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2巻

2-3

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 砂糖も同じで、上手く製糖しないと白くならないんだよね。黒砂糖や三温糖のほうが体にはいいけれど、お菓子作りにはやっぱり白い砂糖だ。魔道具を作ってくれた魔道具職人には頭が上がらない。
 一つ目はもち米を使ったケーキ。
 え、これすごい。小麦の代わりにもち米で作ったんだ。バニラビーンズの香りと牛乳のコク、コメの甘みと、ドライフルーツの甘みと酸味のすごいハーモニー! ふんわりとしてるのはメレンゲを使ったからかな? アーモンドの食感も効いてる。すごいなー。
 二つ目はチョコレートケーキ。
 普通のチョコレートとルビーチョコレートの同じ製法の二種類のケーキだ。生クリームが添えられている。これってトルタカプレーゼってやつじゃない? 小麦粉を使わないケーキ。
 普通のほうはアーモンドとくるみ、ルビーのほうはアーモンドとお酒漬けのダークチェリーが入っている。あ、これ酔いそう。ちょっとだけにしよう。
 三つ目はルビーチョコレートのケーキだけど、ドーム型でムースとガナッシュ、スポンジ台の三層のケーキ。中にはラズベリーとダークチェリー。上のトッピングは生クリームにブルーベリーとラズベリー。飾りにミントの葉。
 酸味が引き立って甘さが控え目な大人のケーキ。大人用ならサバランを台に使ってもいいね。
 そういえばビートリキュールって開発されていたはず。それを使えばロアール産ですべて賄えるよなあ。元々ラム酒ってサトウキビからできているものね。
 四つ目はなんと金平糖。見た目も味もそのままだった!
 でも、あとでこれはスターライトシュガーって名前にしたらしい。トゲトゲが星のようだからだ。
 砂糖の塊で見た目もカラフル、味も上品だから高額商品になった。
 父の目から金貨がじゃらじゃら出そう。
 五つ目は蜂蜜を使ったケーキ。
 蜂蜜を練り込んだクッキーをミルクレープみたいにしてある。
 あれ? ロシアの伝統的ケーキに似てるよ?
 間にはサワークリームを使ったクリーム。冷たいってことはこれは冷蔵庫で寝かせたのかな? 生地にしっかりとクリームが馴染んでいるし、ロアールの特産品を使う姿勢が素晴らしいね!

「どれも絶品でした!」
「美味しかった」

 俺とノクスが満足して言うと、パティシエさんたちが小躍りして喜んでいた。
 後にもっと美味しくなってカフェに並んだそうだけど、俺は貴族学院に入学するまで知らなかった。ひどいよね。
 ちなみにこの時試作したパティシエさんたち五人は、後に俺たちが知らぬ間にできた王都のカフェに引き抜かれていった。
 試作品は俺が主に審査員だから、貴族学院に入ると王都の屋敷に出入りするようになった。たまに交代で貴族学院の寮に来る料理人のメンバーはこの時の五人。
 ロアールはほんとに人材に恵まれてるよね。


「兄様」

 手芸の時間の合間、お茶の時間に昼寝から起きたヴィンがやってきた。
 ノクスは剣術の稽古で、騎士団の詰め所に師匠と一緒に行って今はいない。
 メイドさんがヴィンの分のジュースを用意しに行った。

「うん?」
「僕、父様のようになれるかなあ」
「なれるよ。加護もあると思うし」
「かご」
「うん。父様と同じ色の目と髪だろう? 同じ神様の加護だと思う」
「兄様はつきのかみさま?」
「そうだよ。月の神様」
「どんなかごなの?」
「うーん、来年のスキル授与にならないとわからないなあ。すごく珍しい加護だから」
「そうなのかあ。ノーたん兄様はどんなかごなの?」
「多分、宵闇よいやみの神様の加護だから癒しかな? 夜は寝て体を癒すだろう? 癒しの力を持っていると思う」
「よるのかみさま?」
「そう、夜の神様」

 夜の君。街の人はそう言っているし、月の神もそう言っている。
 ゲームでは魔王になったけれど、宵闇よいやみの神イコール魔王じゃない。

「夜の神様と月の神様はつがいで、月の神様の眷族けんぞくしんが豊穣の神様なんだよ。俺たちの加護の神様は仲よしなんだ」
「そうなんだ! 嬉しい! あ、でも、僕のかごが父様とおなじってまだわからないよね? かごがわかるのっていつ?」
「十歳の誕生日の翌春だね。ちょっと先だけど、そのためにいっぱい勉強して体も鍛えないとね。それからお祈りをするといいかもね。豊穣の神様に」
「うん、僕がんばる!」

 両手をぎゅっと握ってきらきらした目で俺を見るヴィンは天使だ。そして俺たちの話が終わったタイミングで二人分の飲み物を差し替えたメイドさんのスキルはすごい。
 それからお菓子を二人で堪能して、ヴィンはお付きのメイドさんに連れられてお勉強しに部屋へ戻っていった。文字を教わる時間だって。
 俺は残りの手芸の課題だ。次のマナーの授業の時間までに仕上げないといけない。メイドさんには下がってもらって一人になる。
 今日はハンカチに刺繍。大分上手くなって図案通りに刺せるようになった。
 夢中で刺しているとふっと手元が暗くなる。
 顔を上げるとノクスがいた。

「もう暗くなっているよ、セイ。目が悪くなる。灯りをつけたほうがいい」
「え? あ、ほんとだ」

 窓を見るともう夕暮れで、空がオレンジ色になっていた。

「ハンカチ?」
「そう、ハンカチ。図案は課題の花。一応薔薇ばらなんだ。花は基本の図案なんだって」
「できあがったらどうするの?」
「うん? 自分で使おうかな?」
「私にくれないの?」
「え? だって、これ、授業の課題だよ? それに薔薇ばらの花だし……」
「セイが手で刺したものなら、欲しいな」
「うーん、じゃあ、できたらあげる」
「ありがとう。嬉しいよ、セイ」

 満開の笑顔に心臓が跳ねる。ノクスの笑顔は最近心臓に悪い。ドキドキして、しばらく治まらない。

「もうそろそろ、夕飯の時間だから、片付けたほうがいい」
「あー、そうだね」

 ノクスがランプをつけてくれた。針が落ちてないか確かめて、俺は手芸道具を箱に仕舞う。刺しかけのハンカチは籠に入れて一緒に俺の部屋に仕舞いに行く。ノクスが道具箱を持ってくれた。

「軽いのに」
「ハンカチがもらえるんだから、少しは役に立たないとね」
「ありがとう」

 部屋の前で道具箱を渡してくれる。

「着替えてくるから、一緒に食堂に行こう」
「うん。じゃあ、着替え終わったら声かけて」

 バタンと同じタイミングで扉が閉まる。
 最近のノクスは背も伸びて可愛いというよりかっこよくなってきた。だんだんゲームのノクスに近づいてきている。
 かっこよくなるのはいいんだ。いいんだけど、俺の心臓がなぜか苦しくなるのでとっても困る。手芸の道具を片付けてベッドに座った。
 もう、ノクスがこのベッドで寝ることはない。そのことに最近やっと慣れた。オメガだ、アルファだっていうのは全然実感がわかない。
 成人した前世の記憶があるのに、気持ちは肉体年齢に引っ張られている。なんで、一緒に寝ちゃだめなんだろうって、心の中で騒ぐ俺がいる。
 大人になんてならなければノクスは魔王にならないし、ずっと一緒にいられるんじゃないかってバカなことを考える。
 もやもやした気持ちは少しずつ大きくなって、なにかで吐き出したくなる。

「そうだ、明日は剣術と弓術の訓練だから、思いっきり魔弓打たせてもらおう。そうしよう」

 ぐっと拳を握って決心していると、ノックが聞こえた。

「セイ、支度できたよ」
「うん。今行く!」

 扉を開けると、訓練着から普段着に着替えたノクスがいた。少し髪が濡れているから、シャワーを浴びたんだろうか。ノクスからふわっといい匂いがする。
 この匂いに安心するけど、ちょっとドキドキしてしまう。

「お腹空いたな。今日はなんだろうな?」
「焼き魚とオリュゾンがいいなあ」
「私は肉がいい。がっつり食べたい」
「ノクスは体動かしてたから仕方ないね。俺はお菓子食べたからそんなに空いてないんだよね」
「……私も食べたかった」
「デザート大盛りにしてもらえばいいよ!」

 そんな風に食堂まで楽しく話をした。今はこれで充分なのだと自分を納得させる。
 でも翌日、魔力切れ寸前まで魔弓を打ったのは仕方ないと思うんだ。




   第二章 ヴィンとエクラのお披露目会!


 暑い夏を越え、王都から戻った父様の肥料撒き行脚あんぎゃもとい、加護の魔法付与行脚あんぎゃにヴィンと母がついていったり、料理人が増強されて厨房がえらいことになっていたりした。
 焼き芋が美味しくて食べすぎちゃったり、輸入したカカオに交じってコーヒー豆も見つかったりして、瞬く間に時が過ぎる。

『おめでとう。私からのスキルのプレゼントだよ』

 十二歳の誕生日の朝、月の神の声が響いた。
 いつの間にかステータスプレートに刻まれた、俺のスキル。月属性の魔法。月に見立てた鏡を顕現する特殊魔法。
 ほかにも、弓術、馬術、剣術、身体強化、索敵(マップ)、隠形おんぎょう、支援魔法。生活魔法に四属性魔法(防御寄り)と聖属性魔法(月の神の加護による治癒術もこれ)。転生チートなのかアイテムボックス(収納スキル)と鑑定もあった。
 地図スキルは索敵と統合されて、「星宵ほしよい」のRPGモードのマップみたいなスキルになった。
 マップに赤い光点が現れるとそれは俺に敵意を持つ者、つまり魔物になる。鑑定スキルで光点を見ればなにがいるかわかる。
 ノクスも誕生日の朝にいろいろ授かったと言っていた。確か、剣術、体術、攻撃魔法関連だ。二か月近く差があるから、使いこなし始めているノクスがちょっと羨ましい。


「ブルル」
「よーし、クロ。ほら気持ちいいだろ?」

 ノクスには公爵が、俺には父がそれぞれ誕生日に贈ってくれた魔馬。あまり来なかった厩舎だけど、自分の魔馬がいると違う。基本的な餌やりは厩舎専属の飼育員がやってくれるけど、面倒を見なければ信頼関係は結べない。なのでこうして手入れをしている。洗ってあげたら嬉しそうに鳴いているし、毛がピカピカだ。
 全身真っ黒だから『クロ』と名付けた。安直だって? ネーミングセンスのことは自覚している。
 まあ、なんでそんな名前をとは言われたよ。言われたけど……
 ノクスの乗っている魔馬は白馬でたてがみと尾だけが金色だ。名前は『ルー』。光にちなんでつけたとかなんとか? 色が互いの色を交換したような馬でびっくりなんだけど。
 父たちのにやけた顔が見える感じ。基本的にお互いが好きな色になっていると言えなくもない。
 そして魔馬たちは仲よしだ。クロがおすで、ルーがめす

「もしかしたらつがいになるのかな?」
「ふふ。そうしたら私たちと一緒になるのかな?」
「……な、な、なに言ってるの? ほら、俺はアルファになるんだって」

 頬が熱い。ノクスは常に口説いてくる。不意打ちも結構あるから俺はいつも慌てる。

「そうだね。私がオメガになる可能性もあるし」
「えっ……そ、それはないんじゃないかなあ?」

 ゲームの通り、ヒロインと結ばれるんだったらオメガじゃ無理だし、そこはやっぱりかっこいいアルファになるんじゃないのかな?

「そうかな? まあ、私は、とにかくセイと一緒にいられればなんでもいいと思っているよ」

 ドキンと心臓が跳ねた。

「い、今だって一緒にいるじゃん……」

 今日だけじゃない。何度か繰り返されるこの問答。
 まっすぐ俺を見るノクスの瞳は真剣で、その気持ちは痛いほどわかる。
 わかるけど、それを俺が受け止められるのかどうかっていうのは、正直わからない。
 男なのにって気持ちと、ノクスとずっと一緒にいたいって気持ち。
 最推しで、ラスボスになるのを防ぎたいという一番強い気持ちとのせめぎ合いが俺を戸惑わせる。
 五歳児の時みたいになにも考えないでわちゃわちゃできるといいのに。

「ブルル」

 あれ? なんか生ぬるいものが……頭に?

「セイ、クロに髪の毛を……クロ、それは食べ物じゃないから、こっちのニンジン食べなさい」

 髪の毛がクロのよだれで、べしょべしょになった。

「うう。浄化……」

 浄化で髪を綺麗にしてがっくりと肩を落とした。

「わかった。ルーもだな。お前たちの世話がおろそかになっていたよ。悪かったな、よしよし」

 ノクスは甘えてくるルーの鼻面をそっと撫でた。
 俺も鼻先でツンと頭を突いてくる、クロの鼻面を撫でた。

「クロ、ごめんね。ブラシかけるから、こっちで大人しくして」

 クロの毛艶がますます輝いた。クロは鼻から思い切り息を吐いて自慢げだ。

「よしよし、また乗せてくれよ」

 チュッとクロの鼻の頭にキスした。
 ノクスがすごい目でクロを見た。あーもー!

「ノクス、ルーにもっとよしよししなきゃ」
「……う。ルー、いい子」

 ノクスもルーにキスして険のとれた目で俺とクロを見た。

「よし、終わりだね! 戻ろう」
「ああ」

 ノクスが横に並んで、屋敷へ一緒に歩き出す。厩舎から屋敷への道は静かだ。騎士団の詰め所は屋敷とは反対側だからだ。屋敷から丘を降りた森の側にある。
 木立の間の緩やかな坂道を二人で歩いた。今は俺たちの側に人はいなかった。ちらっと周りを見て俺は立ち止まる。

「ノーちゃん、クロ睨んじゃだめだよ?」
「え?」

 ちゅっと掠めるように頬にキスしてニコッと笑った。

「ね?」

 ノクスは頬に手を当てて驚いた顔でぽかんとしている。

「……ほら、早く帰ろう。お腹空いたよ」

 俺はノクスの手を引っ張る。するとその手が俺の手をぎゅっと握って、逆に俺を引いた。

「今日はいい日だな」
「そう? 確かに今日は青空だけど」
「うん。あとでクロにはごちそう持っていこう」
「変なもの食べさせないでよ?」
「もちろん」

 ノクスは満開の笑顔でそう言った。


 ステータスカードに戦闘用のスキルが顕現して、見習いから正式な冒険者にランクアップした。

「師匠! 冒険者はダンジョンだよね? ダンジョンは?」
「ダンジョンはもっとランクが上がらねえと。待てよ……ふむ。いいかもしれんな。魔の森は魔物のランクたけぇからな。ロアールのダンジョンは騎士団の管轄だからちょっと聞いてみるわ」
「師匠、ダンジョンに?」

 ノクスが心配そうな顔で俺を見る。しまった。はしゃぎすぎた。

「ま、とりあえずは坊っちゃんがたにふさわしい、Fランク依頼をこなさねえとな!」


 そんな話をしてからしばらくして師匠が『ダンジョン行く許可を取ったぜ!』って自慢げに言ってきた。
 俺は飛び上がって喜び、ノクスに生暖かい目で見られた。

「これで慣れたら、魔の森もいけるだろう」

 師匠がぎらついた眼をしている。
 ロアールのダンジョンの記録を調べたらFからDランクの魔物が出る初級ダンジョンで、素材的に冒険者に旨味はないようだった。だから定期的に騎士団が討伐に入って、魔物の氾濫スタンピードを抑えているという話だった。初心者向けで冒険者ギルド管轄じゃないから許可が下りたってことかな?
 そして今日、騎士団の護衛付きでダンジョンにやってきた。

「セイ、肩に力が入っているよ?」
「あ……ダンジョンに入れるって思ったら、つい」

 ノクスが俺の興奮度合いを心配してくれた。確かに力みすぎていたかもしれない。深呼吸して力を抜く。クロとルーは入口で警護する騎士たちに預けて、師匠と騎士四人の警護付きで中に入った。
 異世界らしい、洞窟のようなダンジョンで俺のテンションが上がる。

「まさに冒険者って気分だね! ダンジョンは」
「セイはダンジョン攻略に憧れていたの?」
「そりゃあね! わくわくしない?」
「セイがわくわくするならするかな?」
「がんばろう!」
「ああ。可愛いね、セイ」
「え?」
「あ、スライムが」
「スライム!」

 俺は初スライムに浮かれて短剣で斬りかかった。後ろで師匠とノクスがなにか話していたけど、それは聞こえなかった。
 パシュッと音を立ててスライムが消えた。あとには小さな魔石。ドロップアイテムはなかった。

「見て! 俺スライムやっつけたよ!」

 魔石を手に掲げてノクスたちの元に戻る。騎士たちの目が生暖かかった。
 三層まで探索して入口に戻る。主に俺が攻撃して、危ない場合と複数の敵にはノクス、それでも多い時は師匠や騎士が参戦する形をとった。一番戦闘に慣れてないのは俺だからだって。
 ダンジョンを出るともう夕方だった。野営して朝に戻ることになる。

「どうだった? ダンジョン」
「満喫した! もっと腕が上がったら、深いところまで行きたい」
「貴族学院ではダンジョン演習があったはずだから、行けるかもね」

 ノクスがふわっと微笑む。
 その笑顔に胸がきゅっとする。それは一瞬で、すぐダンジョンに気持ちが向かう。

「そうなんだ。それは楽しみかも」

 俺は楽しみで浮かれて頷いた。騎士たちはそんな俺たちを見守りながら野営の準備をしている。
 皆ありがとう。俺たちは師匠と一緒のテントで休んで、屋敷に戻った。


   ◇◆◇ ◇◆◇


 社交の季節になった。
 今年は両親とヴィン、俺とノクスもウースィク公爵領に揃って行く。
 ヴィンのお披露目式だから俺たちも一緒に祝うのだ。
 その後は両親は王都に、ヴィンと俺たちはロアールに戻るつもりだったんだけど……
 ヴィンは初めての遠出に、興奮を隠せない様子だ。窓を見たり、父に話しかけたりでめちゃめちゃ可愛い。領境の山道に差し掛かると、いつものごとく師匠が魔物を蹴散らした。

「すごい!」

 その雄姿を見て、ヴィンは声を上げた。魔物に怯えずきらきらとした目を師匠に送るヴィンに、師匠は照れた顔を見せた。意外だった。ヴィンが天使すぎるせいかもしれない。
 公爵邸に着くと、公爵夫妻と使用人たちに迎えられて屋敷に入った。エクラはお付きのメイドさんと応接室で待っていて、真っ先にノクスに抱き着いた。

「兄上!」
「久しぶり。元気だったか?」
「げんき!」
「エクラ、俺もいるよ?」
「セイ兄様! こんにちは!」
「こんにちは」

 ほわんとした気持ちになるなあ。エクラは天使だ。

「エクラ君、セイの弟なの。紹介するわ。ヴィンアッド・ロアールよ」

 エクラがきょとんとした顔をして、両親の間にいるヴィンに目を向けた。
 ヴィンはちょっとほうけた顔をしていたけれど、はっとした顔をしてエクラに向けて微笑んだ。

「ヴィンアッドです。なかよくしてください」
「エクラです! よろしくね!」

 畏まったヴィンにエクラは無邪気に返すと、ヴィンの手を握って引っ張った。

「追いかけっこしよう!」

 するとすぐにテラスに続く大きな窓から庭に飛び出していってしまった。もちろん、メイドさんが追いかけていく。

「あらあら、エクラがごめんなさいね」
「いいえ、仲よくしてくれるのは嬉しい限りです」

 大人たちはそこでお茶会を始めた。
 俺たちはメイドさんに部屋へ案内され、そこで休むことにした。
 師匠は公爵に報告等あるらしく、応接室に残った。

「なんだか、私たちが出会った時のことを見ているようだったね」
「仲よくなるのはいいことだよ!」
「そうだね。エクラは一人で育ったし、同年代の友達は貴重だから……」
「あ、ノクスを独り占めしちゃったから……」

 エクラからお兄さんを取り上げてしまっていたと気が付いた。

「別にセイの責任じゃない。両親の意向もあるし、年に一度は会いに来ていたし、私はセイの側にいたからいつも楽しく過ごせたよ?」
「うん。俺もね!」

 そうだ。ノクスは自分の家に来るのにフード付きのマントを着ていた。さすがに屋敷の中に入ってからは脱いだけれど、眉を顰めた使用人もいた。うちの領は拝む人が多かったから忘れていた。

「さて、節度を守らないといけないから、ここでいったん別れるね」

 微笑むノクスにあっと思った。俺の客室とノクスの客室は前の時と変わらないけれど、休むなら別れないといけないんだ。俺のお付きのメイドさんが苦笑している。

「じゃ、じゃあ、あとで!」

 俺は用意してもらった部屋に慌てて入った。あとでね、という優しい声が聞こえて、俺はなぜか頬が熱くなってしまった。
 明日は公爵領の領都の教会でヴィンとエクラの祝い式だ。そのあとに寄り子と派閥の子供たちのお披露目会がある。俺たちの時はいろいろあったけれど、今回は平穏に終わるといい。
 メイドさんが持ってきた荷物を整理して、着替えを出してくれた。
 旅装からよそ行きの服装に着替えて窓から外を見たら、庭にいるヴィンとエクラが見えた。二人を見ようとバルコニーに出ると、隣のバルコニーにノクスがいた。

「考えることは同じかな?」
「……だね」

 二人で顔を見合わせていると、ヴィンに見つかった。

「兄様、ノーたん兄様ー!」

 貴族の子息にしては声が大きいな。ヴィン……

「兄上! セイ兄様!」

 エクラも負けずに大きな声で呼びかける。
 二人に手を振られて、俺たちも手を振り返した。

「とりあえず、庭に行く?」
「そうしたほうがいいな」

 結局俺とノクスは、庭に行き、二人と一緒に遊んだのだった。


 今日は朝から教会でヴィンとエクラの五歳の祝い式だ。
 二人は両親とともに教会へ。俺たちはちょっと外れたところから見守っている。家族まで入ったら、教会の中が溢れちゃうからね。

「懐かしいね。セイは最初から私に好意的だったね。すっごく嬉しかったよ」
「そりゃあ、当たり前じゃない? 天使だもん」
「天使?」
「うん。ええとほら、ヴィンとエクラを見てよ。可愛くて可愛くて思わずほわんとしちゃうだろう?」
「ん? うん」
「そんな感じ」
「そんな感じ……」
「え、説明になってないかな?」
「……大丈夫だ。なんとなくわかった」
「わかってくれた?」
「セイは天使というより時々……小悪魔なんだが今はそれはいいか」

 時々のあとがよく聞こえなかったけれど、ノクスは納得したようだったので、とりあえずそれはそれで終わった。
 教会から出てくるヴィンとエクラはお互いに笑って話していて仲よしになったみたいだ。俺とノクスもあんな感じだったのかな。なんだか、懐かしい。
 公爵邸でお披露目会が始まった。お披露目を終えた弟たちは人気で、すぐに同年代の子供たちに囲まれていた。


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