蒼銀の竜騎士

佐倉真稀

文字の大きさ
上 下
3 / 30
騎士を目指して

水の精霊王

しおりを挟む
 精霊湖。
 精霊が住んでいるという伝説がある、静謐な湖。
 鏡面のように凪いだ湖面には、周囲の景色が映りこむ。
 中心は深く透明な水のはずなのに蒼く底が見えない。
 園遊会や避暑で訪れた時はボートを浮かべて景色を楽しむのが、狩りをしない者たちの遊びの定番だった。
 すでに湖にはいくつかのボートが浮かび、ゆったりと、ボート遊びを楽しんでいる貴族たちがいた。
 私とドナートは小さめのボートに乗せられ、強引に湖の中央まで連れ出された。
 普段、鍛えているとはいっても、10歳相当の体力の上の上といったところだ。
 広い湖の岸はすでに遠い。
「クエン、体力を温存していた方がいい。俺が漕ぐから少し休め。」
 ドナートが心配そうに私を見た。
 兄たちに揶揄されて、ここまでは私が漕いでいた。
 すでに手が痺れている。
 剣を振るときはかなりの時間振らないとこうはならないのだが、使う筋肉が違うのだろうか。ボートを漕ぐのはこれが初めてだから、進むだけマシだと思っていた。
 ドナートに言われて、私は頷き、漕ぎ手を交代しようとした。
 その時。
「誰が、漕ぐのをやめていいと言った!?」
 ジェスロンから鋭い叱責が飛んできて、彼のボートが私たちのボートに向かってくる。
 腰を浮かしたまま、固まってしまった私は、近づくボートに気を取られて、揺れにバランスを崩してしまった。更に軽くぶつかってきたジェスロンのボートの衝撃に耐え切れずに、湖に投げ出されてしまった。
「クエン!」
「ドナー……ッ」
 ドナートの伸ばした手に掴まろうとしたが、ボートに起こされた余波で、水を飲んでしまって、呼吸ができなくなり、そのまま波にさらわれるようにして私は湖に沈んでしまった。
 沈む寸前に見た泣きそうなドナートの表情が、目に焼き付いていた。


(苦しい。息ができない。)

 沈んでいく身体から力が抜けていく。

(ああ、このまま僕は、死んでしまうのだろうか)

『大丈夫、助けるよ。』

(誰?)

 朦朧とした意識の中で聞こえるはずもない声が頭に響いた。

『君は今死ぬ運命じゃない。それに神龍の加護と神の愛し子が気にかけているものを私の領域で死なせるわけにいかない。』

 神龍の加護?

 神の愛し子?

(貴方は誰?)

『私は水の精霊王。名は君がつけるといい。主よ。』

(あるじ……?)

『そう。私と契約しよう。そうすれば、主を助けられる。』

(わかった。じゃあ……アクア、で……水の精霊、だから……)

『了解した。我が名はアクア、主の命が尽きるまで、ともに。』

 そうして、私は湖の水面へと運ばれていった。

「……っ……は……ド、ナート…」
 水面から伸ばした手を今度はしっかり握ってくれた。
「クエン!」
 涙でくしゃくしゃになったドナートの顔が、意識を失う前の最後の映像だった。
(ドナート、ごめん)

『おや、君たち……』
 こっそり、騎士団の訓練所を覗いていた私とドナートは、騎士団を訓練していた勇者に見つかった。
『ショーヤ、どうした?』
 そして、ともに来ていた大魔導士、グレアムにも見つかった。
『まあ、ちびの頃はヒーローに憧れるもんだよなあ。』
 フードに隠れて見えなかった表情だったが、口元がにやにやとしているのだけはわかった。
『ひーろう?』
 耳慣れない言葉に首を傾げている、まだ6歳だった私にグレアムが教えてくれた。
『困っている人を救う英雄のことだ。』
『勇者様だ!』
 隣にいた、ドナートがキラキラした瞳で叫んだ。
 勇者はちょっと困った顔をしていたが、照れて鼻を掻いていた。
『まあ、そうなるのか……ガラじゃないのになあ。』
『仕方ない。子供たちの夢は壊しちゃいけないからな。』
 勇者と大魔導士は仲がいいみたいだった。
(僕も、ドナートと、勇者と大魔導士のようになりたい。お互いを大切な、パートナーとして)
 そのあと、騎士団長に勇者は許しをもらってくれて、私たちは見学を許されたのだった。
 お茶の時間に姿を現さなかった私たちに、こってりとお説教が待っていたけれど。

 それからたまに王宮で会う彼らは私たちに剣術と魔法の使い方を教えてくれた。
 特に私たちは魔力量が多いので制御を覚えなければ暴発の危険性があると言われた。

 魔力暴走。

 子供によくおこる事故だ。
 特に魔力が多い、貴族や魔術師の家系の子供に多い。
 そのため、魔法を扱うのは7歳になってから、と魔法のことは教わってはいなかった。
 しかし、グレアムによると魔法を扱うのは別として、魔力を制御する訓練は幼くともしたほうがいいということだった。

 そのため、ライトの魔法を教えてもらい、寝る前に制御の訓練をするように、と言われた。
 英雄の言うことに間違いはないと、ドナートと私はその訓練を一日たりと欠かしたことはなかった。

 そのためなのか、私たちは魔力の扱いに優れていると、初めて魔法を教えてくれた宮廷魔術師に言われたのだった。

「……ん……」
 意識を浮上させた私は、いつもの見慣れた寝室にいることが分かった。手から暖かな魔力が流れてきていた。手の先を見ると、私の寝ているベッドに突っ伏してドナートが寝ていた。私の手をしっかり握って。

『主は10日以上も熱を出して寝込んでいた。その者がずっとつきっきりで看病をしてくれていたぞ。』
 頭にアクアの声が響いてきた。
 園遊会で起きた出来事は夢ではないとはっきりしてきた意識で認識をした。

「ドナート……」
 10日ぶりに発した声はかすれて弱々しかった。
『私と契約したせいもあって、魔力枯渇寸前だった。この者が、魔力を分けてくれていた。感謝するといいだろう』

(契約すると、魔力がなくなる?)

『魔物を使役するときもそうだが、契約には魔力を通じ合わせる必要がある。この念話も魔力を使う。契約したものには主は魔力を供給しなければならない。だから私は魔力を主から分けてもらっている。そのために今の主は常に魔力枯渇の危機があると言える。この者は、主と魔力の相性が最高にいい。すんなりとこの者の魔力は主に馴染む。僥倖だった。』

(命の危険?去ってない??)

『普通に生活し、食事をとれば解消できる。』

(わかった。早く健康を取り戻すよう、努力する)

「……クエン?目が覚めたのか?」
 ドナートが目を覚ましていた。震える声で私を呼ぶ。
「ああ。お腹が空いたよ。」
「よかった!クエン」
 ドナートが抱き着いてきて泣いた姿を見た私は胸が締め付けられた。
 もう、ドナートを悲しませたくはない。

 私はひっそりと心に誓ったのだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

僕の部下がかわいくて仕方ない

まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

処理中です...