アーリウムの大賢者

佐倉真稀

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再会編(ヒューSIDE)

魔の森⑥

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 その夜。
 メルトはまたうなされている。
 俺はまた、大人の姿になって、メルトを抱きしめて背を撫でた。
 ゆっくりと宥めるように撫でていくと、彼の身体から力が抜けていく。

 誰だ。
 メルトをこんなに苦しめるような傷をつけた奴は。
『許さない。
 メルトが許しても、俺は許さない。
 きっと見つけ出して報いを受けさせてやる』
 心の奥に暗い思いが広がった気がした。

 この症状はPTSDだ。同じ悪夢を繰り返し見ている。
 多分メルトを苦しめた事実の追体験。
 俺はその中身を知らないから、こうした、悪夢から解放する手助けしかできない。
 根本的な解決は時間と、本人の精神力だ。ずっと残る場合もあるし、短い時間で済むこともある。
 克服するきっかけがあればいいけれど、俺には正面切って手助けすることは現状できない。軽くなればいいと、魔力を流すことだけだ。

 少し表情が和らいで、吐息も規則的になった。悪夢からは解放されたようだ。そっと背中を擦る。
 メルトの眉がピクリと動いてぱっちりとメルトの目が開いた。澄んだ翠の目が俺を見る。
 目が覚めたばかりで意識がはっきりしないのか、しばらく硬直してるようだった。
 ああ、ばれちゃったなと思いながら俺はそっとメルトの頬を撫でた。

「起きちゃったか? 大分うなされてたけれど大丈夫か?」
 そういうとメルトの眉が寄せられて不審者を見る目になった。
「誰だ? お前……」
 あ。俺、大人の姿になってた。
「俺はヒューだ。うなされてるのを見てつい抱きしめて宥めてたんだけど。元の体格じゃベッドに運ぶのにもちょっと難しかったから、時を進める魔法を使って10年後の姿になったんだよ」
 メルトが眉を寄せながら起き上がって周囲を見渡した。

 思い切り、不審がっている。そりゃそうだよな。魔の森で野営してたはずなのにって思うよな。
「はあ? それにどこなんだここは。なんでこんな部屋に? 俺は森の中で寝てたんじゃないのか? 10年後の姿ってそんなこと信じられな……い!?」
 これは元に戻って見せないと信じてもらえないなと、魔法を解いた。
 それを見たメルトの顔が驚愕に彩られた。

「ヒュー、なのか?」
「うん。僕だよ? ここは僕の持っているテントの中。空間魔法で中拡張してあって、隠ぺい魔法と結界を張ってあるから安全安心。ね?」
 メルトは呆れた顔をしてベッドを降りると部屋の扉に向かった。扉を開けて廊下を出て、周囲を見た。慌てて追いかけて、メルトの背後から声をかけた。
「こっちはバスルーム、こっちは客間ね。で、正面が出口」
 びくりと怯えを含んだようにメルトが震えて俺を振り返った。
 ああ、背後がダメなのか。じゃあ、なるべく正面から声をかけるべきだな。
「そ、そうか。出ても大丈夫か?」
 メルトの声が裏返っている。さっき大人の姿を見せたせいなのだろうか。

 決定的だ。
 メルトは大人のメイルに怯えている。
 街道を馬車で移動せずに歩いて移動するはずだ。
 もし、メイルだけの馬車に乗ったら、怖くていられないからだ。

 俺は背後に立たないようにして外に繋がる扉を開けて、外に出て支えた。
 外はまだ、夜明け前で暗く、濃密な魔素を含んだ空気がひんやりとしていた。
 メルトが一歩下がってテントを見る様子に俺はこれからメルトが俺を恐れずにいてくれるだろうかと、内心怯えた。
「メルト、その入口の、この魔石に触れて魔力を少し流して欲しいんだ」
 入口の扉の表側の上の方に魔石が一つ嵌めてあった。これはいわゆる指紋認証システムならぬ、魔力認証システムだ。一人一人の魔力波形が違うため、個人を特定できるのだ。

 メルトは言われるまま、魔石に魔力を流した。上手く流せないのか、時間がかかった。普通の人は息を吐くくらいに自然にしてしまうことなのだが、これほど魔力が扱えないのなら、日常生活は苦労しただろう。
 それに加えて他人の魔力に対してアレルギーがあるのなら、他人から浄化や回復の魔法を受けられない。剣を生業にしていた様子なのに、大した怪我もなく、よく無事だったなと俺は思った。
 ん? メルトは経験あると言っていた。その時、魔力の交換をしたはずだが、メルトは大丈夫だったのだろうか?
 下手したら、キス一つでも具合悪くなることもあるのに。

「ありがとう。これでメルトは自由にこのテントに出入りできるよ」
「え? 魔力流さなかったら出入りできない?」
「僕の権限で出入りさせてたんだ。でも、登録したから大丈夫。結界に登録した者以外弾くように設定してるんだ」
「もしかして、野営の見張りに俺を起こさなかったのは……」
「うん。夜こっそりテントだして、中に入って寝てたからね。メルト早起きだからそれより早くに起きて元通りにするの大変で……」
 あ、メルトの目が呆れたものを見る目になった。よくハディーにされた目だ。

「ヒュー。頼むから、何でも話してくれ。行動に移す前に」
「あ、うん。ごめんね? これからはちゃんと言うよ」
 ああ、本当に申し訳ない。俺は時々自分の常識がずれていることに気付かないまま暴走してしまうことがある。それは前世とこの世界の常識と、自分にできることと他者ができないことの差を明確にわかっていないことにあるんだろう。

 メルトはいろんなものを飲み込んだ表情をして頷いた。
「よろしく頼む。ところで、俺はあのベッドに寝ていいのか?」
 メルトは大人だった。ちゃんと妥協案を言ってくれた。俺は思わず嬉しくなり、満面の笑みで言った。
「もちろんだよ! 一緒に寝ようね!」
 なんだかメルトが頭痛を感じたようにこめかみに手を置いた。呆れられたのだろうか。
 俺はメルトを抱きしめて寝たかったが、さすがにそれはまずいだろうなと思って本来の姿のまま添い寝の形で寝た。それに大人のメイルの姿はメルトにはまだ受け入れられないだろう。
 開き直った俺は翌朝、洗面所やら浴室の説明をして顔を洗ってもらった。浴室の説明にびっくりしてた様子だった。
 テントがばれたから朝食は外で作って、主寝室のテーブルセットで食べようということになった。メルトは座って待っててくれたが、なんだか百面相をしていた。赤くなっていたので熱でもと思って、額に手を触れたが、ちょっと熱いけど、平常内だとわかって安心した。

「だ、大丈夫だ。熱はない、と思う」
 メルトは慌てたように言って、俺の作った朝食を食べた。
 二人で今後の打ち合わせを、ということになり、朝食を食べた後、アイテムボックスに入っていた地図を出して現状を確認することにした。

 メルトはラーン王国の出身ということが判明した。
 ラーン王国はアルデリアと魔の森を挟んで一国を超えたところにある小国だ。デッザからは二国を超えたところにある。北方に位置し、前世でいうところのロシアに気候は似ている。薄い髪色と白い肌の彫りの深い顔立ちの人種が大勢を占めるところだ。この北方はアルデリアからは北方小国群と呼ばれている。

 ポレシ戦役ではラーンの騎士団も参加したのは覚えている。
 そう言えば俺は何故だか、あの戦争で気になる存在を見つけてはいなかったか?
(金色の剣士)
 ふっとあの戦争の光景が浮かんで、俺はその光景をかき消すように首を振った。
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