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ヘリスウィル・エステレラの章(第二王子殿下視点)

ヘリスウィル・エステレラ~側近候補~

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「側近候補って呼ばれてるんだが」
「僕も?」
「ぼ……僕も、です」
 シムオンが半眼で言ってくる。ロシュも首を傾げつつ、フィエーヤは青い顔をしつつだ。
 ノクスとセイアッドが来ない社交シーズンには3人を呼ぶ。
 他に交流する貴族の子供は今はいない。
 そのため、彼らが側近候補と呼ばれているのは知っている。
 特にロシュは彼には悪いのだが婚約者候補だった。王家は優秀なアルファが生まれる可能性が高い男のオメガを望んでいる。
 最近、聞いた話だった。

「何か不都合でもあるのだろうか」
「そう言われると困るんだけど」
 シムオンが乱暴に髪を掻きむしりながら言い、はあとため息を吐く。
「まあ、魔法は得意だからいざという時護衛にもなるとは思うが」
「雷魔法が得意だったね」
「まあな」
 ケーキが運ばれてきて、皆が目を輝かせた。

「最近、出てくるお菓子がますます美味しくなっているけど……」
 ロシュが目を輝かせて取り分けられたケーキを見る。可愛いなとふっと思った。
 幼い時は小動物のような印象だったロシュは、最近しなやかな小鹿のような印象になった。
 トップスピードに乗る時間が短く、隠形の技術も学びつつあるという。
 剣を持つより短剣で接近戦をする方がむいているということで、最近は暗殺系の技術を学んでいる。ロシュがどこに向かっているか疑問だが、優秀という点では間違いがない。火の精霊の加護があると聞いているので、魔法もそのうち出来るようになるのだろう。

「セイアッドが誕生日プレゼントにお菓子のレシピを贈ってくるんだ。毎年、社交シーズンに彼の家の料理長を招いてレシピを買っているんだそうだが、それとは別にね。セイアッドとその料理長が開発したものだそうだよ。おかげで母のお茶会は評判が良くて助かっているらしい。このお菓子もその一部だよ」
 僕が口にすると、シムオンがまじまじとお菓子を見ているのがわかった。
「どうしたんだ?」
「いや、僕は料理が趣味で、料理長の弟子みたいなものだから、そう聞くとつい」
「え?」
 他の2人と声が重なった。
「ああ、父がロアール伯爵家にしばらく滞在したことがあって、その時僕もついていったことがあるんだ。料理長の料理に感動して弟子入りを志願したら彼は快く弟子にしてくれて、以来僕は料理をするのが趣味なんだ。ケーキは焼けるようになったよ。もちろんうちの父も、料理長のご飯に慣らされてしまったからレシピは購入済みだ」
 シムオンは口にするとゆっくり味わって幸せそうな顔をした。
 それを見てロシュとフィエーヤもケーキを口にした。
「美味しい!」
「美味しいです」
 ロシュとフィエーヤが感想を口にするとシムオンも美味しいと呟いた。
 僕も美味しいと思う。紅茶は、そのお菓子を引き立てるように少し味が濃く出る茶葉になっていた。

「そういえば料理長がロアール伯爵が王都で、お菓子専門店を開くみたいな話があるって手紙に書いていたな」
「シムオンは何故料理長から手紙をもらっているんだ」
 僕はつい突っ込んでしまった。
「? 弟子だから? 父が対価を払っているみたいだけど、課題のレシピが来て、それを練習したりするんだよ」
 思わず額に指を当てて考え込んでしまった。シムオンは何を目指しているんだ。いや、趣味だって言っていたから料理人ではないはずだ。
「凄いなあ。僕も料理できるようにしたほうがいいかなあ。そうすればいつもこんなお菓子が食べられるのかな」
「いや、その料理長からレシピを買えばいいんじゃないかな?」
 ロシュが尊敬した眼差しでシムオンを見た。フィエーヤが現実的な突込みをした。
 貴族の子息は基本厨房に足を運ばない。僕も家の料理人に頑張ってもらえばいいと思う。

「ロシュがこのケーキを食べたいなら、もっと頻繁にお茶会に招待しようか」
 僕が言うとロシュはえっという顔になって首を横に振る。
「そんな理由で招待が増えたってことになったら父に叱られる」
「甘えとけばいいんじゃないか?」
 そうだ。シムオンもっと言ってくれ。
「まあ、冗談だが騎士団長にレシピの購入か、ロアール伯爵の店に足を運ぶとかが現実的だろう」
 そんな話で、お茶会は終わった。

 僕はロアール伯爵にお菓子の店のことを問い、開店したら利用したい旨を手紙にしたためて送った。そうしたらプレオープンの招待状が来た。
 開店後に利用するなら個室を用意すると書いてあった。母に手紙を見せたら母も知っていたようで、様子を見てくるといいと許された。
 新しいお菓子があればレシピを買うとも言っていたから本当は行きたいのだろうと思った。そうそう国王と王妃が街に出ることはできない。
 身分というものはままならないこともあると実感した。

 ロシュが鍛錬に参加した日に招待の話をした。
「僕、行っていいの?」
「ああ。城に招待されるよりは気楽かと思って。個室を用意してもらえるし、開店前だから客も少ないだろう」
「……行く。美味しいお菓子の店になるんだよね。どんな様子か知りたいし、せっかくの殿下のお誘いだから」
 嬉しそうなロシュの顔にほっとした。城へ頻繁に招待すると言って断られたことが地味に僕にダメージがあったのだと、この時に知った。
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