おっさんが神子って冗談でしょう?

佐倉真稀

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古池悠久

神子になりました。

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 俺は嫌われている。なんせ、チビデブハゲの31歳独身のおっさんだ。
  満員電車に乗ろうものなら女性から嫌悪の目で見られるし、会社でも女子社員は極力自分に近づかない。
 道を歩けば女子高生がキモイと呟くし、親しい友人もいない。俺の友達はネットの世界と本にしかいない。
 もちろん恋人もいないから童貞だ。一生多分孤独のまま過ごすのだろうと、覚悟は決めている。

 今勤めている会社は所謂ブラック企業で、残業が月100時間を超しても、残業手当も代替休暇もない。
 労働基準法なんて何それ美味しいのだ。ここのところは食事も満足にとれないから、少しは痩せたみたいだが、タヌキ腹は健在だ。

(せめてアニメぐらいみたいよな)
 家に帰っても寝て起きるくらいしかない。最近は帰ってもいない。風呂にさえ入ってない気がする。ああ、なんか、めまいがしてきた。
 ぐらりと足元が揺れた気がした。

 あれ?地震か?
 もうとっぷりと日の暮れたというのもおこがましい深夜の会社で俺は残業中だ。他の部署でも何人かは残っているが、俺の部署は俺だけだ。
 なんせ、次々と辞めていくので、最終的な確認はベテランの俺がしないと、仕事が終わらない。
 任せられる同僚が欲しいが、そんな人材はこの会社にいついてくれはしないだろう。
(俺、どうしてこの会社を辞めないんだろうな)
 足元が大きく揺れるその最中にふっとそんなことを思って、俺の意識は途切れたのだった。

 目が覚めたら知らない天井でした。

 オイ。ラノベか。

 自分で突っ込む前に状況を把握しないと。
 残業中地震が起きた。
 意識を失った様子。
 寝かされている。

 病院か?

 それにしては静かだな。ふと、寝ている自分の状況を見る。
 いい匂いのする、ふかふかのベッドで寝かされていた。地震でどっかに頭をぶつけでもして、病院に運ばれたのかと思ったが、どうも様子が違う。寝台は天蓋付きだった。
 そこから見える部屋の内装はなんていうか、中世の貴族の部屋のようだった。お姫様がいるようなそんな部屋だった。
 身体を起こすと、人の気配がした。

「お目覚めになられましたか?」
 ややトーンの高い少年らしき声がした。俺は、寝台から出て声のする方を探した。

「あ、あの…ここはどこですか?」
 ふと自分を見ると、バスローブのようなガウンのようなものを着ていた。絹のような光沢のある生地で軽くて肌触りがよかった。どうやら下着は着ていないようだった。

(え、俺、着替えさせられてる!?俺のみっともない裸、見られちゃってる!???)

 俺はその場でパニックになると、寝台のそばで立ちすくんだ。

 目の前に水色の髪の少年がいた。
 水色!?
 中学生くらいの少年だ。ヨーロッパ中世のような、ブラウスにベスト、キュロットにブーツだ。髪は長く後ろでまとめられている。かなりの美少年だ。彼は跪いて頭を下げた。

「神子様。ご気分はいかがでしょうか?お水をお持ちいたしますか?」

 え?

「俺の名前は古池悠久だけど。ミコってなに??女じゃないよ、俺は。」
 一瞬彼の顔がきょとんとなるが、すぐに笑みを浮かべた。

「コイケハルヒサ様ですね!!私はツォ―と申します。貴方様の身の周りのお世話を申しつかっております。よろしくお願いいたします。もちろん男性であらせられるのはわかっております。ミコとは神の子を表す言葉です。」

 にこにことしている彼に俺は気圧されて頷いた。
 え、巫女じゃなく神の子で、それが俺?どういうことだよ。それに俺に敬語とか。俺なんて嫌われ者のオタクなんだから…。

「えっと、全然状況がわからないんだけど、説明してもらえる?俺がどうしてここに寝ていたのかとか、ツォ―君が俺の世話をすることになっているのかとか…あと俺はハルヒサで構わないよ。」

 しゃがんで彼の顔を覗き込むようにして言った。あ、俺みたいなおっさんが、近づいたら気持ち悪いかな。ああ、彼の顔が赤くなっている。

「は、はい…み…ハルヒサ様。では、あちらにお茶の支度をいたしますので、しばしお待ちください。」
 彼は背後の扉を示して、そこを開けてくれた。寝室の隣の部屋はリビングのようだった。
 壁に絵画が飾ってあり、柱に装飾がある。シャンデリアが上からつるされている天井が高い。
 ヨーロッパの貴族の館のようだ。ダイニング用のような2人がけのテーブルセットと、応接室にあるような4人掛けのソファーとローテーブル、広くて10畳以上はありそうだった。
 低い背丈の棚と、大きな窓。カーテン越しにバルコニーが見えた。今は昼間のようだった。
 彼にソファーを勧められて座る。彼は一旦部屋を出ていくと戻って来た時はワゴンに茶器を乗せて戻ってきた。お茶受けのクッキーも一緒に。
 紅茶は香り高く甘みがあった。とても美味しい紅茶で、気分が落ち着いた。

「ハルヒサ様は神子様として、タリア神様にこの世界に呼ばれたのです。この世界はハルヒサ様の住んでいた世界とは違う世界です。この世界はラウ神様が創造し、伴侶であるタリア神様が生きとし生けるものを生み出し育てました。ラウ神様はこの国の王を選び、タリア神様はこの世界に安定と繁栄をもたらす神子様を異世界からお呼びになるのです。王様と神子様は伴侶となってこの国を護ってくださるのです。」
 ツォ―は静かに語りだした。

「ラウタリア、とこの世界は人族に呼ばれています。この王国は、神様の名をいただきラ―リア王国と名付けられました。大陸は一つしかなく四方に国があります。北は獣人の世界、南は魔族の世界、東が人族の世界で西が亜人の世界です。大陸の中心地に聖域があり、何人もそこを侵すことは許されません。人族の国は帝国、王国、共和国、小国連合に別れていますが神子様が降臨するのは我が王国のみです。ここは神殿の中にある、神子様の居住区になります。」

 俺はいろいろと驚きすぎて口を開けて説明を聞いていた。驚きすぎて!!(大切なことなので二度いいました)だって、異世界って言っちゃってるじゃん!王と伴侶になるってなんだよ!?俺男だっての!しかもおっさんで三重苦!無理だろ。

「えっと、いろいろ突っ込みどころはあるけれど、とりあえず質問。俺は自分の世界に帰れるの?」
 聞いた途端にツォ―の表情が曇って俯いた。
「…元の世界にお帰りになられた神子様は記録を見る限りいらっしゃいません。その、こちらにいらっしゃる神子様には共通点があって、神子様の世界では命の灯が消える寸前の方が、呼ばれると…そのため、戻ることはできないということです。」

 …ああ。では意識を失ったのはそういうことだったのか。地震か、それとも過労による突然死だったかはわからない。意識が途切れたのは、死を迎えようとしていたということなのか。

「俺、男なんだけど、王様も男だよね。伴侶は無理なんじゃないかな。」
 とりあえず俺の年と外見の事は置いておく。

「男で何がいけないのです?神子様の世界における妊娠出産というものはこちらの世界ではないんです。子供は愛し合う二人が神に願って初めて神から与えていただける存在なのです。」

 はい???

「もちろん子供を授かる儀式は必要になりますが、愛情を神様に知らせる行為ですので、夫婦となったものは日々儀式に余念がありません。」

 え、えっとそれって…。俺は顔が赤くなるのを感じた。

「子供が授かった夫婦は、神々から祝福された夫婦とされて、大変尊敬されるのです。どうも異世界の神子様方はなじみがないようなのでかなり驚かれますが。」

 そりゃ驚くよ。コウノトリが運んでくるってのに近いよ。この場合は神だけど。え、男も出産するの?

「聖域があるのですよ。子供が欲しいと願う夫婦が祈りを捧げる場所があるのです。1年かけてそこに祈りを届け、聞き届けられたらそこに子供が授けられるのです。この世界に慣れましたらお連れしますよ?」

 出産はないようです。ええ~。

「えーと、俺の世界は女の人が産むというか、身体の中で育てて外に吐き出すというか、そんな感じで、女の人しか子供は産めないから、ちょっとびっくりしたよ。」

 俺は苦笑しつつ、この世界は異世界なんだなと実感した。

「ああ、私どもも知識としては伝えられてはいますが、ちょっと想像がつきません。」
 俺は笑った。
「お互い様ってことだね。」

 紅茶を俺は飲んで、ツォ―を見た。その眼にはきらきらとした光が見えて、なんだか照れくさい。憧れのアイドルを見るファンのようなそんな目だ。俺の姿をキモイとか思わないんだろうか。

「なんか、悪い気がするね。そんな素晴らしい神子が俺のような男で。おっさんだし。返品可だったらよかったのにね。」
 ツォーはびっくりしたような顔をして、首を横に振る。
「何をおっしゃっていますか。ハルヒサ様はとてもチャーミングな方です。お仕えできてとても光栄です。」
 あれ?なんか本気っぽいぞ。もしかして美醜の基準違うとか。まさかね。
「あ、ありがとう。その、ちょっと休んでいいかな。少し疲れたみたい。いろいろ気持ちを整理したいし。」
 ツォ―は頷いて、頭を下げた。

「かしこまりました。何かありましたら、そちらのベルでお呼びください。」

 俺は頷いてありがとうと言って、ベッドのある部屋に戻って、そのやわらかな寝具に身を沈めた。

 ほんと、俺が神子なんて不憫すぎる。王様がきっとがっくりきちゃうよ。俺は男の伴侶になるつもりはないけど、それが王様の役目だったら、いろいろ葛藤があると思うな。
 ああ、タリア神様、何故女の子を呼ばなかったんでしょうか。俺はミスキャストだと思います。

 そんなことを考えていたらいつのまにか寝入ってしまった。優しい手に、そっと撫でられたような気がしたが、気のせいだろうと思った。

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