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裏切られ眠り薬を仕込まれる若き忍者
しおりを挟む蘭之は水澤流道場の連中が書いた果たし状をユイトたちの眠る畳の上に見つけ、早速元忍者で今は道場の使用人になっている男に指示を出した。
「書状には、日が落ちてから水澤流の連中がここを攻めると書いてある。先生の所へ行って応援を呼んで来て欲しい」
「アヤトを連れて行かないでよろしいので?」
「万全な状態ならそうしたかったが、縛られて寒さでかなり弱っている。道場は
既に囲まれているだろうから、先生に確実に非常事態を報せてほしい」
使用人の中年男・秀次は既に忍者の道を退いていたが、小柄な体格ゆえ連中の見張りを掻い潜るのに向いていた。
蘭之はアヤトがすぐには動けないこと、ユイトを預かっていることを伝えるように言い含めてから秀次を送り出した。
アヤトにくっついて眠るユイトを見て、蘭之は思わず笑みを漏らさずにいられなかった。
――先生。ユイトはお嬢様に良く似て優しい子です。
蘭之はすぐ隣に布団を敷くとユイトを寝かせ、アヤトに寝巻きを着せる。
「こんな小さな子どもを、もし見つけるのが遅ければ」
「ん、……ここ、どこ……?」
薄目を開け、見覚えのない和室にユイトはきょろきょろと辺りを見回す。
「起こしてしまったみたいだね、ここは君のおじいさんの家だよ」
ユイトが起きたのに気づいた蘭之は、ユイトが来る前に既に作り終えていた昼ご飯をコタツ机に並べ始めた。
「僕、手伝います」
慣れない和室と、土間との往復にびっくりしているユイト。箸や茶碗など、比較的軽くて両手で持てるものを運んでもらっていたら。
「おじいちゃんも一緒にお昼を食べるんですか?」
「先生はたぶん、戻るのは夕方になるから……今日は私とアヤトと三人で食べようか」
ユイトに道場主について問われ、蘭之は先刻果し状を読んだときの頭の中の混乱がぶり返してくるのを感じた。ユイトにことわってから二階にある自室に戻り、気付け薬の代わりにと小さめのグラスに一杯の洋酒を煽る。
今回道場主が弟子数人を連れた山寺での修行に自分一人が留守を守っているのは、やはり自分の技が未熟であるからだと蘭之は思っていた。
アヤトに事情を聞かなければ詳しいことはわからないものの、恐らく一対一、自分のテリトリーであるという利があったところで、敵一人倒すのも困難を極めると思われた。
ーーアヤトを運ぶ時やけに濡れていると思ったが、恐らくあれが粘着術。
「こわいなんて言ってられねぇ……」
土間に戻るとユイトは二間続きの和室の、アヤトの眠っているところで心配そうに正座して様子を見守っていた。
「アヤトが起きるの、待たなくていいからな」
酒で気を紛らわすつもりが、酔いが回りかえって焦っていることに気づく。砕けた口調でユイトが驚いているのに気づきながら、乱暴に飯をよそう。
「熱があったら食べないかもしれないし、このくらいでいいかな?」
蘭之は、いつもアヤトが食べるくらいの量を茶碗によそい、ユイトに渡す。
山寺からの応援が来るまでは動きようが無いのだから、蘭之が案じたところで何もできないのである。言い聞かせながら、ユイトが来る前に作った肉団子の餡かけと付け合わせの野菜、味噌汁をご飯にかけて一気にかきこむと、向かいに座りご飯を食べるユイトを遠目に眺める。
ーーユイトくんを、なんとしても守らなければ……
「……蘭之さん?」
茶碗を机に半ば落とすように置いた蘭之を、ユイトは恐る恐る顔色をうかがうように見た。蘭之は半目を開けていたが、やがて力無く畳に倒れ込むと、子どもみたいに寝息を立て始めた。
「眠ってる? さっきいっぱい走ったし、疲れちゃったのかな」
ユイトは自分のためにさっき出してくれていた掛け布団を蘭之にかけてやってから、再びご飯を食べ始める。
勘付かれまいと蘭之が努力していたおかげか、この屋敷の異常事態にユイトはまだ気づいていなかった…………。
その頃秀次は道場主たちがいる山寺の遥かふもとで煙管を吸っていた。なんと彼は水澤流忍術の連中に道場の情報を流し、報酬をもらっていたのだ。
「蘭之とガキ二人だ。夜を待たなくても良さそうなもんだが」
「道場は山寺から丸見えだからな、明るいうちではすぐにバレる。例の薬はどうした?」
「蘭之が隠し持ってるウイスキーに仕込んだ。勝負事にビビった時はいつも飲んでるみてぇだ。肝心な時にお寝んねってわけよ」
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