蒼銀の竜騎士

佐倉真稀

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竜騎士団の始まり

始まりの竜騎士

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 夕飯は、大魔導士が出してくれた。私たちの部屋の執務室で、4人で食べた。食事はここにいる間、大魔導士が出してくれるそうだ。
 どうしよう、舌が肥えてしまう。
 ドナートは新しい料理が出るたびにレシピを教えてもらってメモしていた。ドナートはどこに向かっているんだろうか。
 勇者は私の護衛のつもりのようだった。多分二人が一緒だから私は自由にさせてもらえているのだろう。
 あるいは、竜騎士になるための支援の一つかもしれない。

 夜は当然のように二人でベッドに入った。
「ワイバーン、結構狂暴そうだったね。あれを御すのか。」
 ドナートの胸に顔を寄せて呟くと、ドナートは髪を梳くように頭を撫でた。
「ずっと師匠があほだの馬鹿だの言ってるから、あんまり怖いと思えなくなっているけどな。」
 ドナートがくすくすと笑いながら言う。そういえば馬より知性がないと言っていた。
「でもスキルがない者にも御せるようにするのがあの騎乗具、なんだろう? 俺達、竜種支配を持っているけれど。」
「僕は自信がない。グレアム師匠のように冷静に言葉を紡げるだろうか。」
「初めて対面したんだ。経験がないだけで、経験を積めば出来るようになるんじゃないか?」
 ドナートは額にキスしてくれた。あやすように背中も撫でてくれる。
「そうだな。頑張ろう。」
 ぎゅっとしがみつくようにして、私は眠りに落ちた。

 翌朝、大魔導士に竜の卵をドナートとともに渡された。透明なケースに入っていて、ケースの下の方についている魔石に毎日魔力を流せと言われた。
 皮袋に入れて、腰に括りつけた。

 竜舎に向かうと騎乗具を付けてない個体はいないようだった。
 もしかして、間引いたのか。
 大魔導士とともに竜舎の前の広場に向かう。
 中から警戒したのか、ワイバーンが続々と出てきた。
 ぎゃあぎゃあと威嚇する様はさすがに災害級の魔物だった。
 足が少し震えた。

「さて、と、とりあえず、クエン、支配してみろ。」
 大魔導士はこともなげに言うと、ぎこちなく私は頷く。
『我に従え』
 かなりの魔力を持っていかれてふらつく。後ろからドナートに支えられて、ポーションを飲んだ。
 ワイバーンは私に平伏した。

「あ……」
 それは異様な光景で、竜騎士になる、と憧れで言っていたことが徐々に現実味を帯びてきた実感があった。

「よし、縛ったな。じゃあ、クエン、これを付けて気に入った奴に乗ってみろ。」
 帽子のようなものと、胸あてを渡された。その場で装着する。
 ぐるりと見渡して、興味深そうな目でこちらを見ていたやや小さめの一体にした。

 そっと触れる。喉を鳴らすのみで慣れた猫が目を細めるような表情だった。首元につけられた鞍に座ろうと鐙に足をかけた。乗りやすいように体を下げてくれる。
「乗れたな。そのベルトを括り付けろ。安全帯だ。ただワイバーンがやられて落下するときは外せ。そのボタンを押すとすぐに外れる仕組みになっている。」
 初めてみる留め具に戸惑っていると、笑って大魔導士がはめてくれた。
「悪い、こっちにはシートベルトってのはなかったわ。」
 首を傾げていると、外すボタンはここ、と実演してくれて、ただ押すだけでベルトが外れる仕組みに感心した。
 その間、ワイバーンは大人しくしていて、何の問題もなかった。

「馬にするように手綱を引いてみろ。念話を飛ばせるなら飛ばせ。」
 言われるまま、手綱を引く。ワイバーンが頭を上げて、翼をはためかせた。

『いいよ。そのまま飛んで』

 竜にわかる言葉で念話を飛ばす。いらえはないが、なんとなく分かったと言う意思が伝わってきた。
 ふわりと浮かぶと崖の方から空へ躍り出る。円を描くように滑空し、高く舞い上がった。

 吹き付ける風は防具から発生する風の膜のようなもので直接は当たらない。髪だけが風に踊った。
 視線を空から下におろす。飛び出した広場が見える。大魔道士や勇者、ドナート、兵舎にいた者たちがみんな上を見上げている。小さな点の様になるのを見つつ、魔の森の方に飛ぶ。

 森の果てに輝く大きな湖が見えた。いや、あれは海だ。北方の山も、帝国の草原も見える。
 ああ、人はなんと小さいのだろう。こんな、広い美しい世界で殺しあったり、貶め合いをする。
 もっと世界を愛し、神に感謝し、他人を大切にすれば、世界から争いは無くなると思うのに。

 ギャアアア

 私の心を受け止めたように、鳴く。
『ありがとう。もういいよ。帰ろう。』
 ふわりと方向転換をして、私は地上へ戻った。
 私はこの日、世界で初めてワイバーンに乗って空を飛んだヒューマンになった。

 ふわっと着地して、身体が沈む。私は頭を撫でてからベルトを外して、地上に降りる。
 なんだか、まだ空の上にいるような心地で、現実感がない。
 頭の防具を取って、頭を振る。髪がさらりと落ちた。

「どうだった? 空の旅は。」
 大魔導士が聞いてきた。
「最高でした。」
 ははっと大魔導士が肩を叩くと、ドナートが走り寄ってくる。

「凄いな。クエンは最初にワイバーンを乗りこなした、最初の竜騎士だ。」
 キラキラした瞳で言われて、戸惑う。

「え、そ、そう、なんですか?」
 大魔導士が先に飛んでいるのではないかと思ってそちらを向くと頷いている。
「俺は守護龍にしか乗っていない。」
 そっちのほうが凄いじゃないですかーと心の中で叫んで、でも少し嬉しくて。

「じゃ、次はドナートだな。その防具はまだ数揃えてないから、ドナートに貸してやれ。」
 言われてドナートに脱いで渡す。
「よかった。次が俺で。他の奴だったら徹底的に浄化するところだった。」
 受け取りざまぼそっと呟かれた言葉に赤くなる。

「行ってくる。」
 ぽんと肩を叩かれて、目で追う。
 ドナートがワイバーンを平伏させる。
 やや大きめの個体に乗って、空に飛び立った。同じように旋回して高く飛んでいくのを目で追った。
 私より、上がったり下がったり急に曲がったりと激しく縦横無尽に飛び回った。
 兵舎の方から歓声が上がる。

 ああ。夢の一歩を踏み出せた。

 最初の竜騎士と、言ってもらった。

 空が、滲む。ドナートと龍の姿が、膜を隔てたように霞んだ。
 涙が、頬を伝っていた。ごしごしと手で拭って、ドナートの舞を見た。

「よし、二人は成功したな。明日からはあいつらのうちの度胸のあるやつを順番に飛ばす。その間に問題点もわかるだろう。」
 大魔導士は兵舎の方にいる竜騎士候補を親指で示した。
「二人は加護を持っているから、制御できたが、さて。魔力を込めた魔石がいつまで効力を持つかも調べないとな。」
 ぶつぶつ言いながら、大魔導士は騎乗具のチェックをしていく。

「二人ともお疲れ。怖くなかった?」
 勇者が、果実水を差し出してくれながら声をかけてくれた。
「不思議と怖くなかったかな。高いところから見る風景に見惚れてそれどころじゃなかったかも。」
 そう私が言うとドナートも頷いた。
「あんな風景、見たことがない。海の向こうが線になっていて、遠くまで見渡せて。帝国もの草原も見えた。ひとっ飛びでいってしまえるかと思った。」
 ドナートは空を見上げて目を細めて、思い出すように言う。

「高所恐怖症はなかったんだ。安心した。高いところにいると目を回す人もいるからね。これからグレアムの検証に付き合わされるから、大変だよ。」
 くすくすと笑いながら、勇者は大魔導士の姿を目で追った。





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