き領主になりたいと思っています」

リリアーシュ嬢の目指す『父の姿』に驚いてしまった。しかし、その話を聞いて改めてレポートを読み返す。レポートは『貴族目線』で国民のことが一切考えられていない。
だからこそ『領主経営学』を学ぶように言われたのか。

「リリアーシュ嬢、ありがとうございます。改めて書き直して義父上に提出します」

「殿下のお役に立てたのであれば嬉しゅうございます」



リリアーシュ嬢は、ここ数日見せることのなかった可憐な笑顔を浮かべて見せた。
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