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本格始動

第65話 坂上智樹4(※坂上智樹SIDE)

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 王都の森は鬱蒼として不思議と雪は少なかった。奥に行くほどひんやりとはしているが、森の保有する魔素の影響で雪が積もらないんだとか。

 森に入ってから宇佐見明良は森の歩き方、というのを俺に教授してくる。
 植生、魔物や獣の痕跡、気配の絶ち方、察し方。薬草の見つけ方、等々。

 こいつはほんとによくやっている。反抗的な俺を引っ張って、この世界の知識を身につけて、同郷の指導をしている。
 何故だ?何故そんなに頑張れる。
 チートをもらったから?
 王女に好かれたいから?
 それだけか?

「おい、聞いてるのか?ぼうっとしてたら命落とすぞ。」
 思わず思考に気を取られてた俺に、宇佐見明良から注意が飛んだ。

 そういえば、こいつ、足音が全然しない。落ち葉や、雑草も生えているのに。小枝だって落っこちてるし。そこまで考えて、気配の薄いことに気付いた。意識しなければ、俺はこの森で一人で歩いてるのでは、と思ってしまうほど。

 俺が歩くたびにがさりと音がする。枝に引っかかって、その枝を折ってしまったりする。
 だが、そんなことは宇佐見明良にはない。
 歩き方も、俺とは全然違う。

 わからなかった。

 そういえば、早朝のトレーニング、あとからの10人は、音を立てていなかった。
 足の運び方が違っていた。
 多少、オーバーワークになった時は、乱れたり、声をあげたりしていたが、そうでないときは、宇佐見明良のような走り方をしていた。

 俺はこの時身にしみて、自分の力量があとの10人の誰にも及ばないとわかった。

 どうしたら、あんなふうになれるんだ。
 チートの差じゃない。

 俺だって、強力な能力はもらっている。
 そうじゃない部分だ、この差は。

 あいつを見ろ、違いを探せ。
 追いつかなければ、俺はここにはいられない。

 今までの行為が生きているのが、恥ずかしくなるほどの、愚かしい行為だとわかってしまったから。

 それからの俺は従順になった。ならざるを得ないと、言うほどのスパルタだった。
 始めは丁寧に教えてくれる。
 実行させられる。
 出来ないと繰り返し。命の危険がないと手を出しては来ない。
 魔法はあいつが、剣術はカディスに鍛えられた。

 そうして、いつの間にか、身体が引き締まっていたことに気付いた。

 追いつけてはいない。
 マシになった程度だ。
 それでも、あいつがこの集団を仕切るようになって、他の奴らの意識も変わっていったのがわかった。

 食堂で見る他の奴らは皆楽しそうだ。
 今までのグループではなく、今組んでいるグループごとに集まっている。
 迷宮に行く前の、やる気のなさとは一転、やる気に溢れているようだった。

「智樹、ラビちゃん先輩の個人授業はどうなんだ?」
「きついんじゃね?」
「でも、一番鍛えられてんじゃねえの?」
 昌樹、勝道、りくが声を掛けてきた。
 久しぶりだった。

「スパルタだよ。そっちはどうなんだ?」
 意外と普通に言葉が出た。迷宮以来、あまり話してはいなかったのに。
「あいつら意外とやるんだよな。ビックリしてさ。」
 昌樹が言う。
「まあ、認めてやらないことはねえけど。」
 勝道が口を尖らせて言った。
「まあ、まあ。前よりマシになったくらいじゃないかな。」
 とりくが言う。

 こいつらも顔つきが変わった。やっぱり環境なのだろうか。グループの他の面子と仲良くやっているらしいことは、こいつらを呼ぶ、そいつらの表情でわかる。
「んじゃ、呼んでるから。」
 とさっさと行ってしまう。

「ああ。」
 俺は手を振って見送る。その手を降ろすと握りしめた。

 俺だけだ。俺だけがこの変化についていけてない。
 いつの間にか、俺はボッチだ。

 自業自得だとは分かっている。
 だが、この世界に俺はいる価値があるんだろうか。

 その日のクエストの帰り道。カディスが話しかけてきた。
「どうだ? 調子は。」
 にやにやとしているこの男は、あいつより剣技では強い。
「……頼みがあるんだけど。」
 そう言ったら、この男は一瞬びっくりした顔をした。

「俺に剣を教えてほしい。夜に。」

 意外にも受けてくれて、その日から課外授業が始まった。
 カディスはスパルタだった。昼間の指導よりもはるかに。

「あいつの邪魔をしないように、鍛えてやるから覚悟しな。」

 カディスはあいつの護衛で、親しい友人のようだった。

 向こうの世界でも、こっちの世界でも、俺には真の友人がいないのだ。
 どうしてなんだ。
 どうしたらいいんだ。
 俺は、俺は……。

 1人でいるのはつらいんだ。


 いつの間にか、俺は泣いていたらしい。剣を打ち合ってたカディスが驚いた顔で剣を止めた。

「どうした。どこか、怪我をしたか?」
 俺は首を横に振った。自分でもなんで泣いてるかわからない。こんな年で、人前で涙が出るなんて、おかしい。
「わ、わからな、い。怪我はしてな、い……。」
 剣を落として、腕で涙をぬぐう。

 ぽんと頭に手が置かれて、カディスの胸に抱きこまれた。
「まだ、子供だなあ。ようし、お兄ちゃんの胸で泣きな。」

 後頭部を手で押さえられて、動けなかった。
 馬鹿にするな、といいたかった。

 でも、そういうはずの口は、嗚咽しか漏れず。
 みっともなくも、男の胸で気がすむまで泣いてしまったのだった。
 せめて女の子の胸だったらよかったなどと、あとで思ったのだが、どうも俺はその時は相当追い詰められていたらしい。

 その日のクエストは魔物討伐だった。思ったよりも体が動いて、魔法ではなく剣で屠れた。
 解体も慣れてきて、珍しく宇佐見が褒めた。

「そろそろ迷宮に行ってもいい頃かなあ。」

 そう、呟いた。

 カディスとはまだ特訓が続いていて、大泣きした日以来、少しカディスの態度が変わってきたような気がした。

 打ち負かされて膝をついた俺に、多分にやにやした顔をして言っているんだ。

「泣いてもいいのよん。お兄さんが受け止めてあげるから。」
 むっとして俺は立ち上がって斬りかかる。
「ば、馬鹿にするなよ!?」
 剣を何なく受け止めてカディスはにやりと笑った。

「いい顔になってきたよ。それなら安心だな。」
 いい顔ってなんだ? なんでそんな得意げな顔をしているんだ。

 なんだかムカついて、めちゃくちゃに打ちかかったら、いちいち悪いところを指摘されて、さんざんに痛めつけられた。

 わかっている。あの日以来俺の心の奥底の澱がなくなったのだと。

 だけどそれを素直に認めるのは、とても恥ずかしいことで、きまりも悪かった。
 だから、変わらぬ態度で、今だけいうことを聞いてやってるんだと、そんなふうに宇佐見には振舞う。

「迷宮にはいる時はガッキ―チームに混ざるといい。21人は人数が多いから3分の1に分けて攻略に向かう。俺か、カディスが補助につく。」
 どうやら、マンツーマンの指導は終わったらしい。

 冒険者ランクがDに上がって、まだ少しCには及ばないというのが俺達最初の10人だ。
 それでも、宇佐見の及第点に達したようで、俺達は迷宮への挑戦のやり直しをする。

「智樹もこのグループだって?」
 昌樹が言う。
「とりあえず俺がこのチームのリーダーなので、従ってもらうからね。ウッド。」
 と、このチームを率いる新垣悠斗、ガッキ―が言った。ウッドは恥ずかしいからやめてほしいんだが。
「よろしく~ウッドって、ほんとラビちゃん先輩のネーミングセンス最低。」
 上谷真悟が言う。しんちゃんと呼ばれていた。

「まあ、よろしく頼む。」
 緊張で少し声が裏返った。皆が少し目を見張った気がしたが、一瞬あと、口々によろしくと皆から声がかかった。

 その日、俺はやっと、一人ではなくなったのだった。
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