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序章
第10話
しおりを挟む観覧席の彼方此方からは嗚咽が漏れていた。
たった三件の証言。それだけで十分だった。
いや。――― これ以上は重すぎた。
聞く側の心が耐えられないほどに・・・
ノルヴィスが立ち上がると、人々は嗚咽を抑えようとハンカチで口を覆う。
「皆の者。そして、辛い証言をこの場でしてくれた者たち。さらに、生命を奪われて証言する場を奪われた者たちやその家族に言わせてもらいたい。救うことが出来ずに申し訳なかった」
ノルヴィスは深々と頭を下げて、すべての人々に対して謝罪をした。
ノルヴィスは学院に入っている間、アマルスを始めとした『信頼できる側近』と巡り会えて、関係を強固なものとしてきた。
しかし、その間にも、沢山の涙が流され生命を奪われてきたのだ。
その事にノルヴィスはひどく心を痛めてきたのだ。
そのことを、そばに立つアマルスが一番見てきた。
その事に国民たちも気付いていた。
だからこそノルヴィスの治世を望んできたのだ。
国民たちは目を丸くし、次いで「頭を上げてください!」「陛下のせいではありません!」と口々に叫びだした。
「私はこの場で宣言する。王族は二度とこの様な悲劇を繰り返さないと。そして誓う。この国を、平和で豊かな国にすると」
頭を上げたノルヴィスは、高らかにそう宣言すると、「ノルヴィス陛下万歳!」「ゼリアに平和と繁栄を!」という叫び声が闘技場内外から上がった。
ノルヴィスは暫しその歓声を受けていたが、右手を肩まで上げると歓声が静まる。
「咎人たちに死を申し渡す。その前に、皆の者には『最後の制裁』を許す。時間に制限は持たない。制裁の希望者が誰もいなくなってから処刑を開始する」
「これより一時間の休憩とする。その後、咎人の制裁を始める。慌てずとも希望者全員に制裁する時間は与えられている。制裁後、未成人の入場は許可されていない。特に学院生はこれが『最後』になります。石を投げる以外に許されてはいないが、大なり小なりの『思い』はあるでしょう。この機会を逃せば『次』はありません」
ノルヴィスに続いて発せられたアマルスの言葉に、ノルヴィスは表情を変えないが『煽るな。煽るな』と心の中で苦笑する。
しかし、ゾルムスに『不満をぶつける』のは、これが最後だ。
学院で、目をつけられないように小さくなっていた学生も教師も多い。
その憎しみをぶつけることで、少しでも気持ちを軽くさせるつもりなのはノルヴィスでも分かっていた。
「陛下。退場を」
アマルスの言葉に頷くと、ノルヴィスは立ち上がり、青褪めて涙で濡れた顔で見上げている『弟だったもの』に目を向けた。
その目にはまだ、『兄が助けてくれる』という甘い希望を抱いているようだった。
「ゾルムス。お前には何度も注意をしてきた。その度にお前は周りの甘言に唆され、自らの過ちを顧みることをしなかった。それがこの結果だ。『国を正しく導ける』のなら、お前が国王につくのも許されただろう」
ノルヴィスの言葉に、ゾルムスが目を見開く。
何を勘違いしているのだろうか。
目には『希望』が浮かび輝いている。
『罪を許されて国王になれる』とでも思っているのだろうか。
「ちゃんと最後まで罪を償え」
勘違いを正すことなく、ノルヴィスは退場した。
アマルスの指示で刑場が『制裁の場』へと変えられていく。
縄を解かれたゾルムスたち7人は、すでに自らの力で立つことも出来ず、並べられた磔台まで引き摺られるように連れて行かれ、両手首を鎖に繋がれてぶら下げられた。
その姿を見た国民はいない。
すでに観覧席には人っ子ひとりいなかった。
すべての人たちが、制裁の順番を待つ列へと並んだのだ。
そんな中でも、ゾルムスは一縷の望みを持っていた。
『この罰を受ければ助けてもらえる』と。
――― この程度の罰で許されるのなら、数多くの人々が処刑されるはずがない。
ゾルムスはその事にも気付かず、国民たちからの『呪いの言葉』と石礫を受け続けたのだった。
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