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本格始動

第59話 集中訓練

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 訓練内容は最初の1週間は身体づくりと基礎の底上げだ。基礎が全くできていない。
 剣をフリネリアが教えてたはずだが、それにしてもお粗末だった。

 力任せと、やる気の無さ。

 それは、強制はしないでお願いをした、ということから始まっているし、一般の日本人がそれを受け入れると俺も思ってはいない。

 俺は、”水峰勇”を知っていたし、アーリアと出会って、役に立ちたいと思ったことからいろいろしている。そうでなければ、多分、前半組のやる気のない部類にいたと思う。

 あ、いや、坂上智樹グループで右目が疼くとかやっていそうな気もする。もう、2,3年若ければ。

 それでも、鍛えられてない10人にも、日本へ帰るまではこっちの事情に付き合ってもらうつもりだ。
 俺にそれを押しつける資格があるのかとか、そんなの関係ない。

 俺はアーリアが生きるこの世界を、アーリアを護りたい。だから、俺の事情にここにいる20人を巻き込む。それだけの話なんだ。

 誰が勇者になっても俺は協力するし、俺がそうなら邪王を滅ぼす。
 だから……。

「足が止まってる。もう10周追加。」
「イエッサ―!」
 快く返ってくる、後半組の声。

「ひい……」
「む、無理……」
「……はぁ……はぁ……はっ……」
 辛そうな声しか聞こえない前半組。

 その差は大きい。

 午前中は体力作りと、武術の稽古、昼を挟んで魔法の基礎と実技。その後は個別レッスンだ。

 早朝訓練にも、もちろん出てもらう。

 さて、どれだけ追いつけるのかな。足が止まってへたり込んでいるのを、強制的に立たせて威圧する。
「走らないともう10周、皆に追加する。」
 彼に全員からの殺気が飛ぶ。彼は青ざめて走り出す。

 ま、肉体的危険があったらちゃんと止めるよ。でも補正効果があるんだからもっと走れるはずなんだよ。ステータス的にね。

 走り込みで体力を使いきったのか、へたり込んでいる前半組を、容赦なく起こして、カディス師匠の扱きが始まった。

 後半組は平常運転でいつも通りの訓練を終え、体力の限界を迎えた者の補助をしていた。
 皆成長した。俺は嬉しい。

 俺は坂上智樹を無理やり訓練に参加させていた。

 “雷撃”は気絶させるだけの威力で、気絶していたのは5分ほどだ。起きたら問答無用で走らせた。魔力はあっても体力はない。
 率先して魔物を狩っていたから、レベルだけは高い。でもそれだけだ。効果的な魔法の運用はできていなかったし、オーバーキルが多かった。鍛え上げれば、勇者でもおかしくないくらいなのに。

 潰した片手剣を、いやいや振っている彼を見ながら、俺は息を吐いた。

「皆様、お久しぶりです。何か不自由はありませんか?」
 アーリアが訓練所にやってきた。フリネリアを伴って。しかも訓練用の服だ。
 え、アーリアどうしたの?

「アキラ様。久しぶりに私も訓練を皆さんとしたくて。」
 俺は背後にいるフリネリアを思わず見てしまった。諦めたように顔を横に振る彼女の顔に、止められなかったと書いてあった。

「あ、ああ……アーリア様、じゃあ、しんちゃんから順番に模擬戦を。」
 しんちゃんがぎょっとした顔をしたが頷いた。

 それから総当たりで後半組はアーリアと模擬戦をした。

 1人当たり1分ほど。どちらかが剣を当てたり武器を落としたらおしまい。アーリアは強くなっていた。動きも洗練されてきた。ステータス的に上回るしんちゃん達に対して互角以上の動きをしていた。

 そして、前半組が驚いた顔をしてるのはスルーした。
「よそ見してる暇はないよ。はい、素振りは腕振ってるだけじゃない。どう動くかイメージして動かさないと意味はない。まあ、最初は型をなぞることから始めていいんだけど、それじゃあ、のんびりしすぎる。素振りは朝練の時に自主的にしておいてね。毎日。」
 俺とカディスが言って回る。

「1週間したら冒険者登録後依頼を受けてもらう。森を主体にした依頼をこなして、 C級冒険者まであがってもらうよ。その後はパーティー組んで迷宮攻略をする。この王都にも迷宮がある。初級者向けだから安心しろよー。」
 マンツーマンで人つけるかな。女子の人数は同じはずだし。相性よさそうな組み合わせを考えて助言してもらおう。
 俺はまた凶悪な顔をしていたのか、後半組の面々が青い顔をしていた。

「アキラ様。私はこれで政務に戻ります。」
 午前中の訓練をほぼ終える陣になって、アーリアが言ってきた。今日は午前中しか空きがなかったのか。それも無理して開けたんだろうな。

「そうか。じゃあ、また夜だな。しばらくは護衛はしなくていいのかな?」
 あ、なんか視線感じるな。後半組は慣れっこだけど、前半組は初めて見たんだろうからな。
「はい! 午後も頑張ってくださいね! 護衛の任務はこちらに集中していただくために、しばらく入っていません。どうしてもお力をお借りしたい時はお願いします。」
 アーリアの言葉に俺は頷いた。
「わかった。」

 嬉しそうにアーリアが頷き、姿勢を正して他のメンバーの顔を見回す。
「皆様、何かありましたら、このアーリアにお申し付けください。“彷徨い人”の皆さまのため、出来る限りの支援をさせていただきます。」
 貴婦人の礼を取ってその場を出ていく。ため息がその場を支配した。うん。アーリアは相変わらず綺麗だなー。

「王女様、よそいきの顔だったねー」
「そりゃあ、ねえ。」
「ラビちゃん先輩~もっといちゃついていいんじゃない?」
 小声で言ってるんだろうが聞こえてる。
「そこ、昼前に走ってこい。100周。」
 悲鳴が聞こえたが無視だ。

「なんだ? 王女なんて、めったに姿を現さなかったのに…」
 坂上の呆然とした声が聞こえた。アーリアはこっちにだって、それほど顔を見せたりはしなかったよ。あれは俺に気を使ったんだろうな。
「昼食べたら朝の部屋に集合。魔法の授業だ。基本理論から徹底的に叩きこむからな。」
 そう宣言して、食堂に向かった。

 しばらくすると他のメンバーもやってきたが、前半組は食欲がないようだった。
 午後は居眠りが出るかなと少し心配になった。

 座学をやるんだよな。後半組の魔法の訓練はみて覚えろ、的な奴だったから、知識は教えてない。俺は魔族のマルティナ仕込だから詠唱しての魔法はほとんど使ったことはない。後半組の連中もだ。だから無詠唱や、詠唱破棄で使うことが多い。
 問題ないかな。どうせ日本人だし、詠唱は恥ずかしいよな。うん。

 あ。そう言えばあのドロップ品、どうするか相談しないとな。すっかり忘れてた。
 新しい魔法の事も、研究しないといけないんだよな。時間あるかな。

「宇佐見殿。魔法の授業ですか? 宇佐見殿は見て覚えろというスタンスだったと、思ったのですがねえ。」
 実は俺の横で食べていた田村さん。周りは男だらけで泣けてくるが。
「んー、たまには理論から入ってもいいと思ったんですよね。いつもの皆は今そこそこ使えてるけれど、魔法というのがどういう物かはわかっていた方が使い方にも幅が出るかと期待してですねえ。俺はスキル自体がまあ、その規格外なもんだから、自分を皆の参考にはできないんですよねー。ま、そういうわけで理論攻めで押し切ろうと悪あがきですよ。」
 と肩を竦めて見せた。

「そうですかな? 知識を増やすのはこの年でも楽しいものです。楽しみにしていますよ。」
 田村さんに言われると妙にプレッシャーを感じる。ちょっと頑張らないとな。

 残っていたスープを流し込んで食事を終えると、教材を用意しに食堂を出た。
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