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3巻
3-1
しおりを挟むプロローグ
俺は通利一平。
日本人で、ゲームが趣味の地味オタクだった。特にはまったのが「星と花と宵闇と」だった。
ストーリーは異世界から来た主人公が星と花の力の担い手になり、魔王を倒して好感度の高い攻略キャラとハッピーエンドになるという王道の乙女ゲーム。RPG要素もしっかりあって、能力値上げのミニゲーム的な要素もあった。スマホで手軽に遊べるのもヒットした一因だろう。
舞台は貴族学院で、攻略対象は五人と隠しキャラ。第二王子ヘリスウィル・エステレラ、騎士団長の息子ロシュ・フェヒター、魔法師団長の息子シムオン・トニトルス、留学中の隣国の王子リール・ブルスクーロ・アナトレー、宰相の息子フィエーヤ・ウェントゥス、そして隠しキャラのラスボス、魔王であるノクス・ウースィク。
ノクスは黒髪、黒目の超絶美形なのだが、ゲームの舞台であるエステレラ王国では黒は闇の精霊の加護を意味する。魔物を統べると言われる宵闇の神は魔に近く、闇の精霊はその眷属だ。
そのため、黒の髪や目は忌避や迫害の対象になり、そして怖れられる。なぜなら、この国の王家の主神が太陽の神で、太陽神と敵対関係にある宵闇の神に通じるからだ。
彼は孤独に陥り、闇落ちし、魔王となる。それが切なくて、俺の最推しとなった。
彼を救いたくてゲームで頑張ったけれど、彼の隠しルートをプレイする前に俺は死に、セイアッド・ロアールとして、「星と花と宵闇と」に酷似したこの世界に転生した。
最推しであるノクスと五歳になった時に出会い、その時、前世を思い出した。
この世界のノクスが闇落ちして魔王にならないようにすると、その時俺は誓った。
出会った時に起こったノクスの魔力暴走が原因かわからないが、彼は俺の家で一緒に暮らすことになった。一緒に勉強し、遊び、鍛錬をするうちに、俺たちはとても仲よくなった。
攻略対象者たちにもなぜか次々に出会い、交流するようになった。
十歳になった時に祝福の儀が教会で行われて、自分の持つ加護がわかる。それを受けると魔法を使ってもいいことになるんだけど、それだけじゃなかった。
第二の性、バース性の説明があった。アルファ、ベータ、オメガっていう性があってオメガであれば男であっても子供を産むことができる。バース性の発現は十三歳から十八歳くらいまでの間だ。兆候があると教会でバース鑑定を受けなければいけないらしい。
ノクスにプロポーズを受け、オメガだったら考えると答えた。確かに、ずっと側にいた俺たちの距離は友達のそれじゃなかったかもしれないけど、だからって男の幼馴染にプロポーズされるとは思わないだろ?
俺には頭を殴られたくらいの衝撃があった。
俺はノーマルだった。もちろん彼女いない歴イコール年齢だったが。
前世でゲームを一緒にやっていた華の解説してくれたオメガバースの設定がこの世界でも同じだとすれば、ノーマルとしては慌てるのが当たり前なんじゃない?
とにかく前世の俺が心の中で慌てて、ノクスに素直になれなかった。
それから、冒険者になったり、月の神様の神殿が発見されたり、いろいろなことがあってとうとう乙女ゲームの始まりを迎えた。
ゲームのオープニングムービーと同じ入学式を体験した俺は、華とそっくりのヒロイン、フローラ・スター・オイストゥルと出会う。フローラの側には第二王子殿下がいて、フローラを保護していた。のちに、フローラは異世界転移してきた華だとわかり、俺も自分が一平だって明かした。
そんな中、第二王子殿下から、告白を受けた。
俺は混乱した。
殿下と仲がよかったのはロシュだ。俺じゃない。でも殿下は俺が好きだっていってる。
殿下と俺が恋人や婚約者になる?
その時わかった。
そう、俺はノクスが好き。ずっと、好きだったんだ。
意地を張って、誤魔化して。
でも、もう誤魔化しきれない。バース性がわかったら伝えると決心した。
ノクスと一生一緒にいたいって。ノクスが好きですって、ちゃんと。
第一章 二回生になった!
春休みの間、ロアール家のタウンハウスは常に来客があって賑やかだ。
ヴィンの誕生日にはシムオンも来てケーキを焼いてお祝いしてくれた。
ヴィンもエクラも九歳になっていて、ずいぶんと大きくなった。
あれ? 俺が九歳の時のノクスくらい大きいんじゃない? エクラは一回りくらい小さくて俺くらいだった。
ヴィンはイチゴのショートが好きで喜んでいた。シムオンのワイバーンケーキを忘れてはいなかったので、シムオンと嬉しそうに話している。エクラの誕生日は二月だったので贈り物はしていたけど、せっかくだからヴィンとお揃いのカーディガンを贈った。まだ寒いからね!
社交や納税のために王都に来た家族は俺たちが夏休みになった時に、一緒にロアールに戻るという。なので、俺とノクスは夏休みまでの期間、週末にタウンハウスに滞在することにした。あ、師匠も。
もちろん依頼だとかそういった用事で行けない時はあると思うけど、なにせ、料理長がいるのだ! 美味しい食事をいただく機会は逃せない。
遊びに来たシムオンは久しぶりの料理長との対面に感激して、しばらく通う宣言をしていた。いいのか。
トニ先生も一緒に来ていたので聞いたら、かまわないらしい。トニ先生の家の料理長がシムオンと一緒にうちのレシピの解析をしてるそうで、味がかなり近づいているとのこと。トニ先生も料理長の料理にはまってるんだね……
シムオンが知ったレシピは売ったらしいけど(父……)王宮に教えてないレシピは内緒にしてもらうことになっている。
別の日には第二王子殿下とフローラも遊びに来た。護衛てんこ盛りだった。ちょうどその時、フィエーヤとロシュも来ていてフィエーヤが護衛の多さにびっくりしていた。
「紹介するよ、俺の弟、ヴィンアッド」
「私の弟、エクラだ」
「ヴィンアッド・ロアールです」
「エクラ・ウースィクです」
揃って挨拶する二人がニコッと笑うと、その場にいた人全員の胸を打ち抜いた。
胸を押さえて震えていたフローラが一番最初に復活した。
「天使よ! 天使がいる!」
フローラが大興奮だった。駆け寄って二人を抱きしめる。ヴィンとエクラは諦めたのか、天使なのか、フローラの腕の中で大人しくしていた。殿下は苦笑していた。女性には逆らわないほうが平和だものね。
「私はノクスとチェスでもするよ」
殿下はノクスと一緒にシガールームにあるチェス盤のテーブルに護衛を引き連れて向かった。
「今度も私が勝つ」
「いいや、私だ」
負け越している殿下の表情は最近の落ち着いた感じではなく、負けず嫌いの素の殿下に見えた。
フローラと弟たち、俺とロシュとフィエーヤはティールームにそのまま残ってお茶会だ。
「こっちのお菓子も美味しいわ! はい、あーん」
フローラは満面の笑みを浮かべて、ヴィンとエクラの口にお菓子を運ぶのに忙しい。
ロシュはテーブルに隠れた俺の手をトントンと指でつついて、耳元で囁いた。
「フィエーヤなんだけど、フローラに見惚れてない?」
言われてフィエーヤを見ると、目元がほんのり赤い。手にティーカップを持ったまま、身動きもせずにフローラを見ていた。
「うん! これは、あれかもしれないね!」
「うん、あれだね!」
俺とロシュは二人で顔を見合わせ、にやっと笑った。
がんばれ! フィエーヤ! フローラは友情エンドを目指しているから、誰とも恋をしてない! 君の頑張り次第だ! 攻略対象者なんだから、ヒロインとフィエーヤエンドを迎えられるよう、努力してね!
ロシュと見守ることを約束して、俺たちは手芸だ!
ロシュがタウンハウスに来る時は大抵手芸大会になる。
ノクスはそういう時は師匠と鍛錬をしていたり、側で勉強していた。シムオンやリールが来たら相手をしていたりする。今日は殿下とチェスだけどね! 昔に戻ったみたい。
「ハンカチに刺繍? それって第二王子殿下の紋……」
言いかけて口を塞がれた。
「内緒だよ?」
王家の紋章は勝手に使ったりできない。プレゼントの刺繍等も基本はダメで、婚約者や王家お抱えの工房や商家などが依頼で使えるだけ。その時も厳重に管理する。
個人の紋章はそこまでではないけれど、使用に厳しい決まりがある。
なのにハンカチの刺繍に使うってことは、本人が使う場合。
贈ることができる人は限られる。血縁者、婚約者や候補。
え、ロシュ、婚約者候補なの?
じゃあ、殿下の告白はどういうことなの?
俺はロシュに頷くと一針一針真剣に刺しているロシュの横顔を盗み見て、こっそりため息を吐いた。
そうして春休みは過ぎていき、春季が始まる直前に俺たちは寮に戻った。
「料理長のご飯……」
「セイ、それは言わないでくれ」
寮に戻って食堂で食べたご飯が美味しく感じず、二人とも打ちひしがれた。すぐ慣れる。落差がひどいからそう感じるだけだ。前世の大学の学食だと思えばいいんだ。
二回生のクラスは一回生のクラスと同じA、B、Cに別れ、ほとんど変わらないクラスメイトだったが、多少の入れ替わりはあったようだ。拠点としてクラスはあるけれど、コースや履修科目が被らないとほとんど会わなくなる。逆にクラスが違っても、履修科目が同じなら顔を合わせるようになって、交友関係が広がっていくわけだ。学院の行事はクラス単位、コース単位とその時々に参加するメンバーが違う。そういうところで将来の社交に役立つよう考えられているんだろう。
春季のメインは五月の終わりに行われる武術大会。騎士科と魔術師科の生徒がメインの行事だ。
配られたプリントを見たら前世の運動会みたいな感じのプログラムだった。
「団体戦もあるの?」
「これはあれか、仮想軍事行動か」
「ノクスとセイアッドがやっていた騎士と野盗をもっと戦術的にしたものだ。陣地の奪い合いだな」
「殿下」
「子供のころのあの訓練は上層部にも評判になったからな。あの訓練に参加していた騎士が中心となって騎士団向けに改良して隊の連携と指揮官の訓練になっている。その簡易版だ」
「え、じゃあ、騎士団はこの団体戦のような訓練をしているってこと?」
「もともと連携や指示に素早く動けるような訓練はしていたんだが、効率的な訓練として採用されたということだろうな」
団体戦のメンバーは去年と同じパーティの八名。各クラスで予選を行って本選にはクラス代表の一チームが出る。個人戦は個人戦で各科の代表二名ずつが出る仕組みだ。
ノクスと俺、殿下は貴族科、フローラとシムオンは魔術師科、ロシュとリールは騎士科、フィエーヤは文官科に進む。科が違うので別れて行動することが多くなるけれど、クラス単位の実技のパーティは存続で、殿下たちと組んで参加する。
フローラと殿下の受ける講義がかなり違うので別々に行動するから、フローラが一人になる場面が多くなるのが心配かな。
「俺が見ててやるよ。といっても席を近くすることくらいだけどな」
フローラのことをシムオンが請け負ってくれたので、殿下はほっとした顔だった。フィエーヤが小さく魔術師科にすればよかったと呟いていたのは聞かなかったことにしよう。シムオンがライバルになるかは今後の展開次第だね。さすがヒロイン!
「私は大丈夫なのに。でもありがとう。この際、交友関係を広げることにするわ」
「俺も被る講義があるからその時はよろしくね!」
「もちろんよ」
魔術師科は女性も多いが高位の令嬢は大抵貴族科だ。殿下が側にいなければ前のように囲まれていじめられはしないだろう。俺とロシュみたいに仲よくなれる友人ができるといいね。一回生の時は遠巻きにされてたからなあ。
俺は貴族科の必修以外は魔術系の授業を多く取っている。そのほかは家政科目を取っていて、ロシュと多く重なる。フローラも多少取るからその時も一緒になるかな。ノクスは騎士科の授業を取っていてロシュとリールと一緒。殿下は余分な専門は取らず、公務や帝王学に時間を割くようだ。教養系の必修はクラス単位でそこは今までと一緒。教室移動が多いので授業間の休み時間はそこそこ長い。
変わった授業体系にばたばたしていると、武術大会の予選に向けて訓練する時間が組み込まれた。振り分けられた訓練場でチームごとに別れて戦術や連携の練習をする。
俺たちのチームは今回は殿下が司令塔。前衛がノクス、ロシュ、リール。シムオン、俺が中衛、後衛の真ん中に殿下。その両脇にフィエーヤとフローラが殿下を守るように立つことになった。
基本は後衛が魔法で攪乱、前衛が突っ込む。中衛がフォロー。状況を殿下が分析、指示出しをする。以上。
具体的にはフローラの花散らしっていう幻惑魔法とフィエーヤの風魔法を組み合わせ、相手の目を潰す。そこを前衛が討ち取っていって、打ち漏らしを俺が弓で、シムオンが雷魔法で潰していく。勝利条件は後衛の守る旗を取ったチーム。いかに旗を取るかが戦略の肝だ。
ロシュに情報収集をお願いして、皆で分散してほかのチームの練習を盗み見て殿下に戦術を練ってもらうことにした。ロシュは斥候として優秀だし、相手の懐に入るのが上手いんだ。交友関係も広い。俺と違って社交的なんだよね。
その情報を元に、各チームの対策も万全にする予定。初見のチームはぶっつけ本番で!
で、その練習期間、ほかのチームの練習を見ていて思った。
ううん? 魔法の詠唱長くない?
「あのさ、今さらだけど、聞いていいかな」
「なんだ?」
「詠唱って必要?」
「魔法の?」
「フローラとシムオンは魔術師科だろう? ほらエキスパートがいっぱいいるからどうなんだ?」
シムオンに呆れた目で見られた。なんでだ。ため息を吐きつつも、シムオンが口を開いた。
「ほんとに今さらだが、詠唱は魔法を発動する補佐的なものだから、それによって正確に魔法を発動することができるし、集団で使う大規模魔法は詠唱しないと合わせられないから必要だな」
「そうか」
「俺の父はイメージだなんだって言うけど、イメージはまず魔法を発動してそれを体に染みこませないとイメージ云々て話じゃない。詠唱はイメージを持たない人間にも発動できるから基本だと思う。まあ、セイアッドのように無詠唱でも発動できるなら必要ない」
「そっかー。そうだったのかー」
「基本の基本だから、授業ではそんなこと教えない。父も実は天才型だからな。お前も父も普通の魔術師と一緒にするなよ?」
「やっぱりセイは天才だな」
ノクスが嬉しそうに頷いている。最近ちょっと俺びいきが過ぎる気がする。
「ところでどうしてそんなこと聞いたのかしら?」
フローラが不思議そうに言う。
「え、いや。みんなが魔法の発動のたびに詠唱してるから潰しやすいなと思って。俺も授業の時はテキストに忠実に詠唱するけど、それは勉強の一環で、実戦で詠唱する必要はないと思っていたからね。そうか普通は詠唱するのかー」
「普通は魔術師を守って前衛が詠唱時間を稼ぐんだよ。セイアッドも魔物狩りならそうしてるだろ?」
「あ、うん」
「俺たちはセイアッドに慣らされていて短詠唱しかしていなかった。発動時間がまるで違う」
シムオンがなぜか頭を抱えていた。
「シムオン、今さらだ」
シムオンが殿下に肩を叩かれていた。
なんか、俺、残念な子扱いなんだけど!
「さて、練習再開だ! 旗へ向かって突撃!」
殿下の号令で、仮想敵陣地へ皆でダッシュした。間には敵を模した棒が立てられていてそれを躱しながら走る。実際には戦闘になるから避けるだけではないんだけれど、躱して目標に最短で向かうことを体に覚えさせる訓練だ。
「次は前衛と中衛が後衛と私に向かって仕掛けてこい!」
お互いを仮想敵とする。後衛と司令塔である殿下が旗を守る前提で、前衛と中衛は敵陣を抜けた先の戦闘訓練。
ただし、とっておきは隠しておく。うちは手札が多いから、ほかのチームがいるところで手札を晒さないように練習しないといけない。ほかのチームの目があるからね。
講義で積み上がる課題にひいひいしつつ、ロシュ、リール、ノクス、殿下は個人予選を勝ち上がっていった。
団体戦のほうもクラス予選は終わって俺たちは二回生Aクラスの代表になった。武術大会は準備期間が短いので慌ただしく日々が過ぎていく。
「疲れた」
毎日の武術大会の訓練の影響で、寮のソファでぐったりしているとノクスが苦笑した。
「疲れたならもう休んだほうがいい」
「そうなんだけど、それもつまらないと思って」
「私はこうして二人でいるのは嬉しいが、あまり無防備な姿を見せられると多少困る」
「無防備?」
俺は首を傾げてノクスを見た。ちょっと耳が赤くなっている。
「部屋着でそう寛がれると、目のやり場に困る」
「はい?」
ちゃんと服着てるよね?
投げ出していた体を起こして思わず自分を見ると、口に手を当ててノクスは視線を逸らした。
「いや、これは私が悪い。セイはそのままでいてくれ」
「え、なにそれ? 意味がわからない」
ふうと息を吐くとノクスは対面のソファから俺の隣に移動してきた。ふわりとノクスの匂いが鼻を擽る。いい匂いだ。うっとりとしてしまうのに首を振ってノクスを見る。
「疲れたなら、ソファじゃなく私に寄りかかればいい」
ノクスが俺の肩に手を伸ばして引き寄せた。ノクスの肩に俺の頭が乗り、寄りかかった形になる。ノクスのいい匂いを強く感じて心臓がドキドキする。
子供の時はもっと近くで寝ていたのに、なんで今は居たたまれない気持ちになるんだろう。
ただ寄りかかってるだけなのに腰が抜けそうな感じがするのはなんでだろう。
「ノ、ノクス、わかった。部屋で寝る」
「うん。お互いのためにもそのほうがいい」
いつも部屋の隅で空気になっているメイドさんの目が光った。ノクスはそれを見て苦笑しつつ立ち上がる。俺も立ち上がって、お互いの部屋に戻った。
「色気がありすぎだろう」
ベッドに飛び込んで手で顔を覆った。頬が熱かった。
ノクスがやばい。
ゲームのノクスにビジュアルが追いつく。最推しの顔がそのままそこにある。しかもゲームのスチルで見た憂い顔ではなく満面の笑み。
意地を張れなくなるのは近いのかもしれない。もう答えは出ているし、心の準備もしているけれど、恋愛経験ゼロの俺にはハードルが高すぎる気がする。
◇◆◇ ◇◆◇
武術大会の本選が始まった。一日目は団体戦、二日目は個人戦だ。
各代表のくじ引きで決まった対戦順に粛々と進む。
生徒の親兄弟が観戦に来ている。VIPルームに王族も来ているそうだ。
「緊張する」
「殿下、陛下は来ているの?」
「来る予定はあるが、明日の表彰式くらいじゃなかったかな?」
「学院には二人も王族がいるから来ていると思って頑張ろう」
「そうね」
俺たちのチームは二回戦目に出て圧勝した。相手は三回生Bクラス。
そのあとの対戦相手も、魔術師の詠唱が長くて俺たちの敵じゃなかった。
次の対戦相手に勝ったら決勝で、すでに決勝進出を決めている第一王子の率いるチームと当たる。
「ヘリス、頑張っているね」
「兄上」
第一王子、リヒト殿下だ。俺たちのいる応援席にやってきた。
「お互い頑張ろう。父上もさっき着いたそうだ。父上にいいところを見せよう」
第一王子殿下は笑顔で言って第二王子殿下の肩を叩いて去っていった。
俺たちは準決勝の相手に勝って第一王子殿下のチームとの決勝に臨む。
第一王子殿下の指揮は的確で、こちらのペースを乱される。さすが三回生、みんな対人慣れしている。こっちのチームは魔物相手が多いから駆け引きの経験が不足している。シムオンの電撃は情報があったのか防御され、フィエーヤの風の魔法で相手の突進を妨害したけれど、さすがに対応されて前衛同士でぶつかる。
それでもノクスやロシュ、リールは善戦していた。
「セイアッド、なにか、攪乱できるような魔法を」
「よし、みんなよけろよ!」
第二王子殿下の指示で俺は魔弓を掲げて魔力の矢を連発した。弧を描いて落ちる魔力の矢は相手陣にばらばらと落ちて地面で小爆発する。
「なんだ!? 魔法!?」
相手がたに動揺が走った。属性矢を防御しようとしたが、障壁を張るのに間に合わなかった魔術師がまともに矢に当たって気絶した。人に当たる時は爆発しないで麻痺になるよう設定してあるから、安全だよ。ルールにも抵触してないし。
「今だ、突撃!」
殿下が相手の動揺の隙を見逃さずに指示する。
ノクスが先陣を切って飛び込んで大将の第一王子殿下と切り結ぶ。
第一王子殿下の剣の腕前は見たことがなかったけれど強い。
ノクスと第一王子殿下が鍔迫り合いをする傍ら、リールとロシュがほかの防衛している三回生を落としていった。
そこにフローラが魔法で相手の旗を奪う。鞭のようにしなる茨の蔓が絡まって引き落とす様はちょっと怖かった。
「そこまで! 勝者二回生Aクラス!」
歓声が沸き起こり、剣を収めて握手をした。
「いい戦いだった。おめでとう」
「兄上、ありがとうございます。仲間に恵まれました」
「そうだな。特にセイアッド君、だったかな。彼の魔法はすごかった。彼の魔法で浮足立ってしまったのがこちらの敗因かな」
「はい、彼とノクスは特に優秀ですので」
「ああ、ノクス君とリール殿下、ロシュ君の剣術の練度は三回生といってもおかしくないくらい高かった。シムオン君とフィエーヤ君の魔法も一回生では飛びぬけて優秀だったね。それと最後のフローラ嬢の魔法も、ね」
第一王子殿下はちらりとフローラを見て微笑んだ。うわ、眩しい。
「あ、ありがとうございます」
フローラが目元を染めて頭を下げた。
「ああ、学院ではそんなに畏まらなくていいんだよ。ヘリス、ではあとで」
「はい」
第二王子殿下は第一王子殿下に頷いて答えた。第一王子殿下が微笑んで手を上げて去っていく姿はかっこよかった。ちょっとノクスに似ているのも俺的には好感度が高い。フローラが赤くなったのも驚いた。あ、フローラもノクス推しだったっけ。だから、ノクスに似ている第一王子殿下の顔には弱いんだろうか。
んん? あれ? これは第一王子殿下ルートある?
そして王様は満面の笑みで決勝に残ったチームを褒め称えてくれ、大盛り上がりで一日目は終了した。
武術大会二日目。
個人戦は各学年に別れてトーナメント制で行われる。予選を勝ち抜いた面々はクラス関係なく出場する。Aクラスが多いのは仕方がない。
俺たちの学年は八人選ばれその中に第二王子殿下、ノクス、リール、ロシュが入っている。午前中は準決勝まで行われ、午後に決勝が行われる。続けて対戦が行われないように学年順で進む。
準決勝まで危なげなく四人は勝ち進んだ。準決勝のカードはノクス対リール、殿下対ロシュだった。
ノクスとリールの対戦は終始正面からのぶつかり合いで、力業の連続だった。
ノクスのほうが身体強化には長けていてペース配分が上手かった。かなり惜しいところでリールが負け、ノクスが決勝へとコマを進めた。
女の子の黄色い声援がノクスに送られていたけど、それにはにこりともせず、ノクスは会場を出ていった。
「はあ~負けた~」
リールが肩を落として俺たちの応援席に戻ってきた。
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