上 下
70 / 73
ヘリスウィル・エステレラの章(第二王子殿下視点)

ヘリスウィル・エステレラ~報告~

しおりを挟む
 騎士団長の部屋を訪ねた。
「殿下」
「すまないがしばし時間をもらえるだろうか」
「大丈夫です。今は休憩させてもらっていますから……どうぞ」
「お邪魔する」
「お邪魔します」
「ロシュ」
 騎士団長の眉が寄った。

「フェヒター卿。私とロシュの結婚を許してもらえないだろうか」
「お父さん、お願い」
 客室のテーブルセットの対面に座って威圧をしている騎士団長に頭を下げた。
「殿下。……もともと、王家から打診は来てましたが、ロシュのオメガの報告をあげても何も動きがなかったので、流れたと思っておりましたよ」
「それは私の問題だった。障害がなくなったので、ロシュに告白をして受け入れてもらった。なので卿から許しを得たい」
「障害って領境のあれですか」
「そうだな。あれが一番の原因だが」
「別にお父さんの許しがなくても結婚する。ダメでも近衛騎士になる」
「ロシュ?」
 急にどうしたのだろうか?
「ど、どうしたんだい? ロシュ」
 騎士団長が困った顔をしている。初めて見るな。

「既成事実作って結婚でもいい。ね? ウィル。だからこのチョーカー外してほしいの。お父さん」
「き、既成事実」
「既成事実?」
 既成事実って、まさか。
 ロシュが、首元をあらわにする。そこには赤い魔石の嵌ったチョーカーがあった。
「それは婚約が整うまで、外せないといっただろう?」
「ウィルから婚約の印はもらったから大丈夫」
 ロシュが箱を開けて見せた。
「だ、だが、書簡で正式に決まってからでないと」
「お父さんは反対なの?」
「いや、そういうわけじゃないが」
「だったら何がダメなの? 王家の打診があったって、僕、聞いてないけど」
 ロシュの笑顔の裏にオーガが見える気がする。
「わ、わかった。外そう」
「……初めからそういえばいいのに」
 ぼそっと呟いた言葉はかなり冷たい声音だった。

 騎士団長が魔力をチョーカーに流すと、留金が外れた。
 それをロシュが騎士団長に渡した。
「ウィル、つけてもらえるかな」
 ロシュが、首元を開けて上目遣いに私を見た。白い首が露わになって、どきりとした。
「あ、ああ」
 チョーカーを手にして、そっとロシュの首に着ける。留金をはめ、魔石に魔力を流した。これで私以外は外せなくなった。
 外すのは番の印を刻む時。
「ウィル、ありがとう」
 花が開いたような輝く笑顔をロシュは見せて、また私は見惚れてしまった。
 騎士団長は終始、苦虫を噛み潰した顔をしていた。

 翌日、大騒ぎの朝食を経て庭の四阿でロシュとシムオン、フィエーヤとお茶を飲むことになった。
 フローラとセイアッド、ノクスは庭の芝生で何やら話をするようだ。

「なんか領境のことが夢みたいに平和だな。天気もいいし。リールは厩舎に飛んでいったぞ」
 シムオンが伸びをしながら言った。
「そうですね。爽やかな良い天気で王都より暑いですね。王都周辺と気候が違うのでしょうか」
 フィエーヤが頷いて紅茶を飲んだ。
「ああ、あの領境の山からこっち、変わるみたいだって聞いたな」
 シムオンが、菓子に手を伸ばしながら言った。
 テーブルには焼き菓子が盛られた皿が用意されて甘いお菓子の匂いが漂っている。
「私は太陽の神の加護を失ったようだ。ほら」
 ステータスカードをみんなに見せた。

 加護の欄には【光の精霊】としか、記載がなかった。光属性の魔法は光の精霊に属するものだからスキルに変化はない。
 加護を失うと髪や目に変化が出るかと思ったら出なかった。もともと家系の遺伝の色だと光の精霊は言った。光の精霊の色は金色で髪に出るそうだ。それもあってか外見は変わらなかった。
「へえ、加護を失うこともあるのか」
 シムオンがカードを覗き込んだ。
「正直ほっとしたよ。おかげで体が軽くなった」
「え、それってどういうことなの?」
 ロシュがびっくりした顔して聞いてくる。
「ああ、ずっと神気が体の中にあって、時折、自分が自分じゃないような時があったから、だろうな。よく声がしてたのもあるかな」
「神託か」
 納得いくような顔をしてシムオンは椅子に背を預けた。そしてにやっと表情を変えた。

「殿下は俺達に報告があるんじゃないのか?」
「報告?」
 フィエーヤが首を傾げた。
「なんか、殿下からノクスみたいな感じを受けるんだよ」
「ノクス」
 ロシュがぼそっと呟いた。ノクスを思わず睨んでしまう。ロシュの口から、他のアルファの名前が出るのはちょっと嫌だ。
「それに、昨日からロシュのチョーカーが変わってるしなあ」
 ロシュが赤くなった。
「ああ、ロシュと婚約をした。王家の典礼部の認可はまだだが、フェヒター卿の許しはもらったのでな」
「よかったな、ロシュ。二人ともおめでとう」
 シムオンがほっとした顔で言ってくれた。そういえばシムオンだけはロシュが好きなのではないかと指摘してたな。あの時は正直に言えなかったが。
 もしかしてシムオンはロシュが好きだったのではないだろうか。いや、まさか、な。
「殿下、ロシュ、おめでとう」
 フィエーヤの声に思考を散らした。
「二人ともありがとう」
 それからはたわいのない話をした。

 視察目的で来たのだから公務をしなければならない。領軍にお邪魔して魔物の氾濫対策を聞いたりした。伯爵夫妻は監査の方の応対をしていて、こちらは何故か、剣聖が案内役だった。
「殿下、セイアッド坊っちゃんからこれを預かっています」
「は?」
 手紙を渡されて私は真っ赤になった。

 ロシュを誘って、二人きりで散歩に出た。
 護衛に剣聖を借りている。
 騎士団長は今は領都にワイバーン襲撃の話を聞き取りに行っている。

『いちゃいちゃできるいいデートスポットがあるよ! 師匠に案内してもらうから! ロシュを頼んだからね!』

 手紙でもちゃんと貴族らしく建前を大事にしてくれ。セイアッド。

 屋敷から少し歩いたところに木立に囲まれた泉と花畑があった。
 剣聖には木立の入口で待ってもらって、今は二人きりだ。

「綺麗だね。いい香り。ここってだれかが手入れしているのかな」
「どうだろう? あとで聞いてみようか」
「うん……ウィル、すっかり顔色が良くなったね」
「そうだろうか。自分ではよくわからないな」
「最近ずっと青い顔してた。目の下に隈もあったよ」
 そういって、ロシュはわたしの頬に手を伸ばした。その手に自分の手を重ねる。
「ロシュ、そんなに私の顔を見てくれていたんだね」
 ぼっとロシュの顔が朱に染まる。
 可愛い。
 そう思ったら、ロシュにキスしていた。柔らかな、唇。
「……ッ……」
 そっと吸い上げて離した。
 間近に見る、ロシュの真っ赤な顔。目は閉じてなかったんだろうか。
「……不意打ちだ! キ、キスは結婚してからって!」
「可愛くて我慢できなかった。……卒業まで二年半あるな。我慢できるだろうか」
「して? ウィルして?」
「してとはキスだろうか?」
「違う! 我慢の方!」
 そして花畑の中の追いかけっこになった。花を散らさないように駆け抜けるゲームだった。

「若いっていいな」
 剣聖の呟きはもちろん私達には届かなかった。

しおりを挟む
感想 208

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。