アーリウムの大賢者

佐倉真稀

文字の大きさ
上 下
64 / 115
金の夢と、失くした記憶(ヒューSIDE)

帝国の蠢動

しおりを挟む
 戦争好きの国はどこの世界にも存在するもので、この世界にもそんな国はある。
 それがザラド帝国だ。
 この大陸はエルフ領、ドワーフ領が大陸の東側に位置し、北側を北方小国同盟群が、南側を帝国と商業連合が、西側を魔の森とアルデリア王国が位置し、アルデリア王国の南に皇国がある。帝国は一時期、大陸の中央を支配し、全方位に戦争を仕掛けた。まず抵抗に成功したのはアルデリアで、勇者召喚後、龍が守護についてからワイバーンを操る騎竜騎士団ができた。空から襲いかかる攻撃に帝国側は敗走に次ぐ敗走となる。

 順調に領土を広げていた帝国のこのつまづきは周辺国家の団結とアルデリア王国の領土拡大を助けた。
 アルデリアに戦争を仕掛けることはほぼなくなったが、今度は北方の小国に手を出し始めた。帝国は通る道筋の村や街を掠奪し尽くし、住民は奴隷とする。もちろん捕虜の扱いも酷い。
 貴族や軍部は搾取しか考えない国柄で力を振るうことを是とする。フィメルの扱いも酷くて敵兵の中にいれば陵辱を受けるのは必須だった。農地も何もかも周辺の森さえ破壊する。そんな進軍を続ける帝国を精霊達は見限った。

 加護を受けていない土地は実りがなく枯れ果てる。水も流れず、天候も乱れることが多くなる。だが、帝国は気づかない。荒れるのは農民の努力が足りないから。天候は乱れたら仕方ないものだとしかとらえなかった。エルフ達は精霊と親和性が高くハイエルフは精霊の声を聞くことのできるものもいる。精霊からその事情を知り、エルフ領は帝国を警戒している。
 富める土地があるならば奪えばいい。奪ってしまったらその土地は加護を失うのだが、帝国は気付かなかった。
 北方小国同盟群は兵力を出し合う形で対抗した。何せ隣が落ちれば明日は自分だ。必死になって抵抗して今の国の形に収まっている。
 最近、帝国の帝王が変わった。まだ16歳の成人して一年の少年だが残虐性は前王を上回ると伝え聞く。前王をその手で誅殺し、なり変わった。罪があるとされたが捏造に近いものだろう。
 中枢を掌握し、国の貴族を従え終わった、今。
 彼はその手を他国に伸ばそうとしている。

 俺がダンジョンから帰ってきてそろそろ1年近くになる。春が冬に変わっていた。その冬もまた春になる。

『難しい顔をしているな。』
 龍が俺が資料を読んでいると声をかけてきた。最近手に入れたミハーラからの情報だ。ぼったくられたけど。
「ん、帝国が戦争を始めそうなんだ。多分、まだ1年は先なんだろうけど。あの国はどうして戦争をしたがるのか、理解できない。戦争なんてこの世界じゃ百害あって一利なしだ。まだ充分、人の生活が豊かになっていないのに。精霊の加護を失ったことさえ、気付かないなんて。」
『あの国は血筋かもしれんな。私がこの地に降り立った頃からずっと人同士で争っている国だ。天災があっても、大負けしても、侵略を繰り返す。滅ぼし、搾取するだけで、生産しない国だな。それは加護も失うだろう。』
 マジか。そんな昔からああだとは。進歩のない国だな。

『どこに仕掛けるのだ?』
「北側の隣国のルーシ王国だよ。そことはしょっちゅうやりあっているからルーシが軽く見ると潰されそうなんだ。そうするとアルデリアにも難民が来るし、その先の北方小国同盟群の国々も危うくなる。さて、どうするかなあ。アルデリアの守護龍としてはどう思う?」
 そういうと龍は苦い顔をした。

『お主が何かするというなら手伝ってやらないこともない。暇だからな?』
 意外に乗り気だ。
「なんとなく、この戦争は止めないと、俺後悔する気がするんだよ。かといって表立ってルーシに助太刀はできないからこっそり帝国の武力を削ぐ方向かな?」
 だけど帝国は潜入が難しい国なんだよなあ。魔道具で変装するかな?子供の方がいいかな。
「ところで、龍は小さくなれたりする?」

『トカゲに見えるんじゃないか?』
 手のひらサイズの龍は肩の上に乗りローブの隙間から顔を出した。本来の姿でローブを被った俺は馬車に乗っている。ルーシ王国へ向かう馬車だ。乗り合いで、冒険者や旅行か、交易に向かう平民が乗っている。どうやら出身国はバラバラのようだ。俺は髪の色を紺から茶色に魔法で変えてみせている。紺は目立つ色なのだ。それに茶色の少し汚れたローブ。成人したての冒険者を目指して田舎から出てきた少年を装う。

(大丈夫、大丈夫。トカゲでも威厳あるトカゲに見えるよ?でもその方がいいだろう?ドラゴンに見えたらそれこそ困るし。僕が連れてていい従魔じゃないとね。設定はテイマー見習いってとこかな?)
『私は時々は塒に戻るぞ。転移して連れていってもらわんとな。』
(ハイハイ。ヒュー転移便はいつでもお呼びであれば参上しますよ~)
『真剣さが足りん。そもそも出会った時は敬語だったではないか。なぜそんなに最近ぞんざいな口の聞き方をするのだ。』
(あの時はまだレベルそんなに上がってなかったしね。他のメンバーもいたし。結構緊張してたからなあ。今はもうなんていうか家族よりも長く一緒にいるからね。身内って感じ。だめかな?)
『む。……身内か。この私を身内とは。度胸があるな。お主は。まあ、それだからこそ、面白い。此度も楽しませてくれるのだろうな?』
(楽しいというか、大変な目には合いそうだけど。あ、そうだ。おやついる?クッキーとかどう?)
 革の小袋からクッキーを取り出す。それを口元に持っていくと、目を弧にしてそれをぱくついた。可愛い。あれだ、イグアナのほっそりした小さいのを飼っている気分。

 ほっこりしてると一緒に乗っている家族の小さいフィメルがこっちを指差した。
「トカゲさん!」
 乗客の視線が集まってしまった。
「うん。トカゲだね。君も食べる?」
 クッキーを渡すと子供は嬉しそうに食べた。
「すっごく美味しい!!」
 目をキラキラさせて見つめられてしまった。親御さんが済まなそうに礼を言ってくれた。
 もう子供の興味はクッキーに移った。他の乗客にもおすそ分けして、その場をやり過ごした。
 その日は何事もなく野営場所について、護衛の冒険者と御者が見張りに、乗客は馬車で寝ることになった。

 俺がこっそり結界を張ったので、野盗や魔物は近寄ってこなかった。冒険者たちは魔力感知はできないようだったので、朝起きた時には平和な野営だったなと嬉しそうにしていた。
 今日の昼頃にはルーシ王国の最南端の村に着く。その先の大きな街にはさらに2日かかる。王都はさらに3日かかる。この乗合馬車は街までの馬車で途中途中で乗客が降りる予定だ。
 野盗や魔物の強力なのは俺の結界で弾いて近づけないようにしていたので、小物の魔物との小競り合いだけで済んでいて、護衛たちはやや首を捻っていた。

『やりすぎではないのか?』
(そもそも龍の神気で怯えて逃げ惑う可能性もあるよ。小さくなって抑えめになってるけど。だから近づけないようにしてる。予防は大事だよ。)
『まあ、お主の仕業とは気づかれてないからいいのかもしれないが。』
 フーッと鼻息をため息のように吐き出す様子に俺は片眉をあげたのだった。

 そんなこんなで、ルーシ王国の街、マジルについた。まだ昼頃で門にはたくさんの人が並んでいた。
 乗客は俺しかおらず、馬車が門を通過する時に身分証を見せればいいからと言われた。
 事情を話して(田舎から出てきた、ギルドに登録したい)というとテイマーギルドを紹介された。仮の身分証をもらって街に入った。馬車を降りて業者と護衛の冒険者に別れを告げて大通りに立つ。

 白い建物に色のついた壁が混じる独特の建築様式。綺麗な建物が多いこの街が帝国に蹂躙されるのは忍びないなと思った。

しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

処理中です...