アーリウムの大賢者

佐倉真稀

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見習い騎士はダンジョンで運命と出会う(メルトSIDE)

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 ここに飛ばされてから二週間は過ぎたと思う。ダンジョンでの時間感覚はあいまいで、テントで朝起きて寝るまでが一日、と思っている。
 ヒューはなんとなく時間で探索を区切って拠点に戻っているように思う。

 閉鎖空間だが、動くとお腹が減るし、疲れると眠くなる。ストレスがたまらないように、ヒューが適度に休憩や食事をコントロールしているようだ。
 ほんとうにヒューがいてくれてよかった。食事の量に変化がないので、多分、まだ大量に持っているのだろう。

 昨日までで、ほぼこの階層は探索しつくしたと言っていい。

「このまっすぐな通路、これしかもう先に行く通路はない。階段か、ボス部屋になるな。今日様子を見て突入するかどうか決めよう。」
 地図を見て話すヒューの言葉に頷くと俺は装備を改めた。そうして俺達はこの階層の最後の区画に向かった。

 途中の魔物を討伐しながら、一本道の先に向かった。だんだんと道が広くなり、大きな扉が見えた。
 ボス部屋だ。
 ダンジョンには強い魔物が宝や魔法陣を守っている。それをボスといい、ダンジョンコアを守るような魔物はSS級とも言われる。強い魔物のいる部屋の扉前には門番がいる場合もある。

 何故そういう仕組みなのかはわからない。
 たいていそういう部屋には転移陣があり、魔物を倒すとダンジョンの入口に戻るか、次の階層に行ける。
 このボス部屋の魔物を倒した後、外に出られるかはわからない。

 扉前に魔物はいなかった。

「門番はいない。ダンジョンの最終階層というわけじゃないようだ。メルト、このまま突っ込むぞ。」
 俺は緊張した顔で頷いた。握った手が震える。ヒューがそれに気付いて手を持ち上げて拳にキスをした。
 ヒューのそういうところが気障だと思う。

 でもそのおかげで、緊張が解けた。ヒューが一緒にいるから、きっと負けない。
 ヒューが俺に身体強化と防御の魔法をかけた。

「これも、かけておいて。万が一の保険だから…」
 魔石のペンダントだった。守護の魔法が付与されたアクセサリーということだ。ぎゅっと抱きしめられてキスが唇に落とされた。

「行こう。」
 ヒューが扉を開けた。俺は剣を握りしめ、部屋へ一歩踏み込んだ。

 丸い広間になっていて、円柱の柱が壁に半分埋もれる形で、等間隔に12本立っていた。天井は魔法陣のような模様が描かれて、円柱には篝火が燈った。
 床にも魔法陣が描かれていた。天井の魔法陣から何かが現れた。

 キマイラだ。
 脅威度はSランク以上だ。騎士団全員でかかっても倒せるかどうかというほどの恐ろしい魔物。
 ここ最近、地上では現れたとは聞かないが、深層のダンジョンには時たま出ると聞いた。
 驚いて硬直していると、キマイラが吠えた。

 威圧だ。びりびりとする風圧が攻撃に近い。麻痺にはかからず、腰を沈めて剣を構えた。

「バインド」
 ヒューが拘束魔法を放つ。動きが止まった。俺は全力で走って正面から斬りかかる。
 俺がキマイラの意識を引いている間、ヒューは蛇の尾を切断しに動く。

 鬣の獅子の顔が威嚇にゆがむ。俺の身長では顎に届くかどうかだった。素直に脚を斬りつけた。
 キマイラが咆哮をあげて、前肢を振り上げて俺を潰そうとする。
 ぎりぎりに避けてその足を斬りつける。血が噴き出して床が濡れた。
 それを避けて身体の下に入って、心臓を突こうとするが、キマイラは身体を跳ねあげて避けた。俺はそのままキマイラの腹の下を駆け抜けて後ろ脚を斬りつけた。

 身体の下から飛び出すと、ヒューが蛇の尾を切断したところだった。
「ギャアアアアアア」
 大音響の悲鳴が響いた。炎を吐きだして暴れまわる。避けて動きつつ、防具に炎耐性があったのが助かった。ヒューは予測してたのかどうかわからないけれど。

 地に落ちた蛇はのたうちまわっていたが、やがて動かなくなった。
 その間にもあちこち動き回ってキマイラの気を引く。尾を失って平静を欠いたキマイラは暴れ回って俺を追う。四肢を斬りつけられたキマイラの動きは俊敏さを失くしていた。

 俺は斬撃を繰り出して、右足を切断した。がくりとバランスを崩して一瞬動きが止まった。
 その隙にヒューがダークバインドを使った。影がキマイラを拘束する。

「今だメルト、首を落とせ!」
 俺は駆け寄って飛びあがった。首の根元を狙って剣を落とす。斬撃を乗せたそれは、綺麗にキマイラの首を落としたのだった。

「はあ…はあ…はあ…」
 自分が、キマイラを倒したなんて信じられずに肩で息をしていた。

「浄化。お疲れ様。」
 返り血や汗を浄化してくれたヒューに礼を言った。いつの間にかキマイラはヒューが仕舞ったようだった。剣を鞘に納めて静まり返った部屋を見回した。

 床の中央に宝箱が浮かぶ。

 ヒューが罠を警戒しつつ開けた。中には魔石と火属性の魔法を付与された短剣があった。

「メルト、持っているといいよ。これはメルトが倒したんだから。」
 ヒューが全部くれようとするので、短剣だけもらって魔石は渡した。

「…二人で倒した…」
 そう言ってじっと見ると、ヒューは赤くなって頷いた。

「わかった。行き止まりだから、階段が現れるか、転移陣があるはずなんだが…」
 お互いに探すと、床が光り出した。

「この床が転移陣か?入口に飛ぶんだろうな?」
 ヒューが俺の手を握った。それを握り返す。
「…出られるかな…」
 そう言って、見上げると、ヒューは口付けを落とした。
「出られるよ。」
 そう言って笑った笑顔が俺が見たヒューの最後の笑顔だった。

 繋いだ手はいつの間にか離れて俺は岩山ダンジョンの入口に立っていた。

「…出られた!…---!…」

 横を見て誰かの名前を呼ぼうとした。

 誰の名前?
 俺は今までなにをしていた?
 ダンジョンへ入って、罠に飛ばされて。
 それで?
 何か大事な物がごっそりと抜け落ちた感覚に恐怖した。

「…メルト!」
 ミランの声が聞こえた。ダンジョンの前にある監視小屋からのようだった。
 駆け寄ってくるミランが見えた。

「二週間も、行方不明で…どこに飛ばされてた…もう、死んだかと…今日引き上げる予定で…メルト?この服、それに剣は…」

 ぽろっと涙が零れた。
「わからない、わからないんだ。俺は何か、大事なことを忘れてしまった気がする…どうしよう。とても大事な、ことなのに…」
 ミランの服を握りしめて縋った。

『メルト』
 あの、優しい声はもう聞こえなかった。
 誰の?
 俺はそのまま意識を失って目が覚めたのは王都の騎士団の医療ベッドの上だった。

 身につけていた物はすべて没収された。貸与品のマジックバッグは当然のこととして、短剣も、剣も、防具も。下着も。

 それは調査という名目だったらしいのだが、俺は単に支給品を返したというつもりになっていた。ミランはおかしいと怒っていた。それでもペンダントだけは残されたが何故持っていたのかはわからなかった。それを俺はしまいこんだ。見ると胸が痛むからだ。

 俺は転移罠にはまり、入口に転移させられたのだという結論になった。
 二週間という時間が罠のせいだということになり、検査の結果、何も異常がないということで団に復帰した。
 皆が心配してくれて俺は帰ってこれてよかったと思った。

 ただ時折、心に穴があいたような気持になるのはなぜだろうか。
 剣を振る時、思い描く剣筋は誰のものなのだろう。
 帰還してから少し魔力を扱えるようになっていたのはなぜだろうか。
 時折夢で優しい声で呼ばれるのは、なぜだろうか。

 俺はダンジョンで飛ばされた時に起こったことはすべて忘れた。
 でも時折ふっと思い浮かぶことがある。誰が言っているのか、本で読んだのかはわからない。

『メルト、重い攻撃は膂力がいる。筋力をつけるのも手だ。食事のときは、脂身の少ない、鳥の胸肉やささみを中心に取るといいと思う。もちろん野菜もね?』

 何故だか筋力をつけないといけないと思った。だからいっぱい食べてよく寝て、体幹と筋力トレーニングをした。
 俺の成長期はまだ終わってなかったみたいで、背も伸び、筋肉もつき、大剣も使えるようになって、強くなったなと言われた。
 剣技が、少しラーン流とは違うけれど、実戦に即した動きができていると評価された。投擲も上達していて、普段からナイフを持ち歩くようになった。

 18歳になった時に俺は見習いから正式に第一騎士団に配置された。

「次、メルト」
「はい!」
「貴君を第一騎士団所属に叙す」

 騎士団総団長から、俺達、見習い騎士達への叙任式が行われた。
 俺は無事に叙任され、憧れの王都の正騎士になったのだった。そして俺は何故か、『沈黙の騎士』と呼ばれるようになる。

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