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ヘリスウィル・エステレラの章(第二王子殿下視点)

ヘリスウィル・エステレラ~ロアール領~

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 休憩時に領境で起きた事件の推察をした。
 リール、シムオン、フィエーヤは騎士達と同様に事態について行けなかったらしい。
「太陽の神が月の神を宵闇の神と争った神話があるでしょう? 今でも狙われているのよ。太陽の神に。それにもともと太陽の神は気が多くて、星と花の神は苦労しているそうよ」
「フローラ、それ、ほんと?」
「太陽の神はもともとの大神ではなくて人族の信仰から起った神なのよ。人族が増えて信仰を集めて位階が上がったそうなの。この世界を支える神の大きな柱は宵闇の神と月の神よ。創造神はいるとのことだけど、もっと上の存在らしくてこの世界にあまり干渉はしないらしいのだけど」
「その辺は少し知っているよ。夜の君が教えてくれた」
 ノクスが言う。
「え、そうなの太陽の神は浮気性ってことは月の神に聞いたけど……」
「浮気性」
 シムオンが呆れた顔で言うのを見た。確かに声は浮気と言うよりも、狂気を孕んだ色欲に溺れた何かだった。
 この世界の気に入った者を全て、自分のものにすると言っていたのは覚えている。

「そういえば星と花の神は太陽の神の伴侶なの?」
 ロシュが聞く。気になっているのだろうか。
「そうよ。浮気性で苦労しているそうよ。今現在進行形で。浮気性で飽きっぽいから手を出して放置するの。月の神は手に入らなかったから執着しているそうよ」
 フローラの視線が私を見た。
「月の神の神子に執着するのもその表れで、自分の神子を操って手に入れてきたそうよ。今回は叶わなかったみたいだけど。さすがに今回はそれを防ぎたかったらしくて私は月の神の神子を守るように言われてたの」
 星と花の神に感謝を。
 おかげで私は間違いを犯す前に踏み止まれた。
 隣に座っているロシュが私を見た。目が合うと微笑むロシュに、私も笑顔を返した。

 ロアールの領都へ向かう途中の長閑な緑のじゅうたんのような光景は王都近郊では見られない、大規模な農場だった。
 所々に貯蔵庫が立ち、まばらに農民の姿も見える。
 ノクスとセイアッドは自分の魔馬に騎乗しているから彼らから丸見えなのだろう。なぜか拝まれていた。

 ロアール伯爵の屋敷は領都の外れに建っていて、少し距離があった。
 騎士団長以外の騎士は領軍の宿舎に泊めてもらうことになっているので騎士たちは別れて宿舎に向かう。役人は領都の領主館の客室に泊まることになっていた。
 私の護衛は騎士団長とロシュだ。
 ロアール伯爵夫妻と使用人一同の出迎えを受け、客室に案内された。
 私が一番格が高い部屋を与えられ、応接室、浴室もついた部屋だった。私は突き当りの一番奥まった部屋で、私の両隣がリールと騎士団長、その手前がシムオンとフィエーヤ。階を違えてフローラとロシュだった。
 風呂が用意されていて汗を流して着替えた。
 そこへロシュがやってきて、応接室に通してもらった。お茶とお菓子を用意してくれた侍女に下がってもらって、二人きりになる。私達はテーブルを挟んだ対面に座っている。

 ロシュが毒見をかって出てくれて、私は紅茶を口に運んだ。
「のんびりした良い領地だな。領民に二人はものすごく人気があるらしい」
「拝んでたね。なんでだろう?」
「あとで聞いてみよう」
「うん」
「ロシュ、これを」
 テーブルに用意した、ビロード張りの箱をロシュの方に押しやった。
「何?」
「開けてみて?」
「これ」
 ロシュが少し震えた手で中に入っていた物を持ち上げる。青い革に魔石をあしらったチョーカーだ。

「ロシュ・フェヒター、私はあなたが好きだ。できるなら、生涯を共に歩みたい。返事はすぐでなくても構わない。受け入れてもらえたなら、婚約の印にそのチョーカーを纏ってほしい」
 驚いた顔のままのロシュの目から涙が零れる。
「泣かないでくれ。困らせる気持ちはないんだ」
「セイが、好きだったんじゃ、ないの?」
「そうだな。好きだったかな。初めて出会った、私にいやだと言える人だったから。ノクスと二人で私をこてんぱんに叩きのめして、変な奢りやプライドを叩き潰してくれたから」
 私はロシュを真っ直ぐに見る。ああ、やっぱりロシュは私の特別だ。

「ノクスと張り合った時期もある。でもそれはあなたと過ごす時間が増えていくうちに、友愛の気持ちだと気付いた。貴方といると、楽しい。黙って側にいる時間も退屈しない。カフェに一緒に行った時はものすごく楽しくて、ずっとこの時間が続けばいいと思った」
 ロシュの涙は止まらなかった。
「私はアルファになって、あなたが運命の番だと思った。この気持ちに嘘偽りはない。あなたを愛してる。あなたを幸せにしたい。いや、一緒に幸せになりたい」
 ロシュの頬に赤みが差す。ロシュは、はっとして手で涙を拭った。
 私は立ち上がってロシュの隣に腰を降ろした。ロシュの贈ってくれたハンカチで、ロシュの涙を拭った。

「ウィルは酷い」
「……そ、そうか」
 今かなりグサッと来たが、次の言葉を待つ。
「僕ずっと、ウィルがセイが好きなんだなって思ってた。でも王宮で会うウィルは僕をちゃんと見てくれてるようだったし、カフェにも誘ってくれて、手紙も僕の色で贈ってくれて。ウィルの気持ちがどうなのか、正直わからなかった」
「……すまない」
「フローラが現れた時のウィルは会えなくなる宣言するし。じゃあ、僕がウィルと一緒にいるには、もう、近衛騎士になるほかないって思った」
「え?」
「ウィルが誰が好きだって、かまわなかった。だってこれは僕の気持ちだもの。近衛騎士ならウィルの傍にずっといられるでしょ。危険な場所だってどこだって。ウィルの危険を遠ざけることもできる」
「ロシュ」

「いつからかはわかんない。でも僕はずっとウィルが好きだよ」
「ロシュ……」
 思わず手が伸びて抱きしめた。
 ロシュの手が背中に回る。
「ずっとウィルからいい匂いがしてた。今も。なんでだろうって思ってた。運命の番だからだったんだね。僕、ウィルとちゃんと伴侶になりたい」
「ロ……」
「ダメ。キスは結婚してから」
 思わずキスしようとしたらロシュが私の口を手で制した。早業だった。

 にっこり笑ったロシュの顔は輝いていて、私は見惚れてしばらく動けなかった。

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