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ヘリスウィル・エステレラの章(第二王子殿下視点)
ヘリスウィル・エステレラ~ダンジョン演習~
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『まあ、誰が好きだっていいさ。どっちも手に入れればいいだろう。あいつにとられる前に、月の神の神子を手に入れろよ』
どっちもなんて不誠実だろうに。第一セイアッドはノクスの婚約者だ。
彼らが運命の番なら王族でも彼らの仲を引き裂くなどできない。
『そんなことはどうでもいい。手に入れるんだ。最近のお前は赤毛にばかり気を取られるからダメなんだろうが。もっと積極的に月の神子に接触しろ』
胸が苦しくなる。
声に逆らう気持ちになるとそれを戒めているように苦しくなるのだ。
そのうち、もしかしたら声に乗っ取られて、私の意識は消えてしまうのかもしれない。
声は暴君だ。
世の中のものはすべて自分のものだと思っている。
王族にしか発現しないのは彼なりに考えてのことなんだろう。
権力があれば好きにできると思ったのかもしれない。
そんな王はすぐに斃されると歴史が物語っているだろうに。
王家だって名君ばかりが立ったわけではないのだから。
ああ、もしかしたら。
その暴君は太陽の神の影響が色濃い人物だったのかもしれない。
「殿下、顔色が悪いよ。大丈夫?」
ロシュの声ではっとする。
いけない。今はダンジョン演習のための鍛錬中だった。
鍛錬場で剣聖に鍛えてもらっている最中だった。
フローラとノクス、セイアッドは固まって何か話している。
リールとシムオンとフィエーヤはぐったりして休んでいる。
ロシュと私はその近くに腰を降ろした。
「大丈夫だ。最近鍛えてないのが露呈したな」
「剣聖先生は厳しいからね」
「リールは満足したんだろうか」
「したと思うよ。ほら、ぐったりしているし」
「ならよかった。彼一人が暴れたりないと無茶するなら、危ないからな」
「うん。……殿下、最近忙しいの?」
「いや、普通、じゃないかと思うが。公務の量は徐々に増えてはいるけれど、学院にいる期間は抑えてもらっているから」
「最近顔色が悪いから、無理しているのかと思って。そうじゃないならよかった」
心配そうなロシュの顔が間近にある。手が伸ばされて、汗で顔に張り付いた髪を直してくれた。
ふわりとロシュからいい匂いが漂う。甘い香り。
ロシュにしか感じない、甘い香りだ。何か香水でも使っているのだろうか?
「殿下は汗をかいてるのになんでだかいい匂いするね。不思議」
タオルで汗を拭ってくれたロシュはふふっと笑ってそう言った。
ドキリと、鼓動が跳ねる。
「そうか? 自分ではわからないな。普通に汗臭いんじゃないかと思うが……浄化でもするか」
腕の匂いを嗅いで首を傾げるとロシュがくすくすと笑う。
久しぶりの二人での時間。
「じゃあ、僕がかけるよ。浄化」
ロシュの魔力が体を覆って一瞬で消えた。汗が消え、ロシュの魔力の心地よさが残った。
「お返しにロシュにもかけよう。浄化」
「……ありがとう。殿下」
ロシュの顔が赤くなった。どうしたんだろう。
「よーし、休憩終わり! 寮に帰る時間だ!」
剣聖がそう言って皆が立ち上がる。
「今日はもう休むよ。ロシュ。心配してくれてありがとう」
「うん! 僕も今日は疲れたからきっとすぐ寝ちゃうよ」
笑ったロシュは相変わらず綺麗だった。もう可愛いというより美人になった。そうだ。釣書はどうなったんだろうか。こんな美人になったロシュになら、相当たくさん届いているのだろう。誰かに決めてしまったのだろうか。そんなことを考えつつ、私は寮に帰るためにフローラの元に歩いていった。
ダンジョン演習はいるはずのない強力な魔物がでた。前の組が遭遇し、救出に向かった。
とっさの時の判断はセイアッドが優れていた。
攻撃力はノクスとリールが。
フローラも補助ができた。
私では足手まといになりそうで、救出に専念した。軽い怪我には治癒魔法をかけた。私は光魔法の適性があるのである程度は使える。本格的に学んではいないから重症者には対応できないが。
「大丈夫だ。先生もいる。落ち着いて撤退を!」
私にできることは皆がパニックにならないよう声をかけるしかない。
ロシュが先導し、退路にいる魔物を蹴散らす。フィエーヤが風の盾で負傷者を庇った。
オーガを倒した3人が追いついて、応急処置を施し本格的に撤退をした。
原因がわかるまで、ダンジョンは閉鎖になった。
あっという間に秋は過ぎて。
冬休みになった。私とフローラは王城へと向かう。
ロシュとシムオンはセイアッドのタウンハウスに遊びに行くらしい。
ロシュは母が王城に招くと言ってはいたから一回くらいは顔を合わせることもできるだろう。
暫くしてロシュがお茶会に来た。
ルビーチョコレートのケーキの試作ができたのでそれを出してもらうようお願いをした。
他の貴族には年始の宴で饗するらしい。
ロシュが現れた時、何故だか光り輝くように見えた。離れていても、あの甘い香りがする。
「その、僕、オメガになったんです」
母に告白したロシュがちらっと私に視線を送ってきた。
ロシュがオメガ。
「まあ、バース鑑定をしたのね。おめでとう」
「ロシュ、おめでとう」
「あ、ありがとうございます。あ、このケーキ」
「ああ。ロアール伯爵からレシピを買い取ったんだ」
「ヘリスウィルが買い取ったのよ。どうぞ、召し上がれ」
「は、はい」
母の毒見役が口にした後、母が一口食べて促した。
私も口にする。あの味にかなり近かった。あとは慣れていって、例えばカフェで味を覚えたらそっくりになるだろう。
「美味しい」
嬉しそうなロシュに口元が緩む。
「これは美味しいわね。レシピを買い取ったのは英断だったわ。そもそも材料が希少価値が高いものだもの。王家がもてなす物にふさわしいわ」
母に褒められた。でも動機はそんなことじゃない。
ロシュと初めて二人きりで出かけた先での思い出の味だ。あのケーキを選んだのはルビーチョコレートの色がロシュの赤い髪と目を彷彿とさせてくれるから。
「もしかして初めて食べた客って僕なんですか?」
「ああ。やっと満足する味にできたそうで、試作なんだ」
「光栄です。王妃陛下、ヘリスウィル殿下」
きらきらとした瞳を向けてくるロシュがますます輝いて見える。
なんだろうこれは。
『なるほど。これでは執着するのも仕方ない』
声が聞こえた。何故だかロシュが穢されるような気がしてそっと視線をロシュから外した。
どっちもなんて不誠実だろうに。第一セイアッドはノクスの婚約者だ。
彼らが運命の番なら王族でも彼らの仲を引き裂くなどできない。
『そんなことはどうでもいい。手に入れるんだ。最近のお前は赤毛にばかり気を取られるからダメなんだろうが。もっと積極的に月の神子に接触しろ』
胸が苦しくなる。
声に逆らう気持ちになるとそれを戒めているように苦しくなるのだ。
そのうち、もしかしたら声に乗っ取られて、私の意識は消えてしまうのかもしれない。
声は暴君だ。
世の中のものはすべて自分のものだと思っている。
王族にしか発現しないのは彼なりに考えてのことなんだろう。
権力があれば好きにできると思ったのかもしれない。
そんな王はすぐに斃されると歴史が物語っているだろうに。
王家だって名君ばかりが立ったわけではないのだから。
ああ、もしかしたら。
その暴君は太陽の神の影響が色濃い人物だったのかもしれない。
「殿下、顔色が悪いよ。大丈夫?」
ロシュの声ではっとする。
いけない。今はダンジョン演習のための鍛錬中だった。
鍛錬場で剣聖に鍛えてもらっている最中だった。
フローラとノクス、セイアッドは固まって何か話している。
リールとシムオンとフィエーヤはぐったりして休んでいる。
ロシュと私はその近くに腰を降ろした。
「大丈夫だ。最近鍛えてないのが露呈したな」
「剣聖先生は厳しいからね」
「リールは満足したんだろうか」
「したと思うよ。ほら、ぐったりしているし」
「ならよかった。彼一人が暴れたりないと無茶するなら、危ないからな」
「うん。……殿下、最近忙しいの?」
「いや、普通、じゃないかと思うが。公務の量は徐々に増えてはいるけれど、学院にいる期間は抑えてもらっているから」
「最近顔色が悪いから、無理しているのかと思って。そうじゃないならよかった」
心配そうなロシュの顔が間近にある。手が伸ばされて、汗で顔に張り付いた髪を直してくれた。
ふわりとロシュからいい匂いが漂う。甘い香り。
ロシュにしか感じない、甘い香りだ。何か香水でも使っているのだろうか?
「殿下は汗をかいてるのになんでだかいい匂いするね。不思議」
タオルで汗を拭ってくれたロシュはふふっと笑ってそう言った。
ドキリと、鼓動が跳ねる。
「そうか? 自分ではわからないな。普通に汗臭いんじゃないかと思うが……浄化でもするか」
腕の匂いを嗅いで首を傾げるとロシュがくすくすと笑う。
久しぶりの二人での時間。
「じゃあ、僕がかけるよ。浄化」
ロシュの魔力が体を覆って一瞬で消えた。汗が消え、ロシュの魔力の心地よさが残った。
「お返しにロシュにもかけよう。浄化」
「……ありがとう。殿下」
ロシュの顔が赤くなった。どうしたんだろう。
「よーし、休憩終わり! 寮に帰る時間だ!」
剣聖がそう言って皆が立ち上がる。
「今日はもう休むよ。ロシュ。心配してくれてありがとう」
「うん! 僕も今日は疲れたからきっとすぐ寝ちゃうよ」
笑ったロシュは相変わらず綺麗だった。もう可愛いというより美人になった。そうだ。釣書はどうなったんだろうか。こんな美人になったロシュになら、相当たくさん届いているのだろう。誰かに決めてしまったのだろうか。そんなことを考えつつ、私は寮に帰るためにフローラの元に歩いていった。
ダンジョン演習はいるはずのない強力な魔物がでた。前の組が遭遇し、救出に向かった。
とっさの時の判断はセイアッドが優れていた。
攻撃力はノクスとリールが。
フローラも補助ができた。
私では足手まといになりそうで、救出に専念した。軽い怪我には治癒魔法をかけた。私は光魔法の適性があるのである程度は使える。本格的に学んではいないから重症者には対応できないが。
「大丈夫だ。先生もいる。落ち着いて撤退を!」
私にできることは皆がパニックにならないよう声をかけるしかない。
ロシュが先導し、退路にいる魔物を蹴散らす。フィエーヤが風の盾で負傷者を庇った。
オーガを倒した3人が追いついて、応急処置を施し本格的に撤退をした。
原因がわかるまで、ダンジョンは閉鎖になった。
あっという間に秋は過ぎて。
冬休みになった。私とフローラは王城へと向かう。
ロシュとシムオンはセイアッドのタウンハウスに遊びに行くらしい。
ロシュは母が王城に招くと言ってはいたから一回くらいは顔を合わせることもできるだろう。
暫くしてロシュがお茶会に来た。
ルビーチョコレートのケーキの試作ができたのでそれを出してもらうようお願いをした。
他の貴族には年始の宴で饗するらしい。
ロシュが現れた時、何故だか光り輝くように見えた。離れていても、あの甘い香りがする。
「その、僕、オメガになったんです」
母に告白したロシュがちらっと私に視線を送ってきた。
ロシュがオメガ。
「まあ、バース鑑定をしたのね。おめでとう」
「ロシュ、おめでとう」
「あ、ありがとうございます。あ、このケーキ」
「ああ。ロアール伯爵からレシピを買い取ったんだ」
「ヘリスウィルが買い取ったのよ。どうぞ、召し上がれ」
「は、はい」
母の毒見役が口にした後、母が一口食べて促した。
私も口にする。あの味にかなり近かった。あとは慣れていって、例えばカフェで味を覚えたらそっくりになるだろう。
「美味しい」
嬉しそうなロシュに口元が緩む。
「これは美味しいわね。レシピを買い取ったのは英断だったわ。そもそも材料が希少価値が高いものだもの。王家がもてなす物にふさわしいわ」
母に褒められた。でも動機はそんなことじゃない。
ロシュと初めて二人きりで出かけた先での思い出の味だ。あのケーキを選んだのはルビーチョコレートの色がロシュの赤い髪と目を彷彿とさせてくれるから。
「もしかして初めて食べた客って僕なんですか?」
「ああ。やっと満足する味にできたそうで、試作なんだ」
「光栄です。王妃陛下、ヘリスウィル殿下」
きらきらとした瞳を向けてくるロシュがますます輝いて見える。
なんだろうこれは。
『なるほど。これでは執着するのも仕方ない』
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