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テオフィリル・シリル・ルウェリン
神子が現れた
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この世界は神子が存在する。国を統べる王は神が選び、神子の伴侶となる。
この世界は神子ありきなのだ。王族や臣下の貴族達は勘違いしている者もいるが、あくまで神子ありきの王なのである。
王族であっても王に指名されないこともある。平民から選ばれることもないわけではない。
また、神子が存在しない時期もある。王だけが存在して、神子が空位の時代はかなりあった。だから神子と王がそろった時、王が優秀なのだ、と勘違いしてしまうことはままあった。
最大に勘違いした王が無理やり儀式をし、神子を自殺に追いやったことがあった。また、神子が王以外を伴侶に選ぶこともあった。伴侶を選ばないこともあった。神子の意思が優先なのだ。
王と神子は引かれ合う相性を持ってはいるが実際に伴侶になれる者は半数より少し多い程度だった。
なぜなら神子は一度自分の世界で死を経験しており、家族とも、恋人であった者にも会えなくなる。
呼ばれた神子が恋人や伴侶を持っていた場合、この世界を受け入れてはくれるが王を受けいれることはほぼなかった。
この世界を安定させるのは神子の神気、神子の心のありようだ。だから王は神子を気遣わなければいけない。この世界にただ一人降り立った神子を支えなければいけないのだ。
私、テオフィリル・シリル・ルウェリンが、王に指名されたという神託を授けてくれた神官長は神子を迎える心構えをかなりの時間割いて叩き込んでくれたのだった。
神子が現れるという神託を得て、神子が現れるという神子の間に迎えに行く者を選抜した時、最小限にして欲しいと頼んだのは私だ。そのため、神官長と、神子の世話をするそば仕えの少年と私だけで迎えることになった。
神子が現れた瞬間の心境は王になった者にしかわからないと思う。
光が神子の間に満ち、収まった時、一人の青年が身を横たえていた。この世界に存在しない髪の色を纏ったその青年は紛れもなく神子であった。
重傷を負っており、神官長が治癒を施した。血で汚れた服を着替えさせて神子のために用意された離れの寝室に運び込んだ。もちろん抱いて運んだのは私だ。小さくてかわいらしいぷくりとした体形の神子。その身に纏った神気が輝いて眩しい。早く目を開けて私を見て欲しい。そう、願った。
神官長にも側仕えにも着替えは手伝わせなかった。
神子の目が覚めたのは一週間後だった。聞いてすぐ、会いに向かった。もう寝ていたがそっと髪に触れてホッとした。その翌日意識のはっきりした彼を見て私は運命だと思った。
声も、性格も好ましかった。特に愛しく思えたのは瞳だった。黒い宝石のような瞳。しっかりと誠実に私を見てるその視線。迎合も嫌悪も打算もなにも浮かんでない、その美しい瞳に、私はすぐに恋に落ちた。
触れて自分のものにしたいと、感情が私を揺さぶる。しかし、それを無理強いしてしまえば、過去の王と同じになる。そこは我慢しなければいけないだろう。
そう思っていたが、神子、ハルヒサはお試し期間、と称して、私に通ってこいとそう言ったのだ。
側仕えの少年からは殺気を感じたが、私は浮かれて王宮の自室に戻ったのだった。
「陛下、ずいぶんと上機嫌ではありませんか。」
翌日、王宮の執務室で、山ほどの書類と向き合っていると、宰相が声を掛けてきた。私の幼馴染で頭脳だけはこいつに敵う者はいない。出世も早く、歳を取った宰相が退くとこのゼピティリス・フェンダートがその地位に収まった。
私を支えてやる、と豪語した通り、文官職の頂点に収まったのだから傑物と言えよう。紺色の髪と目のひょろりと高い背を持つ、涼やかな優男ぶりが相当もてていると聞いている。
私と言えばどちらかというと武に寄っていて、魔物が出れば飛んでいって退治していたので、この幼馴染からは脳筋と言われている。
『見た目はクールな落ち着いた男なのに、どうして脊髄反射で動くのか理解できない。脳筋だからか。少しは身の安全を考えろ。王族だろうが。』
たまたま大物が出て死にかけて血だらけで帰って来た時にそう言われた。
いや、充分に安全に気をつけてたんだが、どうも私のいう安全と彼のいう安全は違うらしい。
「明日から神子の神殿に通うことになった。」
どうやら私は顔がゆるみきっていたらしい。
「顔引き締めろ。見れたもんじゃない。くれぐれも襲うなよ。」
図星を突かれて、慌てた。
「な、するわけがなかろう。」
ティリスは肩を竦めて大げさに頭(かぶり)を振った。
「いや、お前の下半身は節操がないから信用できない。」
なんだと。
「言っておくが誘われたことはあっても誘ったことはないぞ。それに私は慎み深いんだ。誤解するな。」
俺は王族でも末端の血筋で王になるとは思わず、冒険者にでもなろうか、と思っていた学生時代。私はモテた。
男女問わず誘いがあった。私もそこそこ好意を持てる者の誘いに乗ったことはある。奴はそれを言っているのだろう。しかしながら、最後までできたことはない。もう一度言う。最後までしたことはないのだ。
言えるか、童貞なんて。
これには理由があって、魔力の相性というものがある。大なり小なり、皆魔力を内に抱えていて、魔力の色や特性は千差万別だ。相性のいいもの同士だと、儀式はとんでもなく、甘美な物になるという。
私は生来膨大な魔力量を持ち、どの属性の魔法も使うことのできる全属性の持ち主だ。おかげで身体強化の持続時間が長く、また、物理の効かない相手に魔法をぶっ放すことでかなりの戦果を叩きだしているが、まあ、それはいい。
実はそれが一因なのか、私には魔力や魔素が見える。この目を持つのはまれで、ほとんどいないと言っていい。そのせいか、相手の考えていることが色でわかる時がある。まあ、儀式に誘うような相手はピンク色か怪しい紫、危険なことを考えてるのは赤。友好的なのは青、といった具合だ。腹黒い奴は本当に濁った色が裡に見える。下種な奴は黒いのだ。
肌を合わせた時、打算を持つ者の魔力は耐え難い苦痛で、途中で相手を置いて部屋から出てしまうこともあったから、酷い奴と呼ばれてるのは知っている。まあ、そんな理由か何かは知らないが私と魔力の相性がよかった奴は一人もいない。そのため、今はもうあきらめているから誘いにはここ数年のっていない。もちろん王に任命された時にも群がってくる奴らはいたが、無視した。
まさか王に任命されるとは思ってなかったので心得とか叩き込まれて、今さらながらの勉強に辟易していた。神子が伴侶になる王だが、私の代で下りてくるとは、思えなかったので期待していなかったが王になってしばらくすると啓示があった。
はっきり言って、戸惑った。神子と相性が悪かったらどうしようと思ったが、彼の魔力は輝いていて、心地いい。近づくといい香りがして、うっかり抱きしめてしまいたい衝動にかられて仕方がない。
「ごほん」
はっ妄想に入っていた。
「その鼻の下を伸ばした様子では、さっきの言葉は信じられないな。無理やりはやめろよ。絶対だからな。」
そう言って奴は出て行った。何しに来たんだ、お前。書類の一枚も片付けろよ。
くそ。早く尋ねたいのに、書類の山は減ってはくれなかった。
神子の神殿に行くには二通りある。地上を行って、正面から尋ねる道と、王専用の隠し通路を使っていく方法だ。隠し通路の方が断然早い。なぜなら転移魔法陣が設置してあるからだ。神子の神殿は特別で、王宮のある場所からはかなり離れている。政務を終えてから普通に向かっていては真夜中になってしまうのだから。
私は、神子の神殿の転移陣へと飛んできた。王である私と神子にしか開かない扉を開けて、通路に出る。ここは離れの端にある地下室の通路だ。すぐにある階段を上ると神子の部屋に近い通路に出る。
神子の神殿は最低限の人数しか留め置かない。神子に接するものは今は側仕えの少年だけだ。もちろん食事や神殿の維持に必要な者は毎日働いているが、神子の目に触れないよう、かなり気を使って動いている。ゆっくりと環境に慣れてもらって、短慮を起こす危険性を排除したい考えからだ。
もう神子殿はお休みになっているかもしれない。寝ていたら素直に引き返そう。
側仕えの少年を見つけて(すごく嫌そうな表情をしていたが)案内してもらった。
神子殿はくつろいでソファーに座っていた。ああ、なんて可愛らしい。寝巻のようでゆったりした襟元から白い素肌が見えて眩しい。
風呂を勧められた。これはもしや、一緒に入ってくれるのではと期待したが、無理と断られた。が、次回の約束を取りつけられたのはよかった。
つい抱きしめてしまったら甘い匂いにくらくらした。用意されたお風呂は薬湯で疲れた身体に心地よかった。
湯から出て、神子殿の部屋に戻ると晩酌が用意されていた。隣に腰をおろして乾杯をした。神子殿の体温を感じる場所だ。ついこめかみにキスをしてしまった。お互いに相性で呼ぶことになって舞い上がってしまった。真っ赤になった神子殿が可愛い。だからすっとその言葉が口から出た。
「可愛いね。ハル…」
そのまま口付けた。拒まれなかったことに私は安堵して、己の魔力を注ぐようにして、深く唇を合わせた。拒否がなかったのは初めての事で硬直していたからとあとで本人から聞くのだがその時の私は余裕がなく、受け入れてもらえたのだとそのままもつれ込むつもりで、力が抜けてしまった神子殿を愛しく思って抱きしめた。
「ハル…」
愛しさに名前を呼ぶ。神子殿の身体が震えた。
「…あ。…ま、待って…その、待って。」
神子殿が私をそっと手でおしやった。ハッとして力を抜いた。
「…こ、ここまでに。お願い。」
涙目で訴えてくる神子殿に、さっと血の気が引いた。私はなんてことを。
『無理やりはやめろよ。絶対だからな。』
あいつの言葉がよみがえった。思い切り落ち込んだ私に神子殿は優しかった。
「もう少しお酒飲んだら寝ましょう?その、明日は少し庭の散策に付き合って欲しいかな。王様としてのお仕事が忙しいと思うけど。」
一気にテンションが上がった。嫌われてはいないんだと、そう思えた。嬉しさに頷く私を神子殿は優しい目で見ていた。
神子殿はお酒は苦手らしい。果実を搾ったものを飲んでいた。今日の仕事の事などを話して、夜が更けていく。
「テオ、そろそろ寝ませんか?その、一緒の寝台でいいでしょうか?」
ソファーから立ちあがって私の手を引く神子殿は目元を赤くしていた。
神様、私は地獄を見ないといけないのでしょうか。
手を引かれて一緒の寝台に潜り込んだ私はお休みのキスを額にして、一応断って抱きしめて寝た。
眠れないかと思ったが酒が入っていたのもあってしばらくすると寝てしまったようだった。何かいい夢を見た気がしたが覚えていなかった。
この世界は神子ありきなのだ。王族や臣下の貴族達は勘違いしている者もいるが、あくまで神子ありきの王なのである。
王族であっても王に指名されないこともある。平民から選ばれることもないわけではない。
また、神子が存在しない時期もある。王だけが存在して、神子が空位の時代はかなりあった。だから神子と王がそろった時、王が優秀なのだ、と勘違いしてしまうことはままあった。
最大に勘違いした王が無理やり儀式をし、神子を自殺に追いやったことがあった。また、神子が王以外を伴侶に選ぶこともあった。伴侶を選ばないこともあった。神子の意思が優先なのだ。
王と神子は引かれ合う相性を持ってはいるが実際に伴侶になれる者は半数より少し多い程度だった。
なぜなら神子は一度自分の世界で死を経験しており、家族とも、恋人であった者にも会えなくなる。
呼ばれた神子が恋人や伴侶を持っていた場合、この世界を受け入れてはくれるが王を受けいれることはほぼなかった。
この世界を安定させるのは神子の神気、神子の心のありようだ。だから王は神子を気遣わなければいけない。この世界にただ一人降り立った神子を支えなければいけないのだ。
私、テオフィリル・シリル・ルウェリンが、王に指名されたという神託を授けてくれた神官長は神子を迎える心構えをかなりの時間割いて叩き込んでくれたのだった。
神子が現れるという神託を得て、神子が現れるという神子の間に迎えに行く者を選抜した時、最小限にして欲しいと頼んだのは私だ。そのため、神官長と、神子の世話をするそば仕えの少年と私だけで迎えることになった。
神子が現れた瞬間の心境は王になった者にしかわからないと思う。
光が神子の間に満ち、収まった時、一人の青年が身を横たえていた。この世界に存在しない髪の色を纏ったその青年は紛れもなく神子であった。
重傷を負っており、神官長が治癒を施した。血で汚れた服を着替えさせて神子のために用意された離れの寝室に運び込んだ。もちろん抱いて運んだのは私だ。小さくてかわいらしいぷくりとした体形の神子。その身に纏った神気が輝いて眩しい。早く目を開けて私を見て欲しい。そう、願った。
神官長にも側仕えにも着替えは手伝わせなかった。
神子の目が覚めたのは一週間後だった。聞いてすぐ、会いに向かった。もう寝ていたがそっと髪に触れてホッとした。その翌日意識のはっきりした彼を見て私は運命だと思った。
声も、性格も好ましかった。特に愛しく思えたのは瞳だった。黒い宝石のような瞳。しっかりと誠実に私を見てるその視線。迎合も嫌悪も打算もなにも浮かんでない、その美しい瞳に、私はすぐに恋に落ちた。
触れて自分のものにしたいと、感情が私を揺さぶる。しかし、それを無理強いしてしまえば、過去の王と同じになる。そこは我慢しなければいけないだろう。
そう思っていたが、神子、ハルヒサはお試し期間、と称して、私に通ってこいとそう言ったのだ。
側仕えの少年からは殺気を感じたが、私は浮かれて王宮の自室に戻ったのだった。
「陛下、ずいぶんと上機嫌ではありませんか。」
翌日、王宮の執務室で、山ほどの書類と向き合っていると、宰相が声を掛けてきた。私の幼馴染で頭脳だけはこいつに敵う者はいない。出世も早く、歳を取った宰相が退くとこのゼピティリス・フェンダートがその地位に収まった。
私を支えてやる、と豪語した通り、文官職の頂点に収まったのだから傑物と言えよう。紺色の髪と目のひょろりと高い背を持つ、涼やかな優男ぶりが相当もてていると聞いている。
私と言えばどちらかというと武に寄っていて、魔物が出れば飛んでいって退治していたので、この幼馴染からは脳筋と言われている。
『見た目はクールな落ち着いた男なのに、どうして脊髄反射で動くのか理解できない。脳筋だからか。少しは身の安全を考えろ。王族だろうが。』
たまたま大物が出て死にかけて血だらけで帰って来た時にそう言われた。
いや、充分に安全に気をつけてたんだが、どうも私のいう安全と彼のいう安全は違うらしい。
「明日から神子の神殿に通うことになった。」
どうやら私は顔がゆるみきっていたらしい。
「顔引き締めろ。見れたもんじゃない。くれぐれも襲うなよ。」
図星を突かれて、慌てた。
「な、するわけがなかろう。」
ティリスは肩を竦めて大げさに頭(かぶり)を振った。
「いや、お前の下半身は節操がないから信用できない。」
なんだと。
「言っておくが誘われたことはあっても誘ったことはないぞ。それに私は慎み深いんだ。誤解するな。」
俺は王族でも末端の血筋で王になるとは思わず、冒険者にでもなろうか、と思っていた学生時代。私はモテた。
男女問わず誘いがあった。私もそこそこ好意を持てる者の誘いに乗ったことはある。奴はそれを言っているのだろう。しかしながら、最後までできたことはない。もう一度言う。最後までしたことはないのだ。
言えるか、童貞なんて。
これには理由があって、魔力の相性というものがある。大なり小なり、皆魔力を内に抱えていて、魔力の色や特性は千差万別だ。相性のいいもの同士だと、儀式はとんでもなく、甘美な物になるという。
私は生来膨大な魔力量を持ち、どの属性の魔法も使うことのできる全属性の持ち主だ。おかげで身体強化の持続時間が長く、また、物理の効かない相手に魔法をぶっ放すことでかなりの戦果を叩きだしているが、まあ、それはいい。
実はそれが一因なのか、私には魔力や魔素が見える。この目を持つのはまれで、ほとんどいないと言っていい。そのせいか、相手の考えていることが色でわかる時がある。まあ、儀式に誘うような相手はピンク色か怪しい紫、危険なことを考えてるのは赤。友好的なのは青、といった具合だ。腹黒い奴は本当に濁った色が裡に見える。下種な奴は黒いのだ。
肌を合わせた時、打算を持つ者の魔力は耐え難い苦痛で、途中で相手を置いて部屋から出てしまうこともあったから、酷い奴と呼ばれてるのは知っている。まあ、そんな理由か何かは知らないが私と魔力の相性がよかった奴は一人もいない。そのため、今はもうあきらめているから誘いにはここ数年のっていない。もちろん王に任命された時にも群がってくる奴らはいたが、無視した。
まさか王に任命されるとは思ってなかったので心得とか叩き込まれて、今さらながらの勉強に辟易していた。神子が伴侶になる王だが、私の代で下りてくるとは、思えなかったので期待していなかったが王になってしばらくすると啓示があった。
はっきり言って、戸惑った。神子と相性が悪かったらどうしようと思ったが、彼の魔力は輝いていて、心地いい。近づくといい香りがして、うっかり抱きしめてしまいたい衝動にかられて仕方がない。
「ごほん」
はっ妄想に入っていた。
「その鼻の下を伸ばした様子では、さっきの言葉は信じられないな。無理やりはやめろよ。絶対だからな。」
そう言って奴は出て行った。何しに来たんだ、お前。書類の一枚も片付けろよ。
くそ。早く尋ねたいのに、書類の山は減ってはくれなかった。
神子の神殿に行くには二通りある。地上を行って、正面から尋ねる道と、王専用の隠し通路を使っていく方法だ。隠し通路の方が断然早い。なぜなら転移魔法陣が設置してあるからだ。神子の神殿は特別で、王宮のある場所からはかなり離れている。政務を終えてから普通に向かっていては真夜中になってしまうのだから。
私は、神子の神殿の転移陣へと飛んできた。王である私と神子にしか開かない扉を開けて、通路に出る。ここは離れの端にある地下室の通路だ。すぐにある階段を上ると神子の部屋に近い通路に出る。
神子の神殿は最低限の人数しか留め置かない。神子に接するものは今は側仕えの少年だけだ。もちろん食事や神殿の維持に必要な者は毎日働いているが、神子の目に触れないよう、かなり気を使って動いている。ゆっくりと環境に慣れてもらって、短慮を起こす危険性を排除したい考えからだ。
もう神子殿はお休みになっているかもしれない。寝ていたら素直に引き返そう。
側仕えの少年を見つけて(すごく嫌そうな表情をしていたが)案内してもらった。
神子殿はくつろいでソファーに座っていた。ああ、なんて可愛らしい。寝巻のようでゆったりした襟元から白い素肌が見えて眩しい。
風呂を勧められた。これはもしや、一緒に入ってくれるのではと期待したが、無理と断られた。が、次回の約束を取りつけられたのはよかった。
つい抱きしめてしまったら甘い匂いにくらくらした。用意されたお風呂は薬湯で疲れた身体に心地よかった。
湯から出て、神子殿の部屋に戻ると晩酌が用意されていた。隣に腰をおろして乾杯をした。神子殿の体温を感じる場所だ。ついこめかみにキスをしてしまった。お互いに相性で呼ぶことになって舞い上がってしまった。真っ赤になった神子殿が可愛い。だからすっとその言葉が口から出た。
「可愛いね。ハル…」
そのまま口付けた。拒まれなかったことに私は安堵して、己の魔力を注ぐようにして、深く唇を合わせた。拒否がなかったのは初めての事で硬直していたからとあとで本人から聞くのだがその時の私は余裕がなく、受け入れてもらえたのだとそのままもつれ込むつもりで、力が抜けてしまった神子殿を愛しく思って抱きしめた。
「ハル…」
愛しさに名前を呼ぶ。神子殿の身体が震えた。
「…あ。…ま、待って…その、待って。」
神子殿が私をそっと手でおしやった。ハッとして力を抜いた。
「…こ、ここまでに。お願い。」
涙目で訴えてくる神子殿に、さっと血の気が引いた。私はなんてことを。
『無理やりはやめろよ。絶対だからな。』
あいつの言葉がよみがえった。思い切り落ち込んだ私に神子殿は優しかった。
「もう少しお酒飲んだら寝ましょう?その、明日は少し庭の散策に付き合って欲しいかな。王様としてのお仕事が忙しいと思うけど。」
一気にテンションが上がった。嫌われてはいないんだと、そう思えた。嬉しさに頷く私を神子殿は優しい目で見ていた。
神子殿はお酒は苦手らしい。果実を搾ったものを飲んでいた。今日の仕事の事などを話して、夜が更けていく。
「テオ、そろそろ寝ませんか?その、一緒の寝台でいいでしょうか?」
ソファーから立ちあがって私の手を引く神子殿は目元を赤くしていた。
神様、私は地獄を見ないといけないのでしょうか。
手を引かれて一緒の寝台に潜り込んだ私はお休みのキスを額にして、一応断って抱きしめて寝た。
眠れないかと思ったが酒が入っていたのもあってしばらくすると寝てしまったようだった。何かいい夢を見た気がしたが覚えていなかった。
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