アーリウムの大賢者

佐倉真稀

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王都アルデ(ヒューSIDE)

ハディー

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 俺とそっくりなハディーはもちろんフィメルで、今の俺の姿より若く見える。薄い生地のチュニックと金糸の刺繍をあしらった、青い短めのパンツ、水色の生地にこれまた金糸の刺繍をあしらった靴を履いていて、細身だ。
 メルトに気付くと視線を上から下に移動してじろじろと不躾に眺める。へ~とか言っている。ああ、もう。
「ヒュー、もしかしなくても新しい恋人?」
 にやにやした顔が逃がさないぞと脅しをかけてくる。うちの家族で一番怖いのはハディーだ。
 俺は降参して、商会の応接室に場所を移して話し合うことにした。

「メルト、この人は俺のハディー。ハディー、俺の伴侶メルトだ。その、正式に結婚するつもりなんだ」
 メルトとハディーに向かって、お互いを紹介する。メルトがものすごく緊張した顔でハディーに自己紹介をした。
「ラーン王国の元騎士です。メルトと言います。森で迷っていたところを救ってもらいました。よろしくお願いします」
「僕はアーデット。ヒューのハディーだ。礼儀正しい子だね。うん。仕込めばすぐマナーも覚えるね。よし、結婚式は十二月頭にしよう。突貫だけど、なに、みんな暇しているからいい刺激になるだろう」
 待ってくれ、アーリウムに戻る? 結婚式? そりゃあ、ちゃんと教会で式は行うつもりだったけど!
「そうと決まればいろいろ手配しなくちゃね。さ、ヒュー戻るよ。メルトもおいで。家族に引き合わせよう。特にヒュー、お前、弟ができたのに、一度も帰ってこないなんて薄情者!」
 ハディーはいきなり立ち上がって、俺に近づき、耳を摘まんで引っ張った。痛い!
「いて、いてて。弟!?」
「百年前から連絡をくれってセッテに伝えていたけどね。一向に連絡もしてこないから、実力行使じゃないと帰ってこないって身に染みたよ。だからセッテにこっちにしばらくいるって聞いたからここまで来たんだ。龍の洞窟じゃとてもじゃないけど、連れ戻しに行けないからね。さ、家に帰るよ」
 俺の耳を引っ張った状態のまま、歩き出すハディーに俺はついていくしかない。
「わかった、わかったって。わかったから手を離してくれ」
「ダメだ。あんたは転移ができるから、逃げられたら困るからね」
「逃げないから。ハディー!」
 こんな姿メルトに見せたくない! かっこ悪い! なんかセッテがメルトに言ってるし! あああ!

 向かった先は地下の転移陣。メルトと一緒に飛んできた部屋はただの空き室。
 固定の転移陣を描いた部屋が一つある。魔石を配置して、魔力を流せば誰でも転移できるようにしてある。
 危険だから、俺が許可を与えた人にしか、地下室の扉は開けないようになっている。
 ハディー? 俺の親だから当然フリーパスだ。
 魔力量も多いから魔石の魔力は半分ほどしか減ってなかった。俺がいるから、当然、アーリウムへの転移は可能だ。
 メルトが不安な顔をして部屋に入ってきた。俺は手を伸ばして、メルトの手を握る。
 ハディーが転移陣を起動して、俺達三人はアーリウムへ転移した。

 アーリウム。
 海に囲まれた島国だ。気候的にも地理的にも、前世の日本とかなり似通っている。
 それで前世の記憶が甦った時にいろいろやっちゃったんだよな。
 ワイン、日本酒、米、香辛料etc……俺は前世は医療系の研究者だったから、そっち方面もいろいろ。
 抑制剤を開発しててよかったと思う。

 この世界の不思議。卵で生まれることだ。卵を両親が魔力を注いで成長させると、大体乳児を脱したころで生まれ、離乳食で育てられる。
 魔力が不十分だと、孵らない場合もあるんだ。両親以外の魔力も受け付けるけど、メルトみたいな拒否反応が出ることが多いから、よほどのことがないと、しない。
 俺は魔力が溜められる孵卵器を開発したので、割る危険性もなく育てられるようになった。
 なるべく安価で流通させてるけど、平民にはやっぱり無理な価格なんだよな。

 俺の開発した魔道具は全てハディーの検閲を通過したものだけが市場に出されて顧客も選んでいる。
 そこが俺の意図とは少し離れているけれど、仕方ない部分でもある。
 俺はオーナーであるけれども【龍の爪】の実質的な経営者はハディーだ。アルデリアではセッテが、ハディーの指示を受けて動いている。
 ハディーの配下でもあるので、こういう事態は想定するべきだったけれどまあ、いい。
 お互いの両親に紹介するという約束には、いい機会だと思おう。

 転移した先は実家の地下室。
 商会と同じような地下室を抜けると、貴族らしい屋敷の内装が見えた。
 煌びやかな壁の装飾や、質のいい床材。
 懐かしい風景が目に映る。
 ずいぶん長い間、戻ってこなかった故郷。変わっていない。見かける使用人の顔ぶれも一緒だ。驚いた顔は一瞬で、静かに頭を下げて俺達が通り過ぎるのを待つ。
 応接室に連れてこられてやっと耳を離された。ソファーにメルトと並んでお茶が饗されるのを待った。

「ハディー!!」
 幼い子供の声が扉から聞こえた。そばについている侍従から微笑ましいと言わんばかりの笑顔が見えた。思い切りハディーの方へ走ってくる。十歳くらいの、青い髪と青い目140cmくらいの身長で子供らしい体型をした子供が、ハディーの膝の上に飛び込んだ。
「ロディー、お客様がいるのに抱き着いてはダメだよ。ご挨拶しなさい」
「はーい」
 返事をすると俺の弟らしきロディーは立ち上がって俺達に向かって挨拶をする。
「ロデリック・クレムです。百歳です。よろしくおねがいします」
 順当な見た目と年齢。二百歳になる頃には二十歳くらいの見た目になるんだろう。
 ロディーの視線が俺で止まる。
「ハディー??」
 ああ、俺とハディーはそっくりだからな。
「ロディー、俺はヒューだ。お兄ちゃんだよ。よろしくね?」
「お兄ちゃん? え、お兄ちゃん??」
 うろたえてるロディーは俺とハディーを見比べる。
「そうだよ。ロディー。お仕事で遠くの国に行っていたお兄ちゃんが帰ってきたんだ。隣の恋人さんと一緒にね?」
 メルトに視線向けると赤い顔したメルトが挨拶をする。
「俺はラーン王国のメルトと言います。よろしくお願いします」
「メルト、よろしくね!!」
「こいつ、メイルだろう、俺にはよろしくないのかよ」
 俺には目を白黒で、メルトには笑顔か! どういうことなんだよ!?

「ヒュー、帰ってこなかったあなたが悪いんでしょう? お兄ちゃんとちゃんと認められたかったら、ロディーの面倒を少しは見るべきだよ?」
「……わかってるって。ロディー俺のことはお兄ちゃんと呼んでね。ほら、お菓子だ」
 懐柔策で焼き菓子をアイテムボックスから取り出して渡した。甘い匂いに目を輝かせるロディーにほっとする。
 ワイバーンの騎乗具のことを告げ、俺はハディーに向かって姿勢を正した。
 正式に結婚するのかと聞かれて俺は頷く。
「ああ。彼を正式に俺の伴侶にしたい。彼はヒューマンだけど、進化してもらって一生側にいてもらうつもりだ。子供も欲しいしね」
 不安な顔で俺を見つめるメルトの手を握る。
「メルト、俺の子供、産んでくれ。ちゃんと産めるよ。俺の見立てを信じて。ちゃんと医師の資格があるからね? 薬、飲んでもらっているだろう?」
「うん。うん……」
 メルトの瞳から涙がこぼれ、俺の肩に顔を埋める。その後頭部をそっと支えて、愛しさに胸がいっぱいになった。
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