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2巻
2-1
しおりを挟むプロローグ 冒険者として活動開始!
俺は通利一平。日本人で、ゲームが趣味の地味オタク。特にはまったのが「星と花と宵闇と」だった。
ストーリーは異世界から来た主人公が星と花の力の担い手になり、魔王を倒して好感度の高い攻略キャラとハッピーエンドになるという王道の乙女ゲーム。RPG要素もしっかりあって、能力値を上げるミニゲームもあった。スマホで手軽に遊べるのもヒットした一因だろう。
舞台は貴族学院で、攻略対象は五人+隠しキャラ。第二王子へリスウィル・エステレラ、騎士団長の息子ロシュ・フェヒター、魔法師団長の息子シムオン・トニトルス、留学中の隣国の第二王子リール・ブルスクーロ・アナトレー、宰相の息子フィエーヤ・ウェントゥス、そして隠しキャラのラスボス、魔王であるノクス・ウースィク。
ノクスは黒髪、黒目の超絶美形なのだが、ゲームの舞台であるエステレラ王国では黒は闇の精霊の加護を意味する。魔物を統べるといわれる宵闇の神は魔に近く、闇の精霊はその眷族だ。
そのため、黒の髪や目は忌避や迫害の対象になり、そして怖れられる。なぜなら、この国の王家の主神が太陽の神で、太陽の神と敵対関係にある宵闇の神の色に通じるからだ。
彼は孤独に陥り、闇落ちし、魔王となる。それが切なくて、俺の最推しとなった。
彼を救いたくてゲームで頑張ったけれど、彼の隠しルートをプレイする前に俺は死に、セイアッド・ロアールとして「星と花と宵闇と」に酷似したこの世界に転生した。
最推しであるノクスと五歳の時に出会い、その時、前世を思い出した。
この世界のノクスが闇落ちして魔王にならないようにすると俺は誓った。
出会った時に起こったノクスの魔力暴走が原因かわからないが、彼は俺の家で一緒に暮らすことになった。一緒に勉強し、遊び、鍛錬をするうちに、俺たちはとても仲よくなった。
なぜか攻略対象者たちにも次々に出会い、交流するようになる。
十歳になった時に祝福の儀が教会で行われて、自分の持つ加護がわかる。それを受けると魔法を使ってもいいことになるんだけど、それだけじゃなかった。
なんと第二の性、バース性の説明があったのだ。アルファ、ベータ、オメガっていう性があり、オメガであれば男であっても子供を産むことができる。バース性の発現は十三歳から十八歳くらいまでの間だ。兆候があると教会でバース鑑定を受けなければいけないんだそうだ。
ノクスにプロポーズを受け、自分がオメガだったら考えると答えた。
確かに、ずっと側にいて友達の距離じゃなかったかもしれないけど、だからって男の幼馴染にプロポーズされるとは。
頭を殴られたくらいの衝撃があった。
だって、まさかと思うだろ? 主人公不在のゲーム開始前だぞ?
乙女ゲームだと思っていたのに、いつの間にかBL仕様になっていた! なんて。
ほんとにどうしてこうなった?
◇◆◇ ◇◆◇
貴族学院の入学に向けて魔法の本格的な修行が始まった。
おじいちゃん先生は基礎と魔力制御は修めているのだから、と実践的な魔法の習得と、貴族学院で習う魔法の予習に重きを置くようだった。
基本四大属性魔法は、適性がなくとも初級までの習得は可能で、魔力の基礎の属性を丸めて打ち出すことから始めた。ノクスの興味は身体強化魔法にあって、属性魔法にはあまりないみたいだった。
ノクスは膨大な魔力量があるので、属性魔法の練習をしても魔力枯渇にはなかなかならない。
俺も、ラノベ式魔力増加修行のおかげで、ノクスに次ぐ魔力量だ。つまり練習し放題。
魔法を使っていい許可が出たので、魔弓の練習も始めた。普通の弓はそこそこ上手くなっているから、的中はそう難しくなかった。
ワイバーン討伐の時に一度魔力の矢を撃っていたから、属性のない魔力の矢を作るのは簡単だった。逆に属性矢を作るほうが難しかった。
おじいちゃん先生がアドバイスしてくれたところによると、魔力を無駄に使ってるんだって。制御が甘いってことかな。
トニ先生に鍛えてもらっていた時は、よくできてるって言われたんだけどなあ。属性矢はそれとは違うんだろうか。筋はいいから頑張りなさいって言ってくれたから、向いてはいるんだろう。
月の神の加護の魔法っていうのはまだよくわからない。十二歳のスキル判定時に使い方がわかるみたい。レアな加護は神官さんや魔法の先生にも、わからないことが多いらしい。
大抵はスキルが使えるようになるとわかるらしいんだけど、不思議だね!
◇◆◇ ◇◆◇
そんなこんなで、新しいスケジュールをこなしているうちに、やっと冒険者の活動を許された。
初めてのクエストだ!
師匠を連れて冒険者ギルドにノクスと向かう。領都内の雑用クエストの予定だから、最小限の武装で動きやすさを優先した服装だ。もちろんフード付きのマントは着てるよ! ギルドで個室対応なのは仕方ない。領主の嫡子だもの。
受付のお姉さんが選んでくれた雑用クエストから、庭の草むしりの依頼を受けた。老夫婦の屋敷で裏庭が雑草だらけになったので、処理してほしいとのこと。
「こんにちはー! ギルドから来ました! 冒険者のセイアッドです!」
「同じくノクスです」
迎えてくれたのは優しそうな老婦人。
「草むしりの依頼の件ね」
俺たちは元気よく返事をした。
「はい!」
「まあ、元気があっていいわ」
老婦人はほわっとした笑みを浮かべて門を開けて中に招き入れてくれた。ギルドの依頼書を見せて確認してもらうと、裏庭へ案内される。
「こちらには特に花壇などは作っていないけれど、毎年この時期から秋まで雑草が伸びて困るの。だから定期的にお願いしているのよ。よろしくね」
「はい!」
俺たちは再び声を揃えて返事をして早速、草むしりに挑んだ。
「手袋したほうがいいなあ。手、切れそう」
軍手を出してお互い、装着。鎌など持ってないので手で根まで引っこ抜く。根を残すとまた生えてくる可能性があるからだ。
お昼ごろに老婦人がジュースをくれたので昼休憩する。持参したサンドイッチを食べて日陰でお腹が落ち着くまで休んで、再開。
夕方にはなんとか抜き終わって、抜いた雑草をまとめておしまい。後始末は老婦人がするとのことだった。
「終わりました~~!」
確認をしてもらうのにドアを叩く。老婦人がドアを開けて出てきた時だった。
不意に風が舞って俺たちのマントのフードが背中に落ちた。
老婦人の目が見開かれた。
ああ、また、ノクスが否定されるのだろうか。
「まあ! 二人とも、月の君と夜の君みたいね! 素晴らしいわ!」
はい?
「きっと、幸運が訪れるわね。ありがとう」
にっこり微笑んだ老婦人に俺たちはなにも言えなかった。
上機嫌な老婦人の勢いに押されつつ、裏庭を確認してもらった。
「とても助かったわ」
終了のサインをもらって見送ってくれる老婦人に手を振り、俺たちはギルドへと戻る。
報酬は二銅貨。これだけでは宿代にもならない。
でもパンは買えるし、子供のお小遣いとしては多いほうだ。大抵は俺たちくらいの子供たちが小遣い稼ぎや家族の生活の足しにする雑用クエストだ。
今日の草むしりだって、庭師の見習いがやるようなものだし。冒険者ギルドに出しているのはボランティアみたいな依頼だろう。
農民の子供たちは農作業の手伝いで忙しいし、職人の子供は大抵そのまま見習いになる。祝福の儀やスキル鑑定で、かけ離れた加護やスキルをもらったなら別だけど、大抵はそのまま親の職業を継ぐことが多いのだ。
第二子以降で家を出る子供は冒険者ギルドに登録し、お金を貯めてほかの街へ仕事を探しに出るか、見習いの仕事を探したりする。
成人していれば開拓事業に出たり、兵士になったり、いろいろだ。
領都にはスラムはないけれど、孤児院はある。
孤児院の子供たちは成人になるまで独り立ちをするために大抵は冒険者ギルドに登録をする。そして院を出るための準備をする。
王都のギルドの登録者はもっと多いんだろうなと、登録したギルドを思い浮かべた。
俺は冒険者ギルドの依頼を受けて、初めて通貨の価値を知った。
うちの領民一家族が一か月に使うお金は一銀貨程度。王都や商業が栄えている街ではその十倍かかる。
最低通貨は小銅貨。大体前世で一円換算。パン一個が二銅貨。
百小銅貨で銅貨一枚。十銅貨で大銅貨一枚、十大銅貨で小銀貨一枚、十小銀貨で銀貨一枚、十銀貨で大銀貨一枚、十大銀貨で小金貨一枚、十小金貨で金貨一枚。
庶民が見る通貨の限界がここ、あとは大金貨、白金貨などあるけれど、貴族や王家の国家予算でしか使われない。
物価や領の経済状況などで、相場は違うけれど、平民の使うのは大銅貨くらいまでが普段使う貨幣だ。そもそも農民は貨幣をほとんど使わないからね。物々交換が基本だものね!
「ノー……ノクス! 初めて働いたお金だよ!」
やっべ。ついノーちゃんて言っちゃいそうになる。
「うん」
ノクスは吹き出しそうなのをこらえる笑顔で頷くし!
「どうしよう、なにか父様と母様に買おうかな?」
「それもいいかもね。私もなにか、考えてみるかな」
「坊っちゃんがた、それはあとにしろ。屋敷に帰るぞ。日が暮れる」
師匠がギルドで盛り上がってた俺たちに帰るよう促した。もちろんクエスト中も見守ってくれていたよ! こっそりね。
屋敷への道を歩いているとだんだんと周りが薄暗くなってきた。空を見上げると、日がもう、山に沈むのが見えた。空がオレンジから夜の闇色へと変化していく。
「きれい……」
「うん」
「これからノクスの時間だね! 夜の君、だもん!」
「え。確かに加護はあるけれど、いまいちよくわからないんだよ?」
「俺だって月の神様の加護の力、全然わかんない。でもほら、ノクスの色だよ?」
暗くなっていく空を時折見上げて歩く。指さした先は夜空。宵闇の神の領域。
老婦人の笑顔にフードを被りなおすことを忘れていた俺たちは、もういいやって感じで、冒険者ギルドにそのまま行った。
ノクスを見る人たちの目はどちらかと言うと憧憬の色で、俺を見る人たちの目と似たようなものだった。
だから、屋敷までの道のりは疲れてたけれど足取りは軽く、嬉しくてスキップした。
出迎えてくれた母様に抱き着こうとして、メイドさんにお風呂に行くように諭された。
浄化してあるのに!
え、たしなみ? すみません。
夕飯を食べて、居間で今日を振り返ったり、明日の予定を確認したりした。
途中で舟をこぎそうになり、ノクスに注意された。
「ほら、行こうセイ」
「うん」
屋敷の中を歩く時は手を繋がない。そこだけは新たなルールだ。
外では多少のお目こぼしがあって、師匠は見て見ぬふりをしてくれるけれど。
お互いの部屋の前に立って、お互いを見る。
「おやすみ、ノクス」
「おやすみ、セイ」
ばたんと同時にドアの閉まる音がした。部屋に入ると月明りが窓から床を明るく照らしていた。窓の外は暗いはずなのに、月の光で明るい。夜空を見上げて、カーテンを閉めた。
ノクスが隣にいない夜に、俺は少しずつ慣れていった。
慣れたといっても寂しいのには変わらない。今までノクスが寝ていた場所のシーツを撫でると冷たさに息を吐いた。
第一章 領民に拝まれる!
朝の支度は一人で終え、扉を開けると誰もいなかった。
廊下ってこんなに静かで長かっただろうか。食堂に入ると、先に座っているノクスに挨拶をする。
「おはよう、ノクス」
「おはよう。眠そうだな」
「ね、眠くないもん!」
眠い目を擦りながら言い張る俺に、ノクスはくすくすと笑う。対面の椅子に俺は腰かけた。
朝食のテーブルにはノクスだけ。二人で美味しい朝食を食べた。今日はクロワッサンとオムレツとベーコン、野菜サラダにジュースだった。料理長に感謝して平らげ、一息つく。ノクスも一口紅茶で喉を潤して俺のほうを向き、カップをソーサーに戻して口を開く。
「今日はギルドだね」
「うん。いい依頼あるといいね!」
「もう秋だから、収穫の依頼があるかもしれないよ」
「あー、父様がドヤ顔して領地に加護を与える前段階!」
「ドヤ顔?」
「こうだよ、こう!」
俺は目いっぱい、父の表情の真似をした。
「……ッ……」
口を押さえて顔を逸らして、笑いをこらえるノクスの肩が震えていた。
そんなにおかしな顔だったんだろうか。思わず頬を膨らませた。
「もう、ノクスひどい」
笑っているノクスは放っておこう。それでも用意された紅茶を飲み干すまでノクスは笑っていた。
「……そういえばパーティ名を決めていなかったね」
笑いの衝動がやっと収まったノクスはそう切り出した。
次に来た時までに決めておいてとギルド側から言われたのだ。
「なにがいいのかなあ……」
パーティ名かあ。俺にはネーミングセンスはなかった気がするなあ。
考え込んでいる俺の前にお代わりの紅茶が置かれた。温めたミルクとお砂糖も添えられ、俺はミルクをたっぷりに、お砂糖を少量入れた。ぐるぐるかき回してこくりと飲む。美味しい。
「普通はどんな感じなのかな? 適当?」
ノクスに参考になる例はないか聞いてみる。
「どうなんだろう? 神様とか昔の英雄とか、地元にちなんだものが多いんじゃないかな?」
「神様なら、宵闇の神様と、月の神様にちなんだものになるけれど……」
「それなら月夜とかはどうかな? セイにぴったりだと思うんだ」
「え、俺に? 夜が入ってるから、ノクスも関係ある、のかな?」
「うん。それに依頼者の夫人が月の君と夜の君って言っていただろう?」
「そうだね。神様そのままの名前じゃ恐れ多いもんね」
「月夜でいいかな?」
「同じ名前のパーティがいなければそれでいいかな!」
「じゃあ、その名前で登録しよう」
パーティ名が決まった。
俺たちは食後のお茶を終えて、クエストを受けに冒険者ギルドに向かうことにした。
ギルドに到着した俺たちは早速依頼の貼られている掲示板に向かった。見習いのランクの場所は混んでなくてゆっくりと選べる。
「どれにする?」
「季節もの? それとも古いの?」
「古いのにしようか?」
ノクスの提案に頷いて、俺は視線を掲示板に戻した。
掲示板には銅貨一枚から大銅貨二枚くらいまでの依頼が並んでいる。文字が読めない人が多いから、大抵は依頼料の数字で選んで受付に聞くか受付で紹介してもらうかだ。
俺たちは読めるので、貼られているもので古そうな依頼から選ぶ。
【倉庫の整理】や【手紙の配達】【通りの掃除】【どぶさらい】、それから【魔石の魔力充填】等があった。新しいものは【収穫のお手伝い】だった。
「これが古そうだから、どうかな?」
ノクスが選んだのは【通りの掃除】。
「ええと、空き家の前の道の掃除、かあ。うん、これでいいよ」
ノクスが頷くと依頼書を剥がして受付に並んだ。混む時間を過ぎているからそんなに並んではいないけど。
順番が来て、ノクスがカウンターにギルドカードと依頼書を出した。
「すみません、この依頼を受けたいんですが」
受付の美人さんがにっこりと笑う。受付の人って美人が多い。
「通りの掃除ですね。……お二人はパーティで受けられますよね? パーティ名が空白ですが決められました?」
「パーティ名は【月夜】でお願いします」
「【月夜】ですね。……重複はないようですので、登録します。掃除用具は貸し出しがありますので、必要に応じて借りてください」
借りるところは案内を主にしているカウンターらしい。
ギルドカードと依頼書を受け取り、カウンターに依頼書を見せて箒と塵取り、ごみを入れる麻袋を借りた。ごみはギルドのごみ捨て場に捨てていいらしい。
「行こうか」
「うん!」
ノクスの先導で、依頼の場所に向かう。もちろん師匠もいる。
「迷子になるなよ~」
師匠の声に、ノクスが俺の手を握る。
「迷子は困るからね」
「そうだね。仕方ないよね」
繋いでいる手にドキドキした。
顔、赤くなっているかな。フードを被っているから、ノクスには見えないはずだ。
「……まあ、内緒にしてやるかなあ」
師匠がぼそっと呟いたのは聞こえなかった。
担当の通りに到着した。依頼書に書いてあるのは広場から、魔の森方面へ向かって伸びる通り。城壁の存在しない領都を申し訳程度に覆う柵まで。
二年前に起こったワイバーンの襲撃。広場の被害に遭った建物は元通りというか、新品になって綺麗になった。道の向こうに見える柵は防衛戦があった場所だ。
俺たちは、襲撃の後は屋敷に籠もっていたから見る機会はなかったけれど。
「よし、始めようよ!」
「ああ」
俺とノクスは借りた箒を持って、枯葉やごみを掃いて集めていった。領都の中心部から柵に向かって、綺麗にしていく。
時折、通行人たちに『偉いね』『ありがとう』などと声をかけられる。
うちの領民はいい人たちばっかりだ!
「ここまでかな」
柵の近くまで来て手を止めて辺りを見る。ごみ袋はごみでいっぱいだ。
ノクスが依頼書を確認して、顔を上げる。
「終わったな。役所の担当者に確認をしてもらうから、私が呼んでくるよ。セイは師匠とここで待っていて」
「行くなら一緒に行こうよ」
「大丈夫。役所は近いから」
ノクスは駆け出して行ってしまった。
「いいの? 師匠」
「まあ、役所までくらいなら大丈夫だろ。この通りなら見通しがいいし、治安もいい。戻ってくるまで、休憩だな」
「はあい」
俺は柵に凭れ掛かろうとして、焼け焦げた跡を見つけた。地面は雑草で覆われていてそこには戦闘があった痕なんて見つからないけれど。
「師匠とトニ先生たち、ここで戦ったんだね」
「ん? ああ、ワイバーンの話か? あん時は慌てたぜ。ここで止めきれずに、セイアッド坊っちゃんたちがいるところまで逃しちまったからな」
「空飛んでたら、しょうがないよね」
「高台の物見櫓くらいあっても、いいかもしれんな。大型の弓を備える手もある」
俺は柵から魔の森を見る。麦や野菜の畑が広がって、時折、作業をする農民の姿が見えた。刈り取り終わった畑もある。魔物除けの林がその畑の合間に点在する、長閑な風景。
「そこは父様と相談かなあ。……守れてよかったね。師匠ありがとう」
「お? おお。坊っちゃんもな」
「うん」
風が畑を渡っていく。俺の被っているフードがバタバタとあおられた。
風が涼しくて季節は冬に向かっているんだな。
「近い」
耳元でノクスの声がしてびっくりする。
いつの間にか師匠と俺の間にいた。振り返ると役所の人らしき青年が、困ったような顔で佇んでいる。
「確認しました。ありがとうございました」
環境課にいるという青年のサインをもらった。すぐに別れて、ギルドに報告に向かう。
「ノーちゃんはもう!」
「久しぶりに聞く。たまにはいいな」
呼び名が元に戻ってしまって、はっとして口に手を当てた。乱暴な言葉遣いもあんまりできていないから、時折ノクスに無理しないでいいといわれる。
迷子にならないように繋いだ手を強く握り締められて、微笑むノクスの顔が見えた。
最近、ノクスの笑顔が眩しい。
最推しが天使から、小悪魔になっている気がする!
冒険者ギルドで無事にクエスト終了の確認をしてもらい、報酬が払われた。
二人で山分けにする。
結局、クエストの報酬は使わずに貯めてある。ある程度貯まったら家族になにかプレゼントするんだ。もちろんノクスにも。
討伐クエストが受けられるようになったらもう少し増える。その時が楽しみだ。
「坊っちゃんがた、帰る時間だ」
師匠に俺たちは頷くと、帰路についた。
◇◆◇ ◇◆◇
秋の本格的な収穫が始まった。
屋敷は丘の上に立っているから、庭から領都や農地が見渡せる。緑だった畑は刈り取られて土の色が見えている。父の出番だ。今日は屋敷から見える畑に豊穣の加護を与える予定になっている。
屋敷から出られないヴィンのため、皆で庭から見学することになった。
いい天気なので、ピクニック風にランチをいただく。母とノクスの両側から手を握られたヴィンが楽しそうだ。
そこは俺とじゃないの!?
「始まるわよ。ほら見て」
母が父がいる畑を指し示した。空中に広がる巨大な魔法陣。それがゆっくりと畑に降りていき、地面に沈み込むようにして光る。緑の優しい輝きが畑を包み込むと茶色だった土の色が黒々とした土の色に変わっていった。肥料魔法だ。
「すごい!」
ヴィンが大興奮だ。思い切り両手で拍手をしている。
「ヴィンもできるようになるわ。ヴィンの髪と目の色は父様と同じ色だから」
母が目を細めてヴィンを見る。
「とうさまとおなじだから?」
ヴィンが首を傾げる。天使!
「父様は豊穣の神様からご加護をいただいているの。領民のために大地を豊かにする加護を収穫の終わった畑に与えるの。そうすると、加護のない畑より元気に作物が育つのよ。あのきらきらした光が加護ね」
「……よくわかんないけど、すごい?」
「そうよ。すごいのよ」
ヴィンは母に抱き上げられてきゃっきゃと楽しそうに声を上げた。まだ四歳だからなあ。仕方ないね。
魔力回復薬を片手に、屋敷から見える収穫後の畑に加護を付与し終え、父が戻ってきた。げっそりしていたが、ヴィンが駆け寄ると相好を崩した。
「ヴィン、父様の雄姿を見てくれたかな」
「とうさま、すごかった!」
きらきらとした瞳に父は胸を打ち抜かれたのか、抱き上げて頬を摺り寄せていた。
その日から、ヴィンは豊穣の神へ祈りを捧げるようになった。父に対する視線が尊敬を含んだものになっている。
魔力回復薬を片手にだけど、あの広い農地に加護を付与して回るのは大変だろうと、改めて思った。父は魔力量、かなり多いよね?
魔力と判明したきらきら。魔力視を発動して二人を見た。
「あれ? ヴィン、魔力がかなり増えている?」
父は枯渇寸前まで頑張ったみたいで、あまり魔力がなかった。でも抱えているヴィンは輝きで、体が覆われてしまうほど。ノクスの五歳の時に近い魔力量だった。
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