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王都新迷宮攻略
第37話 初雪
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水峰の描くアクアミネスの世界は殺伐としていて厳しい。
ミネス王国も度重なる飢饉と隣国との争いで疲弊していた。親を失った子供は栄養不足で餓死していたり、辺境の村では食糧不足や水不足で貧困に喘いでいた。奴隷もいた。
兵士たちは国境を守ることで忙しく、辺境の村々を魔物の脅威から護ってくれるのは自衛の男手だけだった。その男手も、戦争に駆り出されたり、賦役などで若い男がいなくなった。
そんな事情であるから、勇者はあちこちの村へと駆り出されて疲弊していった。
勇者の独白はいつも“帰りたい”だった。
彼が初めてアクアミネスにやって来た時、目の前にいたのは王女だった。
王女についていた護衛が“ヴォルフ”、その当時の騎士団団長だ。魔法は聖属性の魔法のみ使える、脳筋で陽気な男。
勇者を鍛えたのは彼であり、その後もずっと勇者を護って辺境を回った。時に彼を叱咤し、矢面に立って人々の勇者に対する謂れなき誹謗に対しても彼を庇った。
それでも人々の勇者に対する要求はエスカレートしていった。特に辺境に行けばいくほど、邪王に近づけば近づくほど、人々の心は荒れていく。
心がすさむというのはこういうことなのかとそのシナリオを読んだ時、俺は思った。
“邪王”に対する前に心が折れそうな世界。それを支えて、邪王の攻撃からも守りきった彼は勇者の守護者だった。
水峰が書いたシナリオの”邪王”は恐ろしい。その本体が少し触れてもたちまちに命を落としてしまう存在として描かれていた。
その守護者の子孫がここにいる。
俺は改めて団長を見た。
群青色の髪、アイスブルーの目。がっしりした筋肉質の体型。容姿は美形のおじ様だ。
髪や目の色は作中に出てきた妹さんの方に似ている。
「どうした?」
俺は頭を下げた。
「ありがとうございます。」
怪訝そうな目で見つめられた。
「勇者を護ってくださって、ありがとうございます。」
水峰を救ったのはあの騎士。それがなければ水峰は俺と会うこともなく、もしかしたら俺はここに来ることもなかったのかもしれない。
それでも、俺はここに来られてよかったと思っている。
水峰の気持ちを理解できた気がする。
あの吐き捨てた言葉も騎士が必ず死ぬ運命なのも。
帰ったらノーマルエンドのシナリオを直そう。もっといい物ができると思う。
「? ……勇者を守ったことはないが……それは暗にパーティーに誘っているのかね?」
俺はくすっと笑って見せた。
「いえ、パーティーメンバーは可愛い女の子がいいです。」
俺と団長は顔を見合せて笑った。俺はすぐに帰るつもりで立ちあがっていたが、団長がもう一つ話を持ってきたので座り直した。
「実は祝日明けにバーダットの“緑の迷宮”に先の10人を連れていって鍛えようという案が出ている。」
俺は首を傾げた。迷宮に入るならCランクの冒険者相当の実力がないといけない。
パーティーなら一人でもいれば入れるがそういうことではない。迷宮は森より危ない。
「鍛えるなら王都の森がいいのではないですか?すでにこっちの10人はそうしてますけど……」
団長が肩を竦めた。
「計画をしているのは宰相だからな。現状がわかっておられないかもしれない。で、ここからが本題だが、そちらも同じように迷宮での訓練に参加して欲しいとのことだ。」
俺は、はぁ?と間抜けな声を出してしまった。
「バーダットの迷宮に20人パーティーで臨むんですか?それ、さすがに無理があると思います。」
団長は思案気に顎に手を添える。
「確かにな。事故を起こさないために、騎士団からも5人ほど護衛をつけるんだが、それだけで15人になる。それに……」
顎においた手でそこを撫でた。
「前半の10人と後半の10人では連携は取れないだろう。今から練習したとしても難しい。今の訓練を更に発展させた方がいいはずだ。」
俺は少し気になって聞いてみた。
「団長は参加はされるのですか?」
そこで団長は息を吐く。
「いや、実は隣国との国境の砦に赴かなくてはならなくてな。副団長が指揮を執る。」
あ、ちょっと不安なんだな。しかし、隣国って帝国だっけ? 今、緊張関係にあるってことか。最近ずっと戦争や紛争はないはずなんだが。
「こっちの10人は今までどおり、王都の側に出来た迷宮攻略をします。人数が多いので分けた、でいいんじゃないですか?あ、ちなみにこっちは護衛の騎士は要りません。まあ、いつも通りに訓練しますよ。それでいいですか?」
団長は頷いた。
「そうするのが良策か。わかった。いつも通りにお願いする。それと、多分王女様から聞くはずのことなのだが、年の変わり目にパーティーがある。それに全員出て欲しいとのことだ。詳細は追って知らせる。以上だ。時間を取らせてしまって申し訳なかったな。」
俺は首を振る。
「いえ。フリネリアさんにもお世話になっていますし。俺は優遇されているのでかえって気を使わせてしまった気がします。では、失礼します。」
俺は騎士団の礼を取ってその場を去った。
いろいろ情報を整理しよう。俺は今軽く混乱していると思う。
他の連中はいま王都の森に出かけている。俺がいない分はどうやら田村さんに埋めてもらったようだ。申し訳ない。
俺は与えられている自室に戻って、情報を書き留めた。
この世界の時間設定はほぼ地球基準と同じだ。
つまり1日24時間365日。一月を30日12か月、ただし一年の終わりと始まりの間の特別な期間を聖なる5日間として新たな年を祝う期間としている。(たまに6日になるのは閏年のようなものらしい)
曜日は起算日が休息日で聖から始まり、光、火、水、緑、闇、土曜日となる。
月は普通に初めから1月から12月。ミネスは日本と同じような季節がある。
地方に行くほど地方色が出るが、王都とバーダット魔法学院のある地域は四季がある。
3-5月が春、6-8月が夏、9-11月が秋、そして今、12-2月が冬だ。
団長の言っていた祝日の宴というのはこの新年の祝いなのだろう。あれか、ハッピーニューイヤー的なものか。
次に勇者の件についてだが。
どういうわけか時間軸が相当ずれている。
俺の今と水峰の今は向こうの世界では一緒だが、こちらの世界では200年の開きがある。
更に呼び寄せられた“彷徨い人”にも時間軸のずれはある。
理由はあるはずだ。
勇者にふさわしい人物を選んでここに呼んでいるのなら。
女神様に聞かないとわからない話か。
しかたない。
とりあえずできることをしよう。
そう思って部屋を出る時に、鈴の鳴ったような音が聞こえた気がした。
外に出ると少し暗かった。そう言えば朝より外気が冷えている。
ひらっと目の前に白いものが舞った。
雪、だった。
俺はしばし、空を見上げてその光景に見入った。
灰色の空から落ちてくる雪は元の世界と変わらずに何故だか泣きたいような気分になった。
この世界に来てもう半年が過ぎていた。
ミネス王国も度重なる飢饉と隣国との争いで疲弊していた。親を失った子供は栄養不足で餓死していたり、辺境の村では食糧不足や水不足で貧困に喘いでいた。奴隷もいた。
兵士たちは国境を守ることで忙しく、辺境の村々を魔物の脅威から護ってくれるのは自衛の男手だけだった。その男手も、戦争に駆り出されたり、賦役などで若い男がいなくなった。
そんな事情であるから、勇者はあちこちの村へと駆り出されて疲弊していった。
勇者の独白はいつも“帰りたい”だった。
彼が初めてアクアミネスにやって来た時、目の前にいたのは王女だった。
王女についていた護衛が“ヴォルフ”、その当時の騎士団団長だ。魔法は聖属性の魔法のみ使える、脳筋で陽気な男。
勇者を鍛えたのは彼であり、その後もずっと勇者を護って辺境を回った。時に彼を叱咤し、矢面に立って人々の勇者に対する謂れなき誹謗に対しても彼を庇った。
それでも人々の勇者に対する要求はエスカレートしていった。特に辺境に行けばいくほど、邪王に近づけば近づくほど、人々の心は荒れていく。
心がすさむというのはこういうことなのかとそのシナリオを読んだ時、俺は思った。
“邪王”に対する前に心が折れそうな世界。それを支えて、邪王の攻撃からも守りきった彼は勇者の守護者だった。
水峰が書いたシナリオの”邪王”は恐ろしい。その本体が少し触れてもたちまちに命を落としてしまう存在として描かれていた。
その守護者の子孫がここにいる。
俺は改めて団長を見た。
群青色の髪、アイスブルーの目。がっしりした筋肉質の体型。容姿は美形のおじ様だ。
髪や目の色は作中に出てきた妹さんの方に似ている。
「どうした?」
俺は頭を下げた。
「ありがとうございます。」
怪訝そうな目で見つめられた。
「勇者を護ってくださって、ありがとうございます。」
水峰を救ったのはあの騎士。それがなければ水峰は俺と会うこともなく、もしかしたら俺はここに来ることもなかったのかもしれない。
それでも、俺はここに来られてよかったと思っている。
水峰の気持ちを理解できた気がする。
あの吐き捨てた言葉も騎士が必ず死ぬ運命なのも。
帰ったらノーマルエンドのシナリオを直そう。もっといい物ができると思う。
「? ……勇者を守ったことはないが……それは暗にパーティーに誘っているのかね?」
俺はくすっと笑って見せた。
「いえ、パーティーメンバーは可愛い女の子がいいです。」
俺と団長は顔を見合せて笑った。俺はすぐに帰るつもりで立ちあがっていたが、団長がもう一つ話を持ってきたので座り直した。
「実は祝日明けにバーダットの“緑の迷宮”に先の10人を連れていって鍛えようという案が出ている。」
俺は首を傾げた。迷宮に入るならCランクの冒険者相当の実力がないといけない。
パーティーなら一人でもいれば入れるがそういうことではない。迷宮は森より危ない。
「鍛えるなら王都の森がいいのではないですか?すでにこっちの10人はそうしてますけど……」
団長が肩を竦めた。
「計画をしているのは宰相だからな。現状がわかっておられないかもしれない。で、ここからが本題だが、そちらも同じように迷宮での訓練に参加して欲しいとのことだ。」
俺は、はぁ?と間抜けな声を出してしまった。
「バーダットの迷宮に20人パーティーで臨むんですか?それ、さすがに無理があると思います。」
団長は思案気に顎に手を添える。
「確かにな。事故を起こさないために、騎士団からも5人ほど護衛をつけるんだが、それだけで15人になる。それに……」
顎においた手でそこを撫でた。
「前半の10人と後半の10人では連携は取れないだろう。今から練習したとしても難しい。今の訓練を更に発展させた方がいいはずだ。」
俺は少し気になって聞いてみた。
「団長は参加はされるのですか?」
そこで団長は息を吐く。
「いや、実は隣国との国境の砦に赴かなくてはならなくてな。副団長が指揮を執る。」
あ、ちょっと不安なんだな。しかし、隣国って帝国だっけ? 今、緊張関係にあるってことか。最近ずっと戦争や紛争はないはずなんだが。
「こっちの10人は今までどおり、王都の側に出来た迷宮攻略をします。人数が多いので分けた、でいいんじゃないですか?あ、ちなみにこっちは護衛の騎士は要りません。まあ、いつも通りに訓練しますよ。それでいいですか?」
団長は頷いた。
「そうするのが良策か。わかった。いつも通りにお願いする。それと、多分王女様から聞くはずのことなのだが、年の変わり目にパーティーがある。それに全員出て欲しいとのことだ。詳細は追って知らせる。以上だ。時間を取らせてしまって申し訳なかったな。」
俺は首を振る。
「いえ。フリネリアさんにもお世話になっていますし。俺は優遇されているのでかえって気を使わせてしまった気がします。では、失礼します。」
俺は騎士団の礼を取ってその場を去った。
いろいろ情報を整理しよう。俺は今軽く混乱していると思う。
他の連中はいま王都の森に出かけている。俺がいない分はどうやら田村さんに埋めてもらったようだ。申し訳ない。
俺は与えられている自室に戻って、情報を書き留めた。
この世界の時間設定はほぼ地球基準と同じだ。
つまり1日24時間365日。一月を30日12か月、ただし一年の終わりと始まりの間の特別な期間を聖なる5日間として新たな年を祝う期間としている。(たまに6日になるのは閏年のようなものらしい)
曜日は起算日が休息日で聖から始まり、光、火、水、緑、闇、土曜日となる。
月は普通に初めから1月から12月。ミネスは日本と同じような季節がある。
地方に行くほど地方色が出るが、王都とバーダット魔法学院のある地域は四季がある。
3-5月が春、6-8月が夏、9-11月が秋、そして今、12-2月が冬だ。
団長の言っていた祝日の宴というのはこの新年の祝いなのだろう。あれか、ハッピーニューイヤー的なものか。
次に勇者の件についてだが。
どういうわけか時間軸が相当ずれている。
俺の今と水峰の今は向こうの世界では一緒だが、こちらの世界では200年の開きがある。
更に呼び寄せられた“彷徨い人”にも時間軸のずれはある。
理由はあるはずだ。
勇者にふさわしい人物を選んでここに呼んでいるのなら。
女神様に聞かないとわからない話か。
しかたない。
とりあえずできることをしよう。
そう思って部屋を出る時に、鈴の鳴ったような音が聞こえた気がした。
外に出ると少し暗かった。そう言えば朝より外気が冷えている。
ひらっと目の前に白いものが舞った。
雪、だった。
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